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14 噂の老人

『山の麓の、小さな小屋をお探しかな?』


『ひゃああ!』


 黙々と目的地へ足を進めるアタシ達に、後ろからボソッと話しかけてきた老人は、紛れもなく小屋の主人、噂の紋章師だった。

魔女のような高い鼻に蓄えた白い立派なヒゲ。腰が曲がってるせいか、三人の中で一番背が低いアタシよりも小さく見えるその爺さんは、私たちを待っていたかのように小屋へ招き入れた。


「ワシはラルゴ。用件は言わんでもいい。ここに来る人間なんか限られとるからな」


 杖と壁を頼りに、今にも折れそうな腰を庇いながらゆっくりと椅子に座ると、早速、紋章(シール)解放の話をし始めた。


「――それじゃ、その宝ってのを見つけられたら格安で紋章(シール)を引き出してくれるのね」


 爺さんの話によると、この山小屋の近くにある洞窟には、ものすごい宝が埋まっているらしい。その宝をアタシ達が見つけることができれば、エールと馬鹿男の紋章(シール)を解放してくれるみたい。

こういう胡散臭い話が大好きらしく、これもちょっとした遊びのつもりなのだろう。


「そういうことじゃ」


「あのね……やっぱりこんな条件めちゃくちゃすぎるわよ。第一、あるかもわからないような宝を広い洞窟の中から探せだなんて無理難題にも程があるわ」


「エ、エルザ。落ち着いて」


 アタシが言っていることは簡単。この爺さんがやっている事は、"悪徳"だということだ。

少なくとも、アタシ達の前に挑戦した人達は、皆無駄銭を払っただけで紋章(シール)を解放出来ていない。そんな目に見える地雷をわざわざ踏みに行くなんて、アタシには賛同し難い。


「ワシは別にやってもらわなくてもいいんじゃぞ?」


「ぅ……あ、アタシはエールの選択に任せるだけよ」


 でも、決定権はアタシにあるわけじゃない。自身としては賛同出来たものでは無いけど、アタシはあくまでもエールの付き添い。エールがどちらを選ぼうが、選択した方に従うつもりだ。


「ほう……それじゃ、エールじゃったか。あの子はああ言うが……君はどうする?」


 エールはどうするのか。気になるところだけど……その前に一つ、この爺さんに言いたいことがある。




「――エールから離れなさい、このエロジジイ!」




「……はて?」


 そう、この紋章師の爺さんは、アタシ達がこの小屋に来てからずっとエールの胸やお尻を触っているのだ。アタシなら、拒否反応で鳥肌が立ちそうなものなのだが、エールは何故だか平気そうな顔で真剣に話を聞いていた。


「はて? じゃないわよ! 」


 アタシは爺さんを強引にエールから引き剥がした。


「な、何をするんじゃ!」


 引き剥がされた爺さん……いや、ジジイは、心底不服そうに嘆いた。


「それはこっちの台詞よ!」


 まったく、シリアスな雰囲気が台無しよ。


「後先短いワシには女だけが生きがいなんじゃ! なのにここに来る女といえば50を超えるようなババアやむさ苦しい男ばかり……久々に若い女が来て興奮して何が悪い!」


 う、噂と実物のギャップが凄いわね。堂々としすぎていて、こちらもついため息が出そうになる。噂によれば、不気味な老人だって話だったんだけど……いくらなんでも十三歳に手を出すのは駄目でしょ。


「噂通りのどんなミステリアスな爺さんがいるのかと思えば……ただの変態じゃない!」


「ふん、何が悲しくてババア共に本性を見せなきゃならん」


 要するに、このジジイは若い女の子にだけ本性を現すって事ね。年をとった女や男には、噂通りの不気味な老人を演じているみたい。ほんと、拍子抜けもいいとこよ。


「まあ、赤髪の君にはこんな事しないから安心せえ。ワシはこの子のような純粋な子にしか興味は無い。これほど抵抗してこない子も珍しいがな」


 まるでアタシが純粋じゃないかのような口ぶりだ。


「そ、そうですか?」


 照れくさそうに俯いてモジモジするエール。違う……恥ずかしがるのはそこじゃない、そこじゃないのよ。


 ジジイは隙を見つけると、またエールの胸を人差し指で突いた。が、すぐにアタシがその手を叩き落とした。あまりのしつこさにとても腹がたつが、話が進まないのでここは抑える。


「エールも。どうしてそんなに抵抗しないの?」


「だって、お爺さんが洞窟探検する前の儀式だって言うから。それに、胸を触られたくらいじゃあまり恥ずかしくないし……その、お尻はちょっと恥ずかしいけど」


 照れ臭そうに頭を掻くエール。家に帰ったらこの辺の意識も変えさせないと駄目ね。こんなに無防備じゃいつか悪い人に騙されて酷いことされるかもしれない。現にジジイに騙されちゃってるし。


「そんなの嘘に決まってるじゃない……騙されちゃ駄目よ」


「えっ」


 エールは本当に男の子みたいだ。話し方も、仕草も。顔が良いだけに意識の低さが本当にもったいない。

世間知らずというか……自分が女の子だっていう自覚が足りてないのよね。

それにしても、なにが儀式よ。触りたいだけじゃない。


「ま、女だからと言って条件を緩くするわけではないでな。紋章(シール)を解放して欲しくば、しっかりと宝を見つけてくるんじゃな」


「なんでそういうところはしっかりしてるのよ……」


「第一に金。次に女じゃ。金欲には逆らえん」


 てっきり、もう少し緩くしてくれるものだと思ったのに。


「で、魔物が出た時のための武器はどうするんだ?」


 ジジイに相手にされるわけでもなく、暇そうに机に肘をついていたテルカがアタシ達の会話を遮るように口を開いた。


「……あれ、アンタいたの?」


「おい」


 セクハラ問題にヒートアップしすぎて、テルカの存在をすっかり忘れていた。


「俺は狩り用の弓と剣持ってきたけど……」


 変態のくせに武装だけは一丁前だ。


「僕はいつも修行の時に使ってる木刀」


「……それ、武器として大丈夫なのか?」


 少し困り気味にテルカがエールにそう尋ねる。


「ふふん、この木刀は特別製なんだよ。10歳の誕生日に王様がくれたんだ」


 エールは誇らしげにそう言った。アタシも最初は疑問に思ったのだが、どうやら木製と言ってもとても硬質な木を使用していて、下手に鍛えた鉄よりも数倍硬いらしい。ただ、やはり木製であることには間違いなく、火には滅法弱いそう。斬るというより殴る武器に見えるのはアタシだけなのかな。それに、そんな物騒なものの練習相手になってるおじさんが心配になる。


「王様?」


「エドワード王だよ。父さんが知り合いなんだ」


 そう言った途端、テルが石化したかのようにピクリとも動かなくなった。


「な、なあ。もしかしての話だが、エールは結構な身分の人だったりするのか?」


「ち、違うよ! ただの一平民。本当に、父さんが仲良いだけ」


 エールは急いで弁解する。もし本当にそんなに偉い身分だったなら、セクハラを受けてまでこんな紋章師に頼る必要はなかっただろうに。そういえは、小さい頃の二人はどういうきっかけで友達になったのだろう。


「なんだ、よかった。無礼な発言したんじゃないかと思って嫌な汗かいちまった」


 テルカはほっと胸を撫で下ろす。ふっ、小心者め。


「エルザも着いてきてくれるの?」


「エールが行くって決めたのなら」


 エールは洞窟に行く気満々だ。なら、少し不満はあるがアタシも着いていくしかない。ここでエールを放って帰って、エールが危険な目にあったら大変だし、エールが帰ってくるまでの間心配で夜も眠れないだろう。


「……エール相手には凄い優しいよな、お前」


「当然よ。エールは、私のヒーローなんだから」


 いつになっても、あの時アタシを助けてくれたことは忘れない。気絶してたから詳しいことはわからないが、自分の危険を顧みず、アタシを背負ったままゴブリンを振り切って森の出口まで運んでくれたのだ。感謝してもしきれないくらいだ。


「なんだそりゃ」


「興味なさそうね……いいわ、あの時のこと、たっぷり聞かせてあげる」


 出会った当時の話から、エールが女の子って知った時の話まで、3時間くらいみっちりと話してやりたい。


「エルザ、もう……恥ずかしいからあまりそういう事言わないで」


 エールは両手で赤い顔を隠している。

体を触られるのは恥ずかしくないのに、こういうことには弱いのね……なんかズレてる気がする。


「え、エルザは武器とかどうするの?」


 顔の赤みが引いたのか、両手で顔を隠すのをやめたエールは、アタシにそう聞いてきた。


「ふふん、アタシは魔族よ。いくらでもやりようはあるわ」


 爪にしても牙にしても、人間とは硬さから何まで違う。武器なんか無くても、自衛には十分だ。


「エールに聞いたけど、昔ゴブリンに捕まってたらしいな。……大丈夫なのか?」


「あ、あれは相手が集団だったからよ。それに、アタシも小さかったし……さ、無駄話してないでさっさと行くわよ!」


 そう、あんな程度の格下の種族相手、一対一なら勝てたに決まっている……多分。また泣かされる展開になる前にさっさと話を切っておこう。



「それじゃ、アタシに着いてきてなさい!」



 こうして、紋章(シール)を求める二人はアタシを先頭に洞窟へと歩みを進め――




「――エルザ、方向逆だよ」



「そ、そうだったわね! …………わざと間違えたのよ。二人を確かめようと、ね」


 ……こ、こほん。

こうして、紋章(シール)を求める二人はアタシを先頭に洞窟へと歩みを進めるのだった。

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