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13 出会い

 意識が復活すると、なぜだか身体がとても暖かかった。まるで赤ちゃんだった頃、抱き抱えてられていた時みたいだ。


 確か、エルザと一緒に落下して……僕、また死んだの⁉︎

 まだ二度目の死を迎えるには早すぎるよ……いや、贅沢を言っちゃいけないよな。

理由はどうであれ、一回生き返らせてもらっただけでも僕は幸運だったのだから。


そんなことを考えていると、すぐ近くで何かがギャーギャーと騒いでいる声が聞こえてきた。その声で完全に目覚めた僕は、むくりと体を起こした。


「生き、てるよね。……よかったぁ」 


 死んだわけではない、と安堵した僕は、体にかけられた布をどかし、ゆっくりと体を起こすと、身体の節々に痛みを感じた。完全に無事だったわけでは無いみたいだ。


「エール、起きたのね!」


 寝ぼけ眼のまま周りを見渡していると、僕のよく知っている顔が、そこにはあった。暖かいのは、すぐ近くにある焚き火のおかげだったのか。


 エルザは、僕が目覚めたのを見ると、すぐに僕を何かから庇うように抱きしめた。

エルザの服の感覚が衣類を通さず、直に感じられ――



――あれ?



「え、あ……ぼ、僕なんで裸⁉︎」


 自分の体を見て、今さらボッと火がついたように顔が真っ赤に染まる。父さんに見られるより、エルザに見られる方がよほど恥ずかしい。やっぱりまだ、女の人を同性としては見れない。


「アレよ、アレ」


 エルザがビシッと指差した方向には、大きな木に縄で縛り付けられた男がいた。

縄はきつく縛られており、体に食い込んでいる。

昔、ゴブリンに捕まった時の事を少し思い出した。あれ、結構痛いんだよね。今となっては懐かしい思い出だけど。


「だーかーらー。誤解だっていってるだろ! 俺はただアンタらを助けようとしてだな!」


「だからって何でこの子を素っ裸にする必要があるのよ!」


「体が冷えたら危ないだろ! それに……そんな格好してるからその子を男だと思ってたんだ!」


 エルザと男の喧嘩が始まってしまった。


「見え透いた嘘つくんじゃないわよ!」


 男の人が言うには、湖に浮いてた僕達をここまで引き上げてくれて、この焚き火も体が冷えないように焚いてくれたらしい。


「それに、気づいたなら途中で止めなさいよエッチ!」


「途中で止めたら余計誤解されるかもだろ! 変態扱いするんじゃねえ!」


 そしてどうやら彼は、僕の身なりを見て男だと判断して、体が凍えないように僕の服を全て脱がしてしまったらしい。


「ちょっと、二人とも落ち着いて!」


 とりあえず、エルザを落ち着かせてから男の人の縄を解いてやった。こういう時は、落ち着いて話し合わないと。


「ホント、エールは無警戒すぎるわ。縄を解いた瞬間に襲われたらどうするのよ」


「だからそんなことしねえって」


 もし僕が襲われたとしても、エルザのことだ。きっと助けてくれる。


「……どうだか」


 男に冷ややかな目線を送るエルザ。明らかに彼を信用していない。


「もう、話が進まないからちょっと黙ってて!」


 僕はエルザから離れ、縄できつく縛られた彼を解いてあげた。彼は、僕に礼を言うと目のやりどころに困るように目線を斜め上に向けた。


「エール、服!」


「……あっ。ご、ごめん! この格好じゃ話しにくいよね」


「あ、ああ。着てもらったほうが助かる」


 とりあえず、服を着てから話を再開することにした。僕でも、目の前に裸の女の人がいたら、恥ずかしくて話すどころじゃなくなる。

着替えている間、エルザは僕に配慮して背中を向いてくれていた。僕としては、男の人より女の人に裸を見られる方がよほど恥ずかしい。


「――というわけだ。俺は、紋章(シール)を手に入れて、金策の幅を広げていきたいだけだ」


 三人で焚き火を囲み、軽くそれぞれ自己紹介をした。冷えた体には、焚き火の暖かさがより一層染み渡る。


「へへっ、それじゃ僕と同じだね」


 偶然ってあるもんなんだな。

この茶髪蒼眼の男の名はテルカ。

あまり僕が聞いたことないような村に住んでいるらしく、家が貧乏で、生活水準を上げるために紋章(シール)を手に入れようとしてるみたいだ。


「ねえ、もし良かったらだけど、僕たちと一緒に行かない? 目指すところは同じなんだしさ」


「ちょっと、エール!」


 エルザは僕に何か言おうとしたが、のど元で思いとどまったのか、そのままやれやれと少し首を振っただけだった。


「……いいのか? なら、そうさせてもらいたい。正直、ずっと一人で歩くのも寂しかったしな」


「うん。よろしくね、テル!」


「て、テル……?」


 テルカだからテル。三文字より二文字の方が呼びやすい。


「ま、まあいいや。よろしくな、エール」


 テルは微笑むと、こちらに手を差し出し僕に握手を求めてきた。拒む理由もないので、ガッチリと握手を交わす。

……そういえば、父さんとビートの身内二人を除けば生まれて初めての男の知り合いになる。


 三人でここから目的地までの距離のことを話した。テルの話によると、ここから紋章師の家まではすぐらしい。エルザ……あと少しだったのにな。惜しい。エルザは僕をテルから遠ざける為か、僕とテルの間に入り歩いている。未だに警戒は解いていないようだ。






「あそこね」


 先頭を切って歩くエルザは、森を抜けた先に見えてきた大きな山の下指差しそう言った。


「え、どこ?」


 エルザは「あっちよ、あっち」と指を指し続けているが、僕が見たところ、その先には特に何も見えない。


「エルザ……大丈夫?」


 少しだけ、エルザには別のものが見えているんじゃないかと疑ってしまった。でも……仕方ないよね? 何も見えないんだもん。


「いひゃい、いひゃい!」


 ムカッとしたエルザは僕の頬をつまみ、両側へつねるように引っ張った。地味に痛みが残るんだよね、のれ。


「想像以上に柔らかいわね……って、そうじゃなかった。アタシ達の種族は人間より目がいいのよ」


「そ、そうなの?」


 つねられた頬をさすりながらエルザに聞く。


「あれっ、言ってなかったっけ」


 長い間一緒に暮らしてきたのに、そんな事は初耳だった……なんだか悲しい。やはり、人間と魔族では体の能力にも色々と違いがあるみたいだ。力も普通の女の子より明らかに強いし。


「人間より……って、どういうことだ?」


「「あっ」」






「なるほど……こいつは魔族だったんだな」


 テルは、それを知ると一瞬エルザを警戒したように見えたが、またすぐに警戒するのをやめたようだ。


「基本的に魔族は本能で人を襲う様になってるらしいから、アタシみたいに人間と一緒に暮らしてる魔族は珍しいわ」


 魔族の中でも知能の高い上位種、というのもあるだろうが、小さい頃から人と暮らしたというのも、他の魔族と違う理由なのかもしれない。


「それじゃ、あそこまで急ぐわよ!」


「歩いていくのか? せっかく羽があるなら飛んでいけばいいだろ」


「べ、別にいいでしょ」


「……まさか飛べない、とかな」


 急ごうと歩き出したエルザの足はすぐに止まり、目には涙が溜まり始めた。エルザは気が強い割には中々の泣き虫だ。


「ち、違う! まだ慣れてないだけだし……状態が万全なら飛べるし……」


「え、エルザ! 僕は気にしてないし、むしろここまで運んでくれて感謝してるくらいだよ!」


 エルザが調子に乗りすぎたのは事実だけど、エルザが運んでくれなかったらまだ森にもついてないだろう。

こうなったら、エルザはしばらくの間元気が無くなる。簡単な話、気まずくなるのだ。


「はぁ……女の子泣かすのはどうかと思うな」


「お、俺か⁉︎」


 まったく、事情を知らなかったとはいえなんとなく察してほしいものだ。


「初対面で人のこと男呼ばわりしたり、テルって何だかデリカシー無さそうだよね」


 僕は元が男な分、男に見られようがあまりダメージは無い。でも、元が男っていうのは僕以外は知らないことだし、それを踏まえたとしても今の僕は女の子の顔をしてるわけで……少しは傷つく。

普通、初対面の女の人に対して"男かと思った"とか面と向かって言うかな?


「……すまん」






 エルザの機嫌が直ってからすぐに出発した僕らは、ひたすらエルザの言う通りまっすぐに進み続けた。

すると、山の麓に小さな山小屋が見えてきた。


「着いたわね」


「ここがその紋章師がいる小屋? なんか、想像してたのと違うなぁ」


 てっきり僕は、いかにも怪しげで、蝙蝠が飛んでいるような魔女の住んでそうな小屋をイメージしていたのだが、現実にはそんなものは存在せず、特にこれといった特徴の無い木造の小屋がポツンと立っていた。


「ははっ、なんというか、ボロボロだな」


 テルがそう呟いた時、



「――それはすまんかったのう」


 僕たちの背後から嗄れた声が聞こえだと思うと、僕の背筋をツーっと指がなぞった。

気配を完全に消していたのか、向こうから声をかけてくるまでこの声の主の存在に全く気がつかなかった。



「「「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」




 そして、驚きの叫び声を三人揃ってあげるのだった。この時の僕たちの声は、恐らく森の向こうまで響き渡っていただろう。



 果たして、僕は紋章(シール)を手にいれることができるのだろうか。

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