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12 紋章希望の冒険家

「ああ? ダメだダメだ。あんなとこロクでもねえぞ」


「で、でも格安なんだろ?」


 シグルス城から大きく離れた小さな田舎町、ドナ。何か名産品があるわけでもなければ観光名所があるわけでもないし、有名人がいるわけでもない。特に目立ったところはないが、のどかで平和な町だ。


「お前なぁ……安けりゃいいってもんじゃねえんだよ。あそこの爺さんは、ハナっから紋章(シール)を解放させる気なんかない。お前みたいな貧しい暮らしをしている人間から、金をかすめ取ろうとしてる野郎なんだぞ?」


 そこの一村人であり、酒場で働く俺――テルカ・ルルアガは、町の片隅にある酒場で、ある噂を耳にした。何でも、ここからは少し遠いが、山の麓の小さな小屋に、破格の値段で紋章を開放してくれる爺さんがいるらしい。

のだが、ここの酒場で聞くだけでも悪評が絶えない。人殺し……だとか、悪徳とか。


「なんだテルカ。お前あんなとこに行くつもりなのか?」


「だっはっは!やめとけやめとけ、死んじまうぞ!」


 小さな村だからか、俺と常連のおっちゃんで噂についての話をしていると、呼んでもいないのに顔見知りの呑んだくれ共が、周りに群がってくる。


「そーそー。テルカは若いんだからぁ〜、生き急ぐ必要はないわよぉ〜。んへへ……お酒、おかわり!」


「……どんだけ飲むんだよ」


 べろんべろんになっている近所のおば……お姉さんは、空いたジョッキをこちらに向けて締まりのない笑顔を見せた。二十代後半の女の人には、相手に放つ言葉を慎重に選ばなければならない。おばさんなんて言おうものなら、本気でキレかねないからな。


「おーい、聞いたかみんなー! テルカがあの悪徳紋章師の所に行くらしいぞ!」


 呑んだくれのうちの一人が、酒場中に聞こえるような声でそう言った。すると、周りで普通に飲んでいた人達すら静まり、少ししてからワッと酒場全体が盛り上がった。

こうなるのが嫌で小さな声で話してたのに……みんな話したがりで、個々がそれぞれ話そうとするため結局ガヤガヤと騒がしくなる。群がってくる人間の人種は、だいたい決まっている。ほとんどは、昼からずっと酒場に居座る大酒飲みだ。


「ちょ、まだ行くとは言ってないだろ!」


 大声で否定するが、騒ぎまくる酔っ払いどもの耳には入らない。


「おいテルカ」


「ん?」


 低い声とともに、ガッシリ頭を掴まれる。


「は、た、ら、け!」


 酒場のマスターは、筋肉が自慢のナイスガイだ。

輝くスキンヘッドに傷のついた左目、それに加えあご髭にムキムキの肉体と、強い要素が盛り沢山だが、まだ未成年の俺を雇ってくれたり、意外にも面倒見はいい。腕の太さに至ってはもはや人間なのか疑いたくなるレベルで、本当はオークか何かじゃないだろうか。


「……すいません」





 家までの帰り道、俺は項垂れたまま歩いていた。まったく、酔っ払い達のせいでマスターに怒られるわ疲れるわ……それにしても、酒場で聞いたあの噂。


「……帰ったら、相談してみるか」


 行くとは言ってないとは言ったものの、俺の気持ちは行く方向でほとんど固まっていた。


「ふぅ……ただいま」


 自宅にいる人物を、どうやって説得するか。そればかり考えていると、ため息が出る。


「おかえり、お兄!」


 家に帰ると、いつものように妹が俺を出迎えてくれる。ニコニコと笑顔を絶やさない俺の妹の名は、ララ・ルルアガ。後ろ髪の毛先がくるんと跳ねている茶髪と、明るい笑顔が特徴の自慢の妹だ。


「今日もお疲れ様。一息ついたら、もうご飯にする?」


 我ながら、よく出来た妹だ。弱冠十三歳にして炊事に洗濯、掃除までこなす。俺も手伝った方がいいのだろうけど……忙しくてそこまで手をまわす余裕が無い。


「ああ、頼む」


 俺たち兄妹には親がいない。いや、いなくなった……の方が正しいのかな。六年前、親父は他の女の尻を追いかけて家を出ていった。母さんは三年前に魔物に攫われたきり、行方不明だ。騎士団に捜索願も出したのだが、未だに音沙汰が無い。

母さんがいなくなって、初めてその大切さに気がついた。朝から夜まで働いて、稼いだ生活費だけ家に置いてまた仕事に行って……思えば、ずっとそれの繰り返しだったような気がする。そのせいもあって、俺が家で母さんを見るのは二週間に一度くらいだった。

十二歳だった俺は、母さんが帰ってきている時間にすら呑気によだれを垂らして寝ていたからだ。だから起きる頃には母さんは仕事に行っていて、俺が寝てから母さんは帰ってきていた。

今となっては、母さんに感謝している。まだ連絡が来ていないだけで、どこかで生きているはず。次に会う時には、そのことをちゃんと伝えるんだ。


「お兄ー、ご飯出来たってば」


「ん、ああ。悪い、考え事してた」


 妹と向かい合ってリビングにあるテーブルに座る。

我が家の食卓に並ぶ食べ物は、俺が見慣れた具材ばかりを使った料理だ。

基本的に我が家では、酒場で余った食材を安値で譲ってもらって来て、それを使って調理したものを夕飯にしている。だから、酒場で働く俺からすれば常日頃見ているものと具材自体は同じなのだ。


「……あのさ、私も働いた方がいいかな」


 夕飯を食べ始めた妹は、急に食べる手を止めそう言った。


「大丈夫だ。ただでさえ家事で大変なんだから、無理しなくていい」


 妹に、そこまで無理をさせたくない。金を稼ぐのは、やっぱり兄の俺がしなきゃ。ララの歳でそんなことを覚える必要はない。

今は慣れたものの子供二人だけでの生活ってのも、精神的にも少しキツかったし、親がいなくなって何より収入が0になったのが一番の問題だった。

金の稼ぎ方とかのアドバイスはくれるが、この村には俺たち二人を養えるほど余裕のある人間はいない。

だから子供二人だけでの生活を余儀なくされたのだ。


 酒場の手伝いだけでは、大した額にはならない。少なくとも、俺とララの二人が生活するには全然足りない額だ。そこで俺は普段から弓を使って近くの森の動物を狩って、問屋に売ることで生活の足しにしていたのだが……なんだか近頃、動物に代わって魔物が活発に行動するようになって、以前のように効率よく狩りもできなくなってきている。


「でもさ、ララ。最近家計が苦しいのはお前もわかっているはずだ」


 早い話、今のルルアガ家は貧乏だ。

俺は十五歳、ララは十三歳。食べ盛りだし、成長期だ。もっと栄養を摂らないといけない上、教養も身につけないといけない。俺はもう遅いかもしれないけど、ララならまだ学校に行ってやり直せる。


「だから……その――」


 話を切り出したはいいものの、いざ妹を目の前にすると言い淀んでしまう。ええい、ここまで出れば全部出たも同然だ。勢いで言ってしまえ。


「――噂の紋章師の所へ行きたい、って?」


 そんなことを考えていた時だった。俺が言おうと思っていた言葉と一語一句同じ言葉が、妹の口から出てきたのだ。


「……な、なんで、わかったんだ」


 想定外の返事に、口をパクパクさせて動揺してしまう。かっこ悪い。


「噂話が耳に入るのはお兄だけじゃないんだよ。私だって、買い物に行った時とか、洗濯してる時とかに近所のおばさんから聞いたり、ね」


 明らかにララの声色が暗くなっていく。


「でも……妹として、それは許可できないかな」


「な、なんでだよ。あの話を聞いたんだろ?」


「うん」


「なら、どうして……! この生活から脱却するチャンスなんだぞ!」


 つい語気が荒くなる。妹の考えてることが、俺にはわからない。もし俺に紋章(シール)の素質があれば、就職先の候補が数倍、いやそれ以上に増えるだろう。なのに、なぜ俺を行かせてくれない?


「私は今のままの暮らしで十分だよ。そんなことより、今日はほら、お魚が上手く焼けたんだ」


 話を無理やり変え、話題を終わらせようとした妹。俺にはわかる。今の妹の笑顔は、自然に出た笑顔じゃなく、出そうとして出した作り物だ。


「なんでわかってくれないんだ! 俺たちには金が必要だ……お前だって、それくらいわかってるだろ!」


 話をすり替える妹に少しムカッときた俺は、つい机を叩き立ち上がり、妹に向けて怒鳴ってしまった。


「ぅ……わかってないのはお兄の方だよっ!」


 それに応えるかのように妹も立ち上がり僕に怒鳴った。この時、内心俺はびっくりした。妹は、普段滅多なことでは怒らないからだ。妹が怒っているとこを俺は見たことがないかもしれない。親父がいなくなった時も、ララはまだ七歳だったし。


「私たち家族はもう二人しかいないんだよ? お兄ちゃんがいなくなっちゃったら、私……一人なんだよ?」


 妹の目から流れた涙が、何度も何度も作った料理に落ちる。


「そんなの、私耐えられない……絶対、寂しくて死んじゃうよ」


 ララは俺の方へまわってきて、そのまま抱きついてきた。背中に回した手は強い力で俺の服を掴み、泣いているからか、小さな体は小刻みに震えている。


「俺は死なない。必ず戻ってくる」


 妹が泣こうと、俺はどうしても行きたい。死なない保証も無いが……このままじゃダメなんだ。こんなギリギリの暮らし、いつまでも続けられるわけがない。

だから今はこう言うしかなかった。


「確証が無いじゃん! ……言葉だけなら、何とでも言えるんだよ。お父さんだって私のこと好きだって、そう言ってたもん。もう……裏切られたくないよ」


 親父も、出ていく前の日までは俺たちを普通に愛してくれていた……ように見せかけていただけだったけど。そして次の日、書き置きだけ残して愛人とどこかへ消えてしまった。まだ小さかった妹には、それがトラウマになってしまっているのだ。


「信じてくれ! 俺は、アイツとは……親父とは違う。絶対に、お前一人残して死んだりしない」


 俺も、抱きついてきた震える妹を抱き締め返した。今、妹に伝えられる言葉はこれしかない。


「……怒鳴ったりして、ごめん。私、今日はもう寝るね」


 俺の腹辺りに顔を埋めたままそう言うと、ララはすぐさま俺から離れて、一目散に寝室へと走っていった。


「やらかした、かな」


 まさかここまで妹に反対されるとは思ってもみなかった。少し説得すれば許してくれるのかと思ってたけど、ララも、やっぱり二人は寂しいんだろうな。


「別の方法探すか……」


 正直、他にこれ以上の方法が見つかるとは到底思えない。でも、妹にあそこまで反対されたらこの案はなかった事にした方が得策だろう。

俺は自分と妹の分の、普段の二倍食器を片付け、複雑な心境のまま眠りについた。





 気づけば、朝になっていた。代替案を考えていると、全然眠れなかったし……昨日のことがあって、妹に会うのが気まずかった俺は、部屋から出れずにいた。


「行かないわけにも、なぁ」


 ずっと部屋に篭ってるわけにもいかないし、勇気を出して妹に会いに行こう。


「あ、おはようお兄!」


 そーっと昨日喧嘩した食卓のあるリビングに向かうと、何やら妹が忙しそうに何かを準備していた。


「お、おはよう」


 気まずいまま、重い雰囲気の朝を迎えると思っていたのだが、予想外の妹の明るさに俺はすっかり呆気に取られていた。


「あー、えっと、その……何してるんだ?」


 一方で気まずさの抜けない俺は、自然に話そうとしたがとんでもなくギクシャクとした喋り方になってしまった。お、俺がヘタレなんじゃない。あんなことがあって、すぐには気持ちは切り替えられないものだ。


「え? お兄の遠出の支度に決まってるじゃん」


 朝一だからかな。妹の口から何だかよくわからない言葉が聞こえた。


「遠出……? 俺、どこに行くんだ」


 何のこっちゃわからない。今日は問屋に貯まった皮や牙を納めて、酒場でバイト。村の外に出る予定はない。


「だーかーらー、行くんでしょ? 紋章師のところ」


 荷物を鞄に詰めながら、照れくさそうな顔をする。


「え、いいのか? だって昨日は」


 昨日、妹は泣きながらそれを拒んだはずだ。俺の夢……なわけもないし。


「あのね。昨日の夜、部屋に戻ってからよく考えたんだ。でね、やっぱりお兄を信じてみようかなって思った。これまでも、……お、お兄を信じたからここまでやってこれたんだし」


「ララ……!」


 思わず、妹に飛んで抱きつきそうになる。昨日の一件で完全に諦めてたが為に、今日の朝になって妹が認めてくれたことがとても嬉しい。


「絶対、帰ってくるんだよね?」


 荷物を詰め終わったのか、立ち上がって心配そうに僕にそう聞く。


「ああ! 絶対だ!」


「ふふっ、なら約束しよ、お兄」


 ララは笑顔で右手を拳にし、俺の前にゆっくり突き出した。俺も同じように、ララの拳と合わせるように拳を前に突き出した。

拳の第三関節同士をコツンと合わせる。名前は無いが、これが我が家で約束事をするときの決まりだ。母さんから、小さい時に教わったんだ。これをした者同士は、いかなることがあっても約束を破ってはいけない、と。


「……あっ、そうだ。これ持っていって!」


 そう言うと、妹は俺の手にしっかりと赤い石を握らせた。

石は宝石のように赤く透き通り、中を覗くと、種火のようなものがゆらゆらと揺れているのがわかる。不思議な構造で、どうなっているのかはよくわからない。


この石は確か母が遺した道具の一つで、いざという時にこの珠を投げると、石が割れて火が出てくるらしい。この石から出てくる火は、たとえ周りが水や鉄だったとしても、どこにでも点く優れものだ。

確かそれなりに高価な物で、本当に苦しい時はこれを問屋に持っていこうと思ってたのだが、


「……こんな大切なもの、今俺に渡していいのか?」


「うん。家に置いてても、あまり使うときもないだろうし。それに、もしお兄に紋章(シール)の素質があれば、もう売りに行かなくてよくなるしね」


 それに、母も売られるより使ってくれる方が嬉しいだろうとの見解みたいだ。妹は、俺を心から応援してくれているように感じた。この石は、必ず旅に役立つだろう。

それと、ここからほとんど歩きで行くとなればそれなりに時間がかかりそうだし、妹には戸締りをしっかりするよう行っておかなければ。


「ララ、その、出来るだけ早く帰ってこれるようにするけど、戸締りはしっかりな」


 いざ家を空けるとなると、妹が一人で大丈夫か心配なってついつい余計なことまで言ってしまう。


「もうっ、わかってるよ……ララ、今日からお兄が帰ってくるまで酒場の手伝いに行くんだもん。戸締りはしっかりしないと」


 ん? 今、よからぬことが聞こえたような。


「あははっ、お兄変な顔! 今日の朝一で頼みに行ったら、快く承諾してくれたよ。蓄えはあるけど、もしお兄ちゃんの旅が長引いたら足りなくなるかもでしょ?」


 マスター……俺の時は最初は断固として認めてくれなかったくせに。


「……それじゃ、いってくる」


 妹との少しの会話の後、荷物をまとめた俺は改めて妹の顔をまっすぐ、じっと見た。


「うん。いってらっしゃい、お兄」


 俺は妹の前で決意した。必ずや、この右手に紋章(シール)を宿してみせる、と。






「とは言ったものの、特に何が起こるわけでもないんだな……」



 家を出て八日が経過した。ふらりと立ち寄った町で家に泊めてもらった事もあれば、野宿の時もあった。いろいろあったが、今は目的地に向けて森の中をひたすら歩いている。


 もう少し、何かしら起こるのかと身構えていた俺だったのだが、大して特別な何があるわけでもなく、面白みのない時間が過ぎていった。この辺りまで一人で外出するのは初めてで、覚悟を決めて出てきたのに、正直拍子抜けするレベルだ。


 このとき俺は、不謹慎ながら少し何か起こればいいな、とか心の奥でほんの少し思ってたりしていた。

もし俺の身に何かがあれば、妹はとても悲しむだろうし、ひとりぼっちにさせてしまう。

そういう可能性も考えると、何も起こらないに越したことはないのだが……男に生まれてきた以上、好奇心や冒険心には逆らうことはできない。最早、本能といってもいいだろう。


 俺の視界を妨げる草木を雑に掻き分けて先へ進む。森の中にいるせいか、知らない間にどんどん腕の傷が増えていく。おそらく枝で切ったのだろう。

誰かが羽か何かで飛んで、上空を運んでくれればわざわざこんな森の中を歩かなくてもいいのにな……ま、そんなこと無理な話だけど。

少なくとも、人間で飛べる奴なんてのは聞いたことがない。かといって魔物や魔族と仲良くしている人間なんて、ほんの一握りだ。


 そんな、ありもしない夢みたいな事を考えながらひたすら進んでいると、目線の先で何かが太陽の光を反射して光っていることがわかった。


「ん……なんだ?」


 森を抜けてそこにたどり着くと、そこには太陽の光を反射して美しく輝く小さな湖が出来ていた。森に入って丸二日。ここに来てから虫と草ばかり見ていた俺にはそれがとても懐かしいものに感じられ、少し涙が出てきた。


「ちょっと休憩するか……」


 結構進んだし、一息つこうと湖の畔に座りため息をつく。汗もかいたし、水浴びするのもいいかもしれないな。平原にこんな湖が一つあっても何とも思わないが、暑苦しい森の中にあるとなると、凄く神秘的で、癒される。


 思い立ったが吉日、俺は水浴びしようと服を脱いで、湖の腰が浸かるくらいの深さまで身を沈めた。


「いって……やっぱり染みるな」


 冷たい水に入ると、傷口に水がしみてなかなか痛い。が、それと同時にベタベタとした汗から解放された爽快感を感じる。


 帰りもここで水浴びて帰ろうか。そう考えながらふと湖の真ん中を見た時だった。


「……は?」


 ――俺は、自分の目を疑った。

それほど横にも縦にも大きい湖ではないのだが、それでも今俺が立っているところから先は急に深さを増し、同年代の子に比べて身長の高い俺でも足がつかない深さになる。

そんな湖の真ん中に、人らしき物が二つ浮いている事に気が付いたのだ。

落ち着け、俺。まだそんなに疲れてないだろ? 幻覚なんて見始めるには早すぎるんじゃないのか。


「幻覚なんてらしくないぞ、俺。こんなとこでそれでどうするんだ」


 自分に言い聞かせながら一度、顔を洗い、目を閉じたまま肺に溜まった息を吐ききる。そしてカッと目を見開き、もう一度湖の真ん中を凝視する。

が、それはやはり視界からその二つが消えなかった。


……あれは本物だ。


 助けた方がいいのか、それとも見て見ぬ振りをすればいいのか。

人としては助けるべきなんだろうけど、俺は死ぬわけにはいかない。変に助けに行って、巻き添えはごめんだ。とはいえ、湖に浮いてる人を見ぬふりして家に無事帰還できても、後ろめたさが残りそうだし……なにより、妹にそんなこと知られたら怒られて済むかどうか。


「……よし」






「よいしょっ……と」


 結論から言えば、やはりあれは人間だった。そして、俺は二人を助けた。足もつかない場所で人を運ぶのは怖かったけど、思いの外うまくいってよかった。


 片方は、赤髪の少女。小柄で肌の白い、どこかのお嬢様か何かだと思うくらい上品な顔立ちをしている。

右に寄せた前髪が印象的だ。


もう片方は、黒髪で前髪の一部だけ金髪に染まっている変な髪色の……"少年"だ。こちらも綺麗な顔立ちをしているが、女の子とは思えない身長に、着ている服はオーソドックスな男子の服装として有名な服だ。少年で間違いないだろう。


 長い時間水に浸かっていたのか、二人とも顔色がとても悪くなっている。唇なんて、もはや紫をしている。


 なんとか陸に上げたのはいいけど……服も水浸しだし、顔色も悪い。このまま何もせずに放っておけば、二人とも無事では済まないだろう。

俺は少し悩んだ末にある荷物の存在を思い出した。そして、急いで荷物の中から赤い石を取り出した。


 とりあえず、これで火をつけよう。

俺は木の枝を積み重ね、そこに向けて思い切りその珠を投げつけた。

すると、石が割れる音と共に、明るく、暖かい火が枝に点火した。

こんなところで使う予定じゃなかったんだけど……まあいいか。


「後は……」


 濡れたままの服を着させているのも、体温が低下している二人には良くないことだ。冷たくなった服が、どんどん体温を奪っていくかもしれない。


 しかし、赤髪の子の服の前ボタンに手をかけたところで、俺は動きを止めた。


――果たして、これはセーフなのだろうか。この子は恐らく、俺より年下。もし今目が覚めたら、俺はどう思われるんだ? 変態か? 一瞬、俺の脳内に変態の刻印を押された自分の姿が映し出された。


「いやいや、これは人命救助の為だ。そう、仕方ないんだよ」


 誰に言い訳しているのかわからないが、そう呟きながら自分を奮い立たせ、女の子の前ボタンを外していった。


「悪い……仕方ないんだ!」


 謝りながら上下共に服を脱がすと、女の子は下着だけになった。何とも犯罪的な光景だが、こうするしかなかったんだ。きっと、わかってくれるさ。……妹にしてもだが、十三歳ともなれば、上もつけるものなんだな。少し安心した。もし服を脱がして上が丸出しだったら、流石にな。


「こ、これ以上はやめとこう」


 下着姿にしたまでは良かったのだが、それ以上女の子を無理矢理剥ぐ勇気は俺には無かった。目が覚めた時、何て言われるかわかったもんじゃない。妹の入浴現場を目撃してしまった時のようにはなりたくない。


「あとはこっちの子だな」


 少年の方は、いかにも美少年といった感じか。少し羨むところもあるが、男なのには変わりない。さっさと脱がしてあげよう。そう思い、服の端を掴んでずりずりと上へ上げていく。寝たままの相手の服を脱がすには、少しずつずらすしかない。

上の服を脱がしてみると、少し腹筋も割れていて、全体的にキュッと引き締まった上半身が出てきた。こっちの子は、やはり下着はつけていない。男でつけてたら、ちょっと引くけどな。


「……やっぱり男だよな」


 胸を見ても、全く膨らんでいない。さっきの子は、下着越しながら少しの膨らみはあったんだけど。


「おお……俺も、もう少し腹筋したほうがいいのかな」


 少し失礼してペタペタと体を触らせてもらうと、腕や腹筋は見た目以上にしっかり鍛えてあることに気づいた。

今思えば、この時少年の上の服を脱がせた時点で違和感に気づくべきだったのだ。

仰向けに寝かせていたせいで、俺は胸のかすかな膨らみに気づくことが出来なかった。


「もう、一気にいくか」


 下を脱がせるのに特に抵抗は無かった。男のアレを見るのは不本意だが、見なければいいのだから。男なら裸を見られてもさほど恥ずかしくないだろうし、言い訳もしやすい。

 嫌なことは早く済ませたいし、あまり体を冷やさせるわけにもいかない。


そんな気持ちが災いした俺は、ズボンとパンツをまとめて一気に下に引き下ろして脱がせた。

その時に俺は何か違和感を感じた。男の足にしては、しなやかで細く、毛も生えていないし綺麗すぎる。


「まさか、な」


 水を浴びたばかりだというのに、一気に脂汗が体中から噴き出してくる。

俺は恐る恐る足首から膝、太ももへと目線を上げていき、思い切って下腹部を見た。


「――無い」



 ――そう、"無かった"のだ。

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