11.5 紋章師の噂
山の麓には、ぽつんと小さな小屋がある。
それは、特に変わった所のない、いたって普通の小屋だった。
しかしその小屋には、いつでも悪い噂が飛び交っている。
町の酒屋に行けば、毎日のようにその小屋についての悪評を酔っ払いから聞くことができる。
理由は簡単だ。その小屋に住む老人は、悪徳紋章師として有名な、悪評高い老いた紋章師なのだ。
その紋章師の名は、ビルゴ・ワイズマン。
長く伸ばしたふさふさの白髭に、皺だらけのふやけたような顔、魔女のような高い鼻。そしてメガネから覗くギョロッとした目。
いかにも怪しげな薬を売ってそうな風貌の老人だ。
そもそも、人に眠る潜在能力を引き出すことができる紋章師は、人々の尊敬の対象であり、憧れである。
だが、この老人……ビルゴ・ワイズマンに向けられる目は、どう見てもそういった類のものでは無かった。
その大半は軽蔑の目であり、中には憎悪を剥き出しにした者まで存在する。
基本的には紋章師というものは、収入の大きい職業だ。
紋章一つで奴隷が5人救える。
そんな皮肉を言われるくらい、潜在能力の解放には金がかかるもので、紋章があるのと無いのでは、人生が全くと言っていいほど変わってくるのだ。
だから人々は大金を出してまで、紋章を求める。
そして、そんな人々から大金を受け取る紋章師の大半は裕福な暮らしを送っている。
しかしビルゴは、最低限の料金しか受け取らないのだ。
そこだけ聞くと、優良な紋章師の様で聞こえはいいのだが、ここの場合は料金の代わりに条件がいくつか発生する。
・料金は先払い。後払い不可。
・失敗しても自己責任。
・山の洞窟内にあるという財宝を見つけ出し、その80%を譲渡すること。
これがその条件だ。
まず、先払いな上に、あるかどうかもわからない信憑性の低い財宝探しなど、誰もしないと思うだろう。
しかし、そこまで大量の資金はいらない上、もしかしたら宝が見つかるかもしれない。
そんな一握りの可能性に賭けて、先払いをしてから洞窟に突っ込んでいく輩が、いつになっても、悪い噂が流れていても、まったく消えないのだ。
ビルゴ自身、財宝の噂を全く信じていなかった上に、仮に財宝があったとしても見つかるとは全く思ってもいなかった。
それどころか、先払いで楽をして生活に最低限必要な資金を確保できる上、上手くいけば一攫千金を狙えると、心の底で、我が家に訪れる者達をみっかさんばんみっかほくそ笑んでいたのだ。
洞窟内には邪悪な魔物がうじゃうじゃ潜んでおり、意気込んで出発したその内の殆どは諦めて洞窟を出てくるのだが、出発した人間の一部は三日三晩経っても洞窟に入ったまま出てくることは無かった。
はたして、憎悪の目で彼を見つめる目は、洞窟から出てくることのなかった人間達の親族なのか、恋人なのか。それとも、伴侶なのか。彼にはそれを知る由もない。
それでもビルゴは、そんな視線を気にも留めず、今日も今日とて人々を洞窟へと誘って行く。
自らの生活の為に。




