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11 天空散歩

 時間は進み深夜。


「エール、本当に行くの?」


「うん。父さんはああ言うけど……僕はまだ諦めきれない事にしたから」


 昼間とは違い、風が吹くたびに草が揺れる音や虫の鳴き声が良く聞こえており明かりもつけていないため、月の光による明るさのみが僕たちを照らしている。

そんな中で僕とエルザはある準備を進めていた。


「叔父さん達に言わないでいいの?」


「いい。言うだけ無駄だし」


 女が騎士になれない理由は、右腕に紋章(シール)が無い……つまり、身体能力強化の恩恵が無い故に身体能力で大きく男に劣るからだ。

なら、その分の身体能力をカバーできる何かを身につければ良い。


 世間では、女は騎士になれないというのは一般常識だ。

男のみが持つ右腕の紋章(シール)は身体能力を驚異的に上昇させる効果がある。

そして、女のみが持つ左腕の紋章(シール)は、魔力を驚異的に上昇させる効果がある。


 だが、紋章(シール)を持つ女は、ただでさえ少ない男の紋章(シール)持ちの、10分の1にも満たない。

そんな紋章(シール)の恩恵が、ただでさえ大きい男女の力の差をより歴然とさせている。

だから、紋章(シール)の無い女の地位はとても低い……まあ簡単な話、無いよりはどちらの腕にせよあった方がいいと言うわけだ。


 紋章(シール)は生まれつき人間にあるものでは無い。紋章師と呼ばれる職種の人間に潜在能力を引き出してもらうことによって、初めて腕に浮かび上がるのだ。


 その紋章師がこの辺りに住んでいる。そう

いう話を母さんから聞いたことがある。

その紋章師に会いに行くのが今の僕の目的だ。

父さん母さんは、僕をそこへ連れて行くのを随分と渋っている様子だった。自分の娘に紋章が無いかもしれない事が怖いのだろう。

そんなの、僕だって怖い。もしかしたら、右腕どころか左腕にすら紋章が無いかもしれない。そうなったら……さすがに夢は諦めなければならなくなる。


 でも、だからといって待っているだけでは何も始まらない。自ら進むしかないんだ。


「……よし、行こうエルザ」


 両頬をパンッと叩き気合いを入れる。


「用意できたの? それじゃ……」


 エルザは『はいっ!』というと、両手を広げて私に飛び込んできなさい、とでも言うようなポーズをとった。


 意味がわからず、僕がしばらく首をひねって不思議なエルザの行動を見つめていると、エルザが口を開いた。月の光だけでもエルザの顔が赤いのがわかる。


「アタシに掴まってって言ってるの! 飛んで連れて行ってあげる」


 確かにここから目的地までは、あのトラウマの森を抜けないといけないし、中々長い道程だ。


 しかし、トレーニングを積み重ねてきた僕の体は筋肉で適度に引き締まっており、女が持ち上げるには少し重めな気がする。少し、少しだけどね。


 僕がそう言うと、エルザはふふんと鼻を鳴らし自信たっぷりな顔で僕の肩を叩いた。


「ふっ……エール、デーモンを舐めるんじゃないわよ」







 大口を叩いたエルザは僕を背中に背負ったままその大きな羽で空を飛んでいた。

最初は僕がしがみついたまま空を飛んでいたが、流石にそれは辛いそうでこの形に落ち着いたのだ。


 エルザの両手には、家のタンスから拝借した地図が握られていて、そこには僕がつけた赤いバツ印がつけられている。

それを見ながら、目的地まで行く予定だ。


「エルザ……辛いなら降ろしてくれてもいいよ?」


「だっ、大丈夫よこれくらい」


 大丈夫だと本人は言っているが……声が上ずっている。


 なんだかんだでエルザと空を飛ぶのは初めてだ。それどころか僕はこんなに長くエルザといて、一度もエルザが飛んだところを見たことがなかった。


 なぜなら、うちに来た時点ではエルザの羽は飛行能力をもたず、飾りと言っていいほど役に立たなかったからだ。

エルザ曰く、デーモンの羽にもちゃんと筋肉があるらしく、トレーニングすることによって筋力を鍛えることでようやく飛べるようになる。

トレーニングをしなくても子供の頃は飛べるのだが、成長するに連れて羽が自重を支えきれなくなり飛べなくなるのだ。


 デーモン達の間では子供の頃からトレーニングを積むことは常識だそうだけど……エルザは違った。

その時になればなんとかなる。そんな腑抜けた考えで暮らしてきたから、生まれた時から一度も練習した事がなかったらしい。

そして案の定、成長した今では飛べなくなっている。


 そんなエルザが飛べるようになったきっかけは簡単なことだった。



 ある日の朝のこと。

僕とビート、そしてエルザは原っぱで三人、仰向けに並んでゴロゴロしていた。


『エルザってさー、羽あるのに全然飛ばないよね』


 そこで僕はふと、そんな事を言ってしまったのだ。

羽があるのにエルザが宙に浮いているところを見たことが一度も無かったな、と考えているうちにポロっと口からこぼれてしまった。


『うっ』


『てか、そもそもエルザ姉って飛べるの?』


 遠回しに聞くのではなく、ストレートに聞く。うんうん、弟は素直な子に育ったものだ。


 ビートはエルザも姉のようなものなのでこう呼ぶことにしているらしい。エルザ本人はとても喜んでいるが……僕からすれば、弟がとられたようで複雑な気分だ。


『……飛べないわよ』


 僕たちに顔が見えない方向へクルッと寝返りをうち、エルザはボソッとそう言った。


『――ぷぷっ、かっこわる!』


 無邪気ゆえの犯行か。

ビートの放った何気ない一言は、エルザのハートを奥底からえぐり取ったのだ。

ビートを普段から愛でているエルザにこの一言は強烈であり、耐え難いことだった。


『ア、アタシだって飛べるようになるし! 今はその、えっと……そう、準備期間なのよ!』


 その後、エルザはもちろん必死になり、僕が練習している間や寝ている間に猛練習をしてきて、自信をつけたんだそう。


 そして、今に至る……のだが、僕はそこでまた一つ新たな問題点を発見してしまった。



 ――エルザの飛行スピードはとにかく遅いのだ。かろうじて徒歩より速いんじゃないだろうか、とか思ってしまうレベルの遅さだ。


 最初は軽快に飛ばしていたエルザだったが、時間が経つにつれて小さな喘ぎ声が多く聞こえるようになってきた。

それが聞こえてきた頃から、徐々に速度が低下し、エルザ自体もふらふらと揺れるようになっていった。


 調子に乗ったエルザが高さをぐんぐん上げていったせいで、今の高度はそれなりに高く、もしもここから落ちれば即死は間違いないだろう。


「エ、エールぅ……もう、駄目っ……かも」


 最初の自信はどこへ行ったのやら、エルザの体がぐらぐらと大きく揺れ始めた。

スタミナ不足か……それとも、筋力不足か。


「ちょっ……エルザ、危ないってば!」


 この時の僕は振り落とされないよう、揺れるエルザの体にしがみつくのに必死で、どこを掴んでいるのかは考えていなかった。

しかしそこを掴んだとたん、僕はすぐ異変に気付いた。


 むにゅ。


 ……エルザは13歳にしては随分と発育が良かったのだ。明らかにここだけ柔らかさが違った膨らみになっている。

あまり異性のこんなところは触ったことがないけど、一つだけ言えることは……僕より大きい。


 離せ離せと抵抗してくるエルザだが、今掴む場所を変えようとすれば落下の可能性があり、自殺行為だ。だからそう簡単に場所変えるわけにはいかなかった。


「ぎゃー! ど、どこ掴んでるのさ!」


「ごめんエルザ、恥ずかしいのはわかるよ。僕も女だから。……けど今は僕が怖いから暴れないでぇぇぇ」


 未だに心は男のままだと思っているが、胸を触られるのは何故だか少し恥ずかしい。


「さ、触るなー!」


「だからごめんってば! 今は飛ぶことに集中し――」


 飛ぶことに集中して。

僕がそう言おうとした瞬間……エルザに生えていた黒い羽が突如として引っ込んでしまったのだ。


「あっ」


 エルザの短いその一言。それだけで、僕は全身から血の気が引いた。

エルザの体が、急に重力に引っ張られるかのように落下し始めたのだ。

ということはもちろん浮遊状態を持続できるわけもなく――



「「――きゃああああああ!」」



 僕とエルザは、甲高い叫び声と共に凄いスピードで地上へと落下していくのだった。

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