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10 夢、復活

「父さん、どういう事なんだよ!」


 僕は父さんに理由を問いただした。どうして女では騎士になれないのか、と。

僕はこれまで、我ながらよく努力してきたつもりだ。毎日走り込みをし、手合わせもしてきた。筋力トレーニングも欠かしたことは一度も無い。

だからこそ、説明してもらわないと納得がいかない。


「ビートが言ったそのまんまの意味だ。お前は……騎士にはなれない」


「なんで……なんで黙ってたの?」


 父さんは僕の顔を見ず、机に置いた自分の手に目線を下ろす。

言い出せなかったそうだ。頑張ってる僕を見て。


「だからってずっと、何年も僕に嘘ついてたの」


 両親に対する怒りからなのか、夢が破れた悲しさからなのか、じわっと目頭が熱くなる。


「なにか答えてよ……父さん」


 父さんは僕が何を言っても「すまん」の一点張りだ。


 ――いつもこうだ。伝えなきゃいけないことを先延ばしにして……それでいつもこっちが迷惑する。昔からずっと、何も父さんは変わってない。何も言わない父さんに感情が昂ぶった僕は、この場から逃げるように階段へと向かった。今は、両親の顔を見たくなかったんだ。


「エールちゃん」


 両親に背を向け階段の1段目に足をかけた時、後ろから母さんの小さな声が聞こえてきたが、僕は振り向かずに階段を駆け上がった。


「うるさい! 父さんも母さんも……二人とも最低だ!」







 自分の部屋に閉じこもった僕はベッドの枕に顔を埋め、とてつもない虚無感に襲われていた。13年もの人生を棒に振った気分だ。僕がしてきたことは無駄になったのだから。


 父さんから聞いた騎士になるための条件。

一つ目は、性別が男であること。

そして、団が定めた規定以上の体力、技能を身につけていること。そして男の中でも選ばれた者のみが持つ"紋章(シール)"が右腕に浮かび上がっていること。


この紋章(シール)により、騎士はそれぞれ独自の技や魔物を圧倒する特殊な能力を身につけることができる。


 そして騎士とは逆に、女しかなれない職業は、魔法使い。あの白い鎧の騎士が使っていた治癒魔法や飛翔魔法は、才能さえあれば男でも使うことができるらしいが、4大魔法はそうはいかない。


 4大魔法。すなわち、火、水、風、地の4属性からなる魔法であり、母さんが使った様にこの世界では料理から洗濯まで、幅広い使われ方をしている。

基本的には生まれた時点で持つ属性は決まっており、母さんのように火と水といったように二つの属性を扱える人は珍しい。


魔法使いは魔法の力を使って多方面で活躍する職業だ。基本的には条件は騎士と同じだが、少しだけ違う所がある。性別が女であること。魔力の素質があること。紋章(シール)が左腕に浮かび上がっていること。


この三つが騎士とは違う点だ。


 どれもこれも簡単な話だ。今の僕では騎士になんか最初からなれるわけがなかったのだ。女では、騎士にはなれない。


『で、でも――女は騎士になれないんだぜ?』


 弟が軽々と言い放ったこの言葉は、僕の胸にこれでもかというほど深く突き刺さった。

これまで生きてきて、ようやく人らしい夢を持てた。それに向かって努力することもできた。

それが、騎士になること。その夢が、まさかこんな簡単に破れる事になるとは思いもしなかった。


 僕は自分の部屋のベッドにうつぶせになり、声にもならない声を出して泣いていた。止めようと涙を枕で拭っても、次から次へとまた目から涙が溢れてくる。この涙は悲しみから来たものでも、怒りから来たものでもなかった。


 ――ただただ、悔しかった。

これまで何の障害にもならなかったが為に、気にとめることも少なかった性別の壁。この壁は、僕が思っていた以上に厚く、高い壁だった。

その壁を僕は絶対に越えることは出来ない。だから、僕は騎士になる夢を諦めなきゃならない。これほど女に生まれ変わったことを悔やんだのは初めてだ。


 性別が違う。たったそれだけの理由で僕の夢はいとも簡単に片付けられてしまった。

それが、とにかく悔しくて仕方がなかった。それでも、爪が食い込み出血するほどに強く握った拳で、枕を叩くことしか出来なかった。


 しばらくすると、誰かが階段を上がる音が聞こえてきた。うつ伏せなので誰かはわからないか、その人は静かに部屋の扉を開け、中に入ってきた。


「エール」


 そして小さく僕の名前を呼んだ。この声は……エルザだ。足音を立てず、静かに僕に近づいたエルザは僕の頭を撫でた。


「今叔父さんたちから聞いたよ。女の子じゃ……その、駄目なんだってね」


「……ん」


 おそらく今、僕の顔は涙やらなんやらで、とても酷い事になっているだろう。そんな格好悪い顔を見られたくない僕は、枕に顔を伏せたまま無愛想に返事をした。


「アタシ、賢くないからなんて言ったらいいのかわからないから、こんな事しかできないけどさ」


 そう言うとエルザは僕の隣に腰掛け、うつ伏せの僕を上からそっと包み込むように軽く抱きしめた。


「なんで。なんで、駄目なんだよっ……僕は……僕は……!」


 僕は顔を見られないよう、俯いたまま起き上がり、今までのストレスをエルザにぶつけるかのように強くエルザに抱きついた。 エルザはそんな僕を引きはがそうともしなかった。


「大丈夫。元気になるまで、ここで一緒にいてあげるから……それに、もしかしたらまだチャンスはあるかもしれないじゃない」


「もう、無理だよ。どれだけ男っぽくても僕は女だし」


「ずっと、ずっと夢を叶えるために頑張ってきたでしょ。なのに、そんな簡単に諦めるの?」


「僕だって諦めたくない! でも……仕方ないだろ。僕は女で、騎士は男しかなれないんだ」


 エルザは何も悪くないのに、ついエルザに声を荒げてしまう。この事実は、天地がひっくり返ったとしても変わらない。


「だーかーらー。エールが第一号になればいいのよ。女騎士としてのね」


「え……?」


「前例が無いなら、エールが初めてになれば問題ないでしょう? ほら、例えば……そうね。紋章(シール)を持った男より強い事を証明する、とか」


 エルザの案を聞いた時、僕はある事を考えた。もしかすると、神様はまだ僕を完全に見捨ててはいないのかもしれない。

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