結
皆様ご機嫌よう。三毛猫のミケである。
「男女の一生」という飼い主の大作がどうやら入選したらしく、私はのどを大きく鳴らすように喜んだのだが、飼い主は違った。すぐさま、ボロアパートから飛び出し、肩まであった長い髪をばっさり切ってしまったのだ。そうして、まじまじと飼い主の顔をよく見ると、長いまつ毛に鼻がスッと高く、引き込もって日に当たらないせいか色白でまさに美形であった。
「これで、女性店員からいちいち試供品はもらえなくなったな。すまんな。ミケ」そう言って優しく喉もとを撫でる。
いやいや、やっと猫用のシャンプーで洗ってもらえるかと思うと私は嬉しくて、食欲が増してくるようだった。
机に置いてあったiPhoneが大きい音を立てて鳴り響く。着信は、飼い主の母からだった。すぐさま飼い主は、iPhoneを手にして、画面をタップする。
「母さん?ごめん。入選だった」
電話の向こうでは、どうやら母親の嬉しそうな黄色い声が聞こえる。
「うん。でも、大賞を獲りたかったから。母さん……」そう言って飼い主は、少し俯きながらか細い声で言う。
「迷惑かけてごめん。絶対、小説家になるから」飼い主の目には涙が溢れていた、iPhoneの向こうからは、愛情溢れる暖かい声が音楽のように流れている。飼い主は、「うん。うん」と、涙を服の裾でぬぐいながら、母の言葉を噛みしめる。
飼い主が幼い時に両親は、離婚して母親が女でひとつで飼い主を育てた。
iPhoneの向こうから母親の心配する声が唐突に私の耳に入ってくる。
「……。大丈夫?その……。男性とは……」母親は、言いにくそうにしている。
「大丈夫だよ。夜間のバイトは、女の子と一緒だし。店長も女だから。もう、変なことされないよ。引き込もってるからね。女みたいな格好してるから男からは異性と見られててさ!観察できて面白い!」そう言って励ますかのように飼い主は含み笑いをする。母親は、iPhoneの向こう側で泣き始めた。
あなたは、綺麗な顔立ちをしてるから、とても心配。女性に言い寄られるのも辛いでしょうけど、同性に言い寄られるのはあなたにとって辛いことでしょう?とても、傷ついたと思うわ。あなたの受けた傷を私が代わりに受けとめてあげたいわ。
そうはっきりと私の耳には届いた。
「母さん。大丈夫だよ。もうあのおっさんの事は気にしてないし。同性愛者のなんたらやを責める訳でもないし、ただ、男とは女とは何か考えた末のあの作品だったから……」飼い主は、拳を強く握りしめる。
「母さん。俺は、母さんの為に小説家になるから、待ってて」そう言ってiPhoneの画面を優しくタップした。
「ミケ。男なのに男に言い寄られるのは気持ちが悪いぞよ?でも、異性として同性に言い寄られるのはね……楽しいぞよ。不思議だな」とおどけてみせて、飼い主は私を抱き上げた。
「大賞だと思ったが、そうでなかった残念だ……」そう言って私を腹の上に乗せていつものあれを言う。
「猫の上にも3年!母さんの為ならえいやこら!ぶっ!」と、笑い転げる飼い主。
飼い主は、小学生の時に男のおじさんにちょっかいをかけられた事があった。それから飼い主は、女性のように髪を伸ばしたりと、男性からは同性には見えないように工夫をしていた。男なのに中性的な顔立ちなのを、自分は変だと思ったり、受け入れきれない自分自身に苛立っていたし、自分が嫌いだった。だが、飼い主は、髪の毛をばっさり切った。
飼い主は、母親思いである。家計が、厳しい中小説家になる為に上京する!という飼い主を止めはしなかったし、母親は、いつも飼い主の意思を尊重してきた。だからである。母のために何としても飼い主は小説家にならねばならぬのだ。
私は、飼い主の顔をペロリと舐めてみた。飼い主の母親を想う優しい味がする。
「ミケー。これからは、固形石鹸で洗うから」と、真顔で飼い主は言う。
ああ!何ということだ!まさかの固形石鹸だとは!天使のリングができる私の毛並みは一気にごわごわになってしまうではないか!
優しい気持ちを舌に乗せたのを一転、顔を軽く引っ掻いてやった。
「いった!ミケー」そう言って、べたべたと絡んでくる飼い主。
もう、知らん知らんぞ!私は、飼い主に一喜一憂するばかりである。だけど、そんな飼い主が大好きなのだが、今は、ツンとしてみせて飼い主に手厚くかまってもらおうと算段中であるのであった。