春よこい。
「健二〜」
満腹になって陽気も良いし…とよい具合にうとうとしかけた、ちょうどそのタイミングで聞こえた声にちっ、と小さく舌打ちをした。
睡眠を邪魔されたんだ。正常な反応だ。
俺に非はない。
「んだよ優子」
「あんた、今日暇よね?って言うかあんたは要らないんだけどあんたのビデオデッキは要るのよ」
「…人にもの頼む態度か、お前」
「あんただって見たがってた映画だけど?見たくないわけ?」
これ見よがしに手の中のビデオテープを振られ、なにも言えずぐっ、と詰まった。
そんな俺の態度に、ふふん、と勝ち誇ったような表情を浮かべると、優子はじゃ、放課後ねと言って教室に戻っていった。
「相変わらず奥さんの尻に敷かれてんね〜」
「弱いな、お前」
両脇から悪友どものからかう声が聞こえてうるせっと反論してやった。
「奥さんじゃねぇっつの!」
そう。優子ー佐藤優子は俺ー鈴木健二の幼なじみなだけで、恋愛感情なんてモノは一切!
これっぽっちも!微塵も!持ってないのである。
持ってねぇっつったら持ってねぇんだよ!
「んじゃヨメサン」
「弱いのは否定出来ねえよな」「だぁ〜うるせ!!あいつがどんだけきょーぼーがお前ら知らないから言えるんだ!」
ビデオデッキに限らず。
やれ、このレコードをテープにダビングしろだの。
買い物付き合え、荷物持ちしろだの。
断ろうもんなら怒濤の口撃だぞ!?
付き合ってられっかっつーんだよ。
「バカだなぁ〜所詮男の腕力に女が敵うわけねぇんだから、暴れたところでいなせなきゃ弱いと言われても仕方ねぇだろ」
「お前こそバカだろ!優子は手ぇ出してくる奴じゃねぇっつの!」
「…ふぅん?」
「んだよ!?」
意味ありげに俺を見ている田中に不愉快な感情のままに問いかけると、田中は面白い玩具を見つけたような笑みを浮かべた。
「いや、別に?…っと佐藤が男に絡まれてんぞ?」
「!?」
田中の言葉に驚いて振り返ると、優子が笑顔で見知らぬ男と喋っている姿が見えた。
上履きの色が違うから2年か3年か…赤ってどっちだっけ?
入学して間がないし、正直自分の学年の色が青ってしか覚えてない。
つか絡まれてねぇじゃんか…
ぎろり、と田中を睨み付けると、「そう見えたんだって」と飄々とした態度で返された。
くそっ。
もう一度睨み付けてから優子に視線を戻す。
笑顔で話してるって事は知り合いか?
俺は見覚え無いってことは部活の先輩、とかか?
幼なじみとは言え、最近はあまりつるんでないから当たり前っちゃぁ、当たり前なんだが。
ガキの頃は全部知ってたあいつの行動やら交遊関係は今じゃ知らない事の方が多い。
一緒に居ないし、仕方ないと頭では解っていた筈が気持ちが追い付かない。
なんだ、このモヤモヤ?
胃の辺りに蟠っている不快感に眉を潜めていると、両脇からユニゾンが聞こえた。
「いーかげん自覚しねぇとかっ拐われるぞ、ガーキ」
「んだと、こらぁ!?」
これっぽっちも!恋愛感情なんか持ってねぇっつってんだよ!バカやろ~!