第20話 コーディアル
「"コーディアル"を作るわよ!」
コーディアルとはハーブのエキスを抽出した飲み物だ。飲み物というより薬に近いかもしれない。
医者なんてめったにかかれない貧乏な我が家では、風邪を引いた時はハーブの薬効を閉じ込めたコーディアルを飲んでいた。
まずは数種類のハーブを用意。鍋にお湯を沸かし、沸騰したらハーブを入れてしばらく煮込む。一度火を止めて砂糖を加え、よく混ぜながら再び煮て、最後にレモンを絞ればできあがり。
粗熱を取ったコーディアルを瓶に詰め、冷暗所で三日ほど寝かせて完成。
このままでは濃いので、水やお湯で割って飲むのが定番だ。
「ど、どうでしょうか……?」
私はドキドキしながらコーディアルの水割りをさしだした。
味見してくれるのは公爵邸の庭師さんと料理人さん。
普段からハーブ園作りでお世話になっている人たちで、自ら試作品の味見を買って出てくれたのだ。
「……これは……薬っぽいですね……」
「……風邪を引いた時のシロップを思い出します……」
──ですよね!
私も同意である。
ハーブの主張が強すぎるのか、はっきり言って薬くさい。
体にはよさそうなものの、美味しいかと言われれば微妙だ。庭師さんも料理人さんも正直に言ってくれてありがたい。
──もっと飲みやすくアレンジしないと……!
「サラさん、ハーブだけだから薬くさいんですよ。果物を加えてはどうですか?」
「花を使うなら言ってください! 薔薇を足せば彩りも増すのでは?」
「なるほど!」
的確なアドバイスに、私は膝を打った。
草しか生えないうちの実家とは違い、オルブライト公爵家なら他の材料も手に入る。
お花やフルーツを加えれば見た目も華やかになるし、薬くささが和らいで口当たりもよくなりそうだ。
庭師さんと料理人さんによる監修のもと、私は試行錯誤を重ねた。
「思った通り、フルーツを足すと美味しくなりますね!」
「薔薇もいい色を出してくれてますよ。量で濃淡も調節できそうだ」
カットしたフルーツを一緒に煮込むと味がまろやかになるし、乾燥させた赤い薔薇を足すときれいなルビー色になって見映えがする。
様々なハーブとフルーツを試すうちに、だんだんと相性のいい組み合わせもわかってきた。
厨房を貸してもらえたのも、貴重な砂糖を使わせてもらえたのも、家令さんが全面的にフォローしてくれたおかげだ。
「皆さん、ありがとうございます!」
私は周囲の協力に感謝しつつ、ご恩に報いるべく、せっせとコーディアル作りに励んだのだった。
◇◇◇
「──お待たせいたしました、奥様」
夏の盛り。茹だるような暑気に負けそうになりながら、私は銀のトレイを持って奥様のお部屋にうかがった。
奥様ことオルブライト公爵夫人は、この家の女主人だ。
いつもは紅茶を好んで飲まれる奥様だが、今日はコーディアルを試飲したいと直々に申し出があった。
そこで、これまで特に評判のよかったハーブとフルーツの組み合わせを厳選して、三種類ほどお持ちしたのだ。
一つ目はカモミールとオレンジ。
二つ目はラベンダーとりんご。
三つ目はローズマリーといちご。
一つ目にはレモンを加えて柑橘の爽やかさを際立たせ、二つ目には少量のジンジャーを混ぜてピリッとしたキレをプラスした。三つ目はドライローズで鮮やかな色をつけた上、薔薇のエキスによる美容効果も期待できる。
三つとも冷たい水で割っているので、この暑い季節でもきっと美味しく飲めるはず。
「……あら、なかなか綺麗ね」
コーディアルを並べると、奥様は優雅な眉を動かしてそう言ってくれた。
三種類のコーディアルはそれぞれ薄い蜂蜜色、紫色、ピンク色をしていて美しい。
透明なガラスのグラスに注いであるおかげで、見た目もいかにも涼しげだ。
私も緊張でドキドキしていたが、監修を務めてくれた庭師さんと料理人さんも同じ気持ちのようだ。ドアの影から半分だけ顔を出しながら、ハラハラとこちらを見守っている。
奥様は三つのグラスを順番に手に取り、艶やかな唇をそっと付け、一杯ずつゆっくりとコーディアルを味わってから、
「……悪くないわね……」
と、小さくささやいた。
ドアの向こうで庭師さんと料理人さんが「「いよっしゃあぁぁ!!」」と手を叩きあったのがわかった。
ミラベルお嬢様のお母様だけあって、奥様の「悪くない」は相当の高評価なのだ。
奥様は三種類のコーディアルをしげしげと見比べながら、きらりと目を光らせた。
「これは……新たな事業になるかもしれないわ……」
奥様はこう見えてやり手の事業家なのだ。
このオルブライト公爵家の事実上のトップは旦那様ではなく奥……いや、なんでもない。
「サラ。今度、大事なお客様を招いてお茶会を開くことにするわ。その時にこのコーディアルをお出ししなさい」
「お、お客様とのお茶会に!?」
思ってもみなかったことを言われて、私は驚きに飛び上がりそうになった。
私はハーブティーにしろコーディアルにしろ、このオルブライト公爵家内だけで消費するつもりだった。事業として広めるなんて考えたこともなかったのに。
まだ試作段階のコーディアルが、奥様が「大事なお客様」と呼ぶほど重要な賓客のお眼鏡に叶うだろうか……?
「わかっていると思うけれど、サラ」
どぎまぎしている私に、奥様はさらりと言い放った。
「コーディアルはあくまでも前座よ。お茶会のメインは紅茶ですからね」
「ええっ!」
私は今度こそ飛び上がった。
紅茶に使う茶葉はハーブではない。私はハーブティーなら毎日のように淹れているけれど、紅茶については詳しくないのだ。
「ま、待ってください! 奥様! 私、紅茶のことはからっきしで……っ!」
「じゃあね。よろしく頼んだわよ」
「奥様ぁぁぁ!」
私の悲痛な声は届かなかった。
とんでもなく責任重大な命令を軽く下して、奥様はさっさと部屋を出ていってしまう。
「……お客様にお出しする……紅茶……!?」
奥様の無茶ぶりに、私は震えたのだった。




