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3我儘目 自己罰だけでは赦されない

 夜中は眠れなかった。


 毎晩頭の中で反省会をする。それが日課になっていて今日の出来事を朝から順に振り返るの。


 自分の嫌な箇所を自覚して苦しむのが、せめてもの罪滅ぼしだと思ってるから。


 今日の反省は痣のこと。


 土方に言えたのはいいけど、素直に病院に行くべきだったかもな。

 あんなに心配してくれてるのに、突き放すような言い方しちゃったら見捨てられるかも。


「でも……遊んでくれたし。でも、夜になって思い出したら……やっぱり……」


 不安と後悔は脳内から飛び出して、独り言で繰り返す。アタシにとって、布団は懺悔室のようなもの。


 悶々と考えてると、次第に痣の理由だと思う物に疑問が湧く。


 アタシだって丸っ切り信じちゃいないよ。でも確かに、あの本に触れた時に出来たんだもん。


 無数の虫が這いあがるように青い痣が足に浮き出た。嘘みたいな本当。



 あの本を見た日の昼間に雨が降って来た。


 部屋に雨が吹き込んでくるといけないと思って、立ち入り禁止のお父さんの部屋に入ったのがきっかけ。


 普段は窓の施錠も怠らないお父さんなのに、その日だけは開いていて。

 朝にバタバタしながら出て行ったから、閉め忘れたんだろうなって、罪悪感を感じながら入った。


 そうしたらさ、あったんだよ。あの本が。


 絶対に本屋なんかで売っていない、資料館にあるような古い本。気にならないほうが無理じゃん。


 手に取るしかないじゃん。開いたら……日本語じゃない、ミミズみたいな文字が並んでて。英語でもないし、漢字っぽいなにかみたいな字。


 ぼーっと眺めていたら、足に目が行って。そうしたら、痣がこうなってて……。


 原因は本。そう思うのが普通ではないけどさ。疑うばかりじゃ埒が明かない。



「もう一回、確かめてみるか……」

 

 お父さんの部屋には鍵がかかっているわけじゃない。入ろうと思えば入れる。今はリビングにいるし、そのまま寝てしまうこともあるし。

 

 パジャマ代わりのジャージの裾をまくって、そっと扉を開ける。


 足音を立てないように慎重に1歩ずつ廊下を進み、隣のお父さんの部屋に侵入。ラッキー、扉が少し開いてるじゃん!


 泥棒みたいにそろそろ入る。整えられた家具の配置は、お父さんそのものの性格を表している。


 整頓された部屋のどこに、本はあるんだろう。あの時はたまだ忘れたって感じだったし。


 いけないことをしているとわかってる。


 お父さんの机を物色して、プライベートを踏み躙ってるんだから。


 でも、やめない。引き出しの引き手に手をかけて、ゆっくりと開いた。


 引き出しには無さそう。本棚もない。貴重な本ならどこに隠すかな。仕事に関するものかもしれないけど、お父さんの職場なんか知らないし。


 一応、仕事用のカバンを改めてみる。なるべく見ないようにして手だけ入れ、物色。すると触ったことのある紙質に触れた。


「……あった!」


 ゆっくり引き抜くと、やっぱりあの本だ。

 Tシャツの中に隠すようにしまい、そそくさ部屋を後にする。返す時は……またカバンに入れたらいいし。


 自分の部屋に戻ったら、すぐに本を開く。やっぱり変な文字。ミミズみたいにびろびろしてる。


 見覚えがないのに、読めちゃうのは雰囲気で……とか?


 人の記録みたいなのが書いてある。


 どこ住んでいたとか、何をしていたとか、プロフィールみたいなのが数十人分。


 まためくれば、真ん中に一文が綴られているだけのページになる。いかにも昔風な文章。

 理解ができなくて、音読してみる。


「神にこそ願ひ奉らば、永遠の居処、授けらるるやもしれぬ……何?」


 意味わかんない。でも、初めてじゃない気もする。頭のどこかに記憶がひっかかって、頭も足もむずむずした。


 まさか。


 真実は知りたくない。でも、確かめるために持って来た。爪先を見る。痣はある。


「え……?」


 痣は膝下まで広がってきている。


「なんで!? 何、なんで!?」


 パニックになって本を投げた。肩で息をして嗚咽に喉を焼かれた痛みで我に戻る。


 お父さんに気付かれたらマズイ。けど、この足もヤバいよね。


 土方に電話しよう。


 隣にある土方家。土方の部屋はまだ電気が点いてる。大丈夫。出てくれる。時間は気にするなって言ってたもん。

 

 かけたものの、コール音が長い。寝落ちしてるとか? 怖い、怖いと不安が胸を支配する。

 

『何だ。こんな時間に』


 よかった、出た!


『アザが広がってきてる!』


 土方はすぐにビデオ通話に切り替えていにかれた。足を映して、青紫色の痣は膝下まで広がっているのを見せる。


 土方の顔も血の気が引くように青くなっちゃった。


『……普通じゃない、病院に行くぞ。皆を起こすんだ。不安なら俺も行くから』


 画面の向こうで出かける支度をしようとしてくれる。でも病院に行ったって、どうしてこうなったかなんて説明出来ない。


 「待って!」


 土方にはちゃんと言わなきゃ。部屋の明かりを明るくして、フローリングに投げた"古い本”を映した。


「もしかしたら、読んじゃいけないものを読んじゃったかもしれない。これを読んでからアザが変なんだよ! ミミズみたいな字なのに読めるんだよ! 今までろくに勉強してないのに、こんなの読めるわけないだろ!」


 開いたページを見せて、ここにはこう書いてるとか、言葉足らずなのを自覚しながら説明した。


 土方は最初こそ聞いてくれたけど、だんだんと呆れた表情になっていく。

 何その顔。アタシが嘘つきみたいな、信用してない顔。


 口では「そうかそうか」と聞いているふり、寝る準備をし始めちゃった。


 空返事で話を聞いてくれてないんだ。アタシの話、バカだと思ってんだ。


「土方! 本当なの! ねえ!」


 日頃の行いが災いしてる。


 土方は面倒くさそうにして、液晶に指が見えたら、それは通話を切る合図でもある。


 この電話を切られたらアタシ、本当に独りになっちゃう――!


「土方、ねえ! ちゃんと聞いてよ!」


 思わず涙が出て、喉が切れるように目一杯叫んだ。


 ゴォ――ッ。


 突然大きな地鳴りが響き、地面が揺れる。家が軋む音がする。それはミシミシがギシギシに変わって、突き上げるような揺れに体の自由が奪われた。


「地震!? でか!」


 地震が来たら揺れるキーホルダーに目を向ける時には、立っていられないほどの揺れが家具を倒した。


 新撰組のグッズや本を高く積み上げた棚が、アタシをめがけて落ちてくる。


「あ!」

『沖田!』


 既に揺れているのに、遅れて緊急速報が鳴る。そして通話は強制的に終了。

 棚からは逃れられたけど、恐ろしいことに変わりはない。


 それでもやがて地震もおさまる。


 腰を抜かし、部屋の荒れ果てた様子を目だけで確認していると階段を駆け上がる音が聞こえて来た。


「洋!」

「お父さん……」


 驚いた顔で、アタシの安否を確認しに来てくれた。


 電気も消えてしまった。懐中電灯で床を照らしつつ、一階に行こうと一歩踏み出すと、何かを踏む。


 紙を踏んで滑って、危うく転びそうになるところをなんとか耐えた。


「気をつけろ。下も物が散乱して危ないから。スリッパはないのか?」

「スリッパは、ベッドの近くにある」

 

 ごちゃごちゃとした物の中からスリッパを探す。お父さんも一緒に探してくれていたけど、アタシはすっかり忘れていた。


「……なんでこれがここにあるんだ」

「何?」


 お父さんが何かを見つけた。声が震えて、怒っているようにも聞こえる。


 なんだろうも覗き込むと、あの本だった。


 やばい。やばいやばいやばい。


 気づいたら、お父さんの手から本を奪って一階に走っていた。


「洋! 危ないから!」


 後ろから止まれと言われても、そんなわけにいかない。痛感なんてなくなったみたいに物のを踏みながら外に出る。


 お母さんはとっくに出ていて、アタシの顔を見ても何も言ってくれない。


 遅れてお父さんが外に出てくると、息を上げながら、低い声で聞いてくる。


「その本、どうしたんだ」

「どうもしない!」


 怒られるのはわかる。でも、なんか話しちゃいけない気がする。読めるなんて言っちゃダメ。


「どこにあったんだ! 言いなさい!」


 お父さんの怒鳴り声。体の細胞が恐怖で支配されたら、全て話すしかないじゃん。


「家の中にあったんだよ! お父さんの部屋にあったんじゃん!」

「……」


 何も言ってくれない。

 

 代わりに、土方家も外に出て来て「大丈夫か」と声をかけてくれる。なのに、誰も言葉を返せない。


 お父さんは地震よりも本のことで頭がいっぱいそうだ。


「洋……お前」


 ゆっくりと手を伸ばしてくる。本を返せって、そう言いたそうな手。


 胸のあたりであの本を大事そうに抱きしめ、両親から目を離さないようにするしか出来ない。渡しちゃダメって、本能が言う。


「パンドラの箱を、開けたのか……」


 お父さんはため息……なんて可愛いもんじゃない。絶望したように、その手を下ろした。

 アタシを諦めた顔。


 もう、庇えない。そう言われているような、関係を断つセリフにも聞こえちゃったんだ。


 それが寂しくて、思わず振り返って助けを求めた。


「土方ぁ……」


 本を抱きしめているのは、本当にアタシの意思なのかな。

 足の痣は、罰みたいに広がったままなの。

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