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ゼロ・グロウ ―煌めきの欠片―  作者: 星渡 星吾
1-1約束の足音、魔女は城へと向かう
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08 枯渇する魔力と、絶望の選択


王の執務室を支配する沈黙は、もはや単なる無音ではなかった。それは、肺の奥を押し潰し、鼓膜を内側から圧迫するような、鉛のごとき質量を持った重苦しい静寂だった。


国王は、震えを隠しきれない両手で固く目元を覆い、玉座よりも重い執務椅子に、力なく沈み込んでいる。窓の外、遠くから聞こえてくるのは、何も知らぬ民たちが謳歌する平和な朝の喧騒だ。荷馬車の轍の音、商人の威勢のいい声。それらがどこまでも輝かしく、そして残酷なほどに平和であるからこそ、この部屋の中に満ちる、国が音を立てて滅びに向かう瀬戸際のような絶望が際立っていた。


「……爺や。一つ、嘘偽りなく、正直に答えよ」


王は顔を上げないまま、喉の奥から絞り出すような、ひどく掠れた声で問いかけた。その言葉の端々には、長年の統治で培ってきた覇気などは微塵も残っておらず、ただ崩れゆく砂の城を必死に支えようとする、老人の悲愴な響きだけが宿っている。


「我が国の宝物庫に眠る高純度魔石のすべて、そして……この地の霊脈に残された最後の余力。……これらをすべて、一滴も残さず注ぎ込んだとして。……『勇者召喚』のやり直しは、まだ、可能なのか?」


爺やは、王の魂が流す血の匂いに寄り添うように、静かに、深く目を伏せた。その問いがどれほどの重荷を王に背負わせるのか、魔道の深淵を知る彼には痛いほどに理解できていた。


召喚術とは、異世界という「外」から無償で強引に力を引き込む便利品ではない。この世界、この土地が数百年、数千年かけて育んできた「未来の生命力マナ」を、一瞬の火種として爆発的に燃やし、ことわりの壁に無理やり穴を穿うがつ、神殺しの禁忌だ。


「……正直に申し上げれば、それはもはや博打ですらなく、滅びへの片道切符となるでしょう。昨夜、殿下が強行された暴挙により、王都周辺のマナバランスは今も激しく揺らいでおります。大地の精霊たちは恐怖に怯え、引き裂かれた霊脈の傷口からは、本来この土地の作物を育てるはずだった魔力が、止めどなく溢れ、霧散している状態でございます」

「……わかっておる。そんなことは、百も承知だ。だが、やらねばならぬのだ! 他国がこの致命的な失態を知れば、我がフィランテスは『禁忌を犯して失敗し、世界の理を汚した、無能で不実な国』として、周辺国からの苛烈な干渉、そして制裁の嵐を免れぬ。民を戦火から守るには、再度の召喚を無理やりにでも成功させ、本物の勇者の威光を盾にして、世界の口を封じるしかないのだ……!」


王の言葉は、もはや他者に向けるものではなく、自らの良心を殺すための悲痛な説得のようだった。


爺やは、動悸を打つ胸を抑え、深く、深く、床に額がつくほどにこうべを垂れた。


「……国中から、神殿の奥底に眠る高純度魔石までをもかき集め、術式の構成を限界を超えて圧縮すれば。……ギリギリ、あと一度。あと一度きりであれば、再度の召喚は可能かと存じます。……ですが陛下、それを行えば、この王都を支える霊脈は完全に焼き切れ、今後数十年、いえ、百年は草木一本生えぬ、実りなき死の荒野となるでしょう。王都を、捨てることと同義にございます。……それでも、本当によろしいのですな?」

「…………っ」


王は奥歯が砕けんばかりに噛み締め、膝の上の拳を、爪が食い込み血が滲むほどに握りしめた。


代々の先祖が守り抜いてきた、王都周辺の豊かな農地。民が愛し、詩に詠われた美しい緑の丘。それらすべてが、一夜にして砂と灰に変わる未来。それは王として、そしてこの国を愛する者として、最も避けたい、身を斬り裂かれるような決断だった。


「……構わぬ。すべては儂の不徳。あの愚か者を止められず、野放しにした親としての責任だ。……数日後、改めて『正式な勇者召喚』を挙行する。他国には、一度の儀式で完璧な成功を収めたと見せかけるのだ。……そのためには、爺や」

「はい。……喚び出された、あの無垢な少女。……あの子が城内にいては、不都合が生じますな」


二度目の召喚を『最初の、そして唯一の成功』として世界に発表するためには、その舞台裏に「失敗作」として捨てられた一人の少女が残っていてはならないのだ。彼女の存在そのものが、国のついた大嘘を露呈させる致命的な矛盾となり、第一王子の首だけでなく、フィランテス王家が数千年にわたって積み上げてきた信頼のすべてを失墜させる。


「……あの子を、殺させたくはない。だが、この血塗られた城に置いておくことも、もはやできぬ。……あの子に、これ以上、あの愚か者の歪んだ殺意を向けさせたくないのだ。爺や……どこか、あの子が勇者でも失敗作でもなく、『ただの子供』として、誰の目にも触れず、息を潜めて、ささやかに笑って暮らせる場所はないか……?」


王が顔を上げた。その瞳に宿っていた、冷徹な統治者としての鋭い光はすでに消え去り、そこにはただ、見知らぬ異郷の地へと理不尽に放り出された幼き少女への、言いようのない申し訳なさと自責に震える、一人の弱き老人の悲しみだけが残されていた。


朝の光は依然として、無慈悲なほどに明るく執務室を照らし続けていたが、王の頬を伝い落ちた涙を乾かすことは、ついぞなかった。

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