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ゼロ・グロウ ―煌めきの欠片―  作者: 星渡 星吾
1-1約束の足音、魔女は城へと向かう
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05 魔女の好奇心と、黄昏の密約


「……属性ゼロ、ねぇ」


私はゆっくりと腕を組み、わざとらしく、そして深いため息を混ぜながら訓練所の高い天井を仰ぎ見た。


西日に照らされた石畳が、訓練用の木人や散乱した魔導具の影を、まるでもう一つの世界への入り口かのように長く、赤い影として伸ばしている。その赤黒い光は、平穏だった私の隠居生活が、今この瞬間を境に終わりを告げようとしていることを残酷に予感させていた。


頭の中では、極めて冷静で保守的な「自分」が、最大音量の警報を鳴らし続けている。


(関わるな、サラ。それは面倒ごとの煮こごりみたいな案件よ。王族の確執に、禁忌の召喚、おまけに子供の世話? 薬草の調合を間違えて爆発させたほうが、まだ可愛いものじゃない)


そう、賢く生きるなら、ここで爺やの訴えを笑って聞き流し、ポーション代だけ受け取って山に帰るのが正解だ。けれど、それ以上に私の魂の深層に居座る「魔道士としての本能」が、そのあまりにも「異常な存在」を解明したくて、細胞一つひとつが疼くような感覚に陥っていた。


膨大な魔力を持ちながら、色を持たない。


火でも、水でも、風でも、土でもない。この世界の数千年の歴史が積み上げてきた「属性」という魔法体系の枠組みから、あえて弾き出されたような不条理な存在。


「属性がないから無能なんて、あのアホ王子たちの感性は道端に転がっている石っころ以下ね。むしろ、そっちの方がマシだわ、石なら磨けば光るんだから。……いい、爺や? 色がついていないっていうのは、欠陥じゃないわ。何色にも染まっていない、純粋で無垢な『原初のエネルギー』そのものだってことじゃない。それがどれほど凄まじいことか、あのアホたちは理解すらできていないのよ。……それ、魔導の歴史を根底からひっくり返すような、千年に一度の大発見なのよ?」

「……サラ殿。貴女なら、そう仰ってくださると信じておりましたわい」


爺やは、まるで死刑宣告を免れた囚人のように深い、深い安堵の吐息を漏らした。けれど、すぐにその表情を引き締め、魔法師団長としての鋭い眼光を取り戻して続けた。


「王子には、私が責任を持って『処分を完了した』と報告を入れます。あやつは残虐ではあるが、自らの手を汚すのを嫌う。わしが『灰にした』と言えば、それ以上は踏み込んでこぬでしょう。身代わりの遺体……いえ、それに見える『肉塊』はこちらで完璧に用意します。……ですが、この汚れきった城の中に、もはや彼女の居場所はございません。どうか、貴女の山奥で……あの自由な風の吹く場所で、彼女をかくまい、導いていただきたいのです」

「……あー、やっぱり気が乗らないわねぇ。私、静かで気楽な研究生活を愛しているのよ? 慣れない子供の世話なんて、ポーションの全工程を調合ミスして釜を溶かすより恐ろしいわ。泣くし、叫ぶし、手はかかるし……」


私はわざとらしく眉をひそめ、意地悪く言ってみせた。けれど、私の思考の演算領域では、すでにその「属性ゼロの少女」をどう鍛え、その真っ白なマナをどう成型させるかのシミュレーションが、自分でも止められないほどの速度で展開されていた。


理不尽な理由で世界に呼ばれ、ゴミのように捨てられようとしている少女への、拭いきれない憐憫れんびん


そして何より、自分たちの尺度で測れないものを「無能」と切り捨てた既存の魔法の常識を、その真っ白な魔力で完膚なきまでに叩き潰してやりたいという、魔女としての最高に性格の悪いワクワク感。


「……まぁ、いいわ。爺やの頼みだしね。それに、あのアホ王子の思い通りに物事が進むっていうのは、考えただけで虫唾が走るほど気に入らないわ。……その代わり、準備は完璧にやっておきなさいよ? 私、誰かの失敗の後始末に巻き込まれるのは、ナメクジを素手で触るのと同じくらい大嫌いなんだから」

「……感謝いたしますぞ、サラ殿! このご恩、わしが土に還るその時まで忘れませんぞ……!」


爺やは深々と、それこそ腰の骨が鳴るのではないかと思うほどに深く、何度も頭を垂れた。


その丸まった背中には、長年この国の歪んだ屋台骨を支え続けてきた魔法師団長としてのプライドではなく、一人の名もなき少女の未来を無理やり繋ぎ止めた、一人の老魔導士としての、震えるような安堵と決意が宿っていた。


「……感謝は、その子が私の家で元気に走り回るようになってからにしてちょうだい。さて、じゃあ私はいつも通り『納品』を済ませて、役人たちの嫌味を聞き流してくるわ。夕方までにはすべて終わらせるから。爺や、頃合いを見て、地下牢の方で落ち合いましょう。……あまり遅くなると、私の機嫌が悪くなるから気をつけなさいよ」

「承知いたしました。……『死体』を運び出すための荷車と、カモフラージュの資材を手配しておきましょう。夕刻、闇が降りる頃に……」


こうして、一人の少女の運命を王子の手から掠め取る「すり替え計画」が、魔法師団の黄昏る訓練所の片隅で、静かに、けれど決定的に成立した。

 

私は踵を返し、澱んだマナと人間の業が渦巻く王宮の奥底へと、再び歩みを進める。


数分前まで重く感じていたはずの足取りは、いつの間にか、跳ねるように少しだけ軽くなっていた。


(……属性ゼロ、ね。もし私の理論が正しければ。……あの王子、数年後に自分のしでかしたことの大きさに気づいて、それはそれは見事な顔をすることになるわよ?)


私は、自分でも驚くほど不敵で、意地の悪い笑みを口元に浮かべた。


赤い日差しに背中を焼かれ、影を長く伸ばしながら。私は、腐りかけたこの国の心臓部へと、獲物を狙う魔女の歩みで消えていった。

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