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ゼロ・グロウ ―煌めきの欠片―  作者: 星渡 星吾
1-1約束の足音、魔女は城へと向かう
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02 山道と、酒神の荷馬車

さて、どうやって彼女と少女は出会うのか…一章の始まりです

 

「さて、行きますか」


山あいに佇む研究室の、苔むした重い石扉を閉め、私は一つ、深く、長く伸びをした。

今日は月に一度、フィランテス王国へと特製ポーションを卸しに行く日だ。


私はサラ。この国の境界に連なる峻険な山々に居を構え、「精霊」という実体のない隣人たちの声を聴き、その理を探究している魔女。

……といっても、最初から隠遁生活を気取っていたわけではない。すべては数年前の、ほんの些細な偶然から始まったのだ。


ふらりと王国へ立ち寄った際、大規模な落石によって主要な街道が封鎖され、王都の薬問屋からポーションの在庫が消え失せるという騒動があった。

そこでたまたま手持ちの予備を数本売ってやったのが運の尽き。

それが「死にかけの重騎士を翌朝には全快させた」だの「万病に効く奇跡の雫」だのと、尾ひれがついて広まってしまった。

今ではこうして定期的に山を下り、王宮魔導士団の面々にポーションを届けるのが私の定例行事となっている。


「いや、まぁ……自分が作った薬の評判がいいのは気分がいいし、研究ばかりだとマンネリになっちゃうし。気分転換は大事だって、ヘクテスも口を酸っぱくして言っていたしね」


使い古された革靴で、朝露に濡れた石畳を小気味よく叩きながら、私は誰に聞かせるでもなく独り言をこぼす。だが、その足取りは昨夜からどこか重い。

昨晩、研究室の窓から王都の方向を眺めた際、大気中のマナが異様な「震え」を見せたのだ。

それは魔物が発する負の波動ではない。どちらかと言えば、高純度の聖属性に近い、眩しくも暴力的なエネルギーの奔流。けれど、その光はあまりに不自然で、歪んでいた。

まるで、無理やり世界の理をこじ開けた時に生じる「亀裂」から漏れ出した、純粋すぎて毒になる光のような波長。精霊たちが一斉にざわつき、山の動物たちが鳴き止んだあの瞬間の不気味さが、今も肌に張り付いている。


「面倒ごとじゃなきゃいいけど。……嫌だなぁ、そういえば大臣の爺やが、もうすぐ『召喚』がどうのって、浮足立ったことを言っていたっけ」


勇者召喚。お伽話の中では英雄の誕生だが、現実の魔術師からすれば、それは世界に巨大な穴を穿つ禁忌に等しい。まともな魔法陣もなしに変なモノを喚び出して、王国がめちゃくちゃに……なんて事態になれば、私のポーションの売り上げにも響く。


(それはそれで、めんどくさいわねぇ……)


そんな物騒な想像を振り払うように頭を振ったその時、背後から重厚な蹄の音と、荷車の軋む音が近づいてきた。


「お、サラさんじゃないですか! 今日は例の『月イチ納品』の日ですかい?」


振り返れば、逞しい馬に引かれた荷台の上から、日焼けした男が快活に手を振っていた。

冒険者グループ【リナード・バッカス】のリーダー、ヴィクトルだ。

彼らはこの山周辺を狩場にするサファイアランクのベテラン冒険者。この世界の冒険者は、新米の『クォーツ(水晶)』から始まり、『アメジスト(紫水晶)』『トパーズ(黄玉)』……そして最高位の『アダマント(真金剛)』まで、宝石の名で階級が分かれている。

中堅以上の『サファイア』ともなれば、一角の魔物を単独で仕留める実力者たちだ。


「あら、ヴィクトル。そっちこそ、朝から精が出るわね」

「いやいや姐さん、もう昼過ぎっすよ! 俺たちはこれから王都へ戻って獲物を換金するんです。よかったら、後ろに乗っていきやせんか?」

「いいわね。お言葉に甘えるわ」


差し出された手を取り、荷台に飛び乗る。そこには酒の匂いと、戦利品である魔物の素材の臭いが混ざり合った、冒険者特有の空気が満ちていた。


「こんにちは、サラさん。今日はお土産の『特製果実酒』、持ってたりしません?」


ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべるのは、狐人のテオ。小柄だが鋭い知性を持ち、この血気盛んなパーティのストッパー役を担っている。


「残念。今日は王宮への納品用だけ。あなたたちに飲ませるお酒はないわよ」

「ちっ、相変わらずお堅いねぇ。姐さんの美味い酒がねえなら、今すぐここでポイっと放り出してもいいんだぜ?」


豪快に笑いながらそう言ったのは、ガストンだ。自分と同じくらいの大きさがある巨大な盾を背負った、酒好きで剛腕の守護役。


「ガストン、あまりサラさんを困らせるな。彼女にも役割があってやっていることだ」


静かに窘めたのは、ハーフエルフのエレン。エルフの貴族出身だという噂だが、格式張ったルールを嫌って人間の国で冒険者をやっている変わり種だ。

パーティ名【リナード・バッカス(狐の酒神)】の通り、彼らは全員が揃いも揃って酒豪である。


「まぁまぁ。夕方にはいつものお店に行くから、その時にでも一杯やりましょうよ」

「おお! 今夜は宴だな! ガッハッハ!」

「いつもでしょ~……ガストンさん、ほどほどにしてくださいよ本当に……」


そんな賑やかなやり取りを楽しみながら、荷馬車はフィランテス王国の巨大な城壁へと辿り着いた。白亜の壁に囲まれたこの国は、中央に聳える王城を中心に、扇状に市街地が広がっている。

三箇所ある出入口には、それぞれ厳格な門番が立ち、通行証かギルドカードの提示を求めてくる。


「次、通行証かギルドカードを」

「あいあい。リナード・バッカスだ」


ヴィクトルがカードを差し出す。衛兵は「ふむ、いいモノは獲れたか?」と聞きながら、荷台の中を検める。そして、私の姿に目を止めた。


「?……おぉ、これはこれは、お久しぶりであります、サラ様!」


 先ほどまでの事務的な態度が嘘のように、衛兵が背筋を伸ばした。


「久しぶりね。はい、これ。私のカード」

「たしかに拝見しました。ごゆっくりお通りください、サラ様!」


丁寧な敬礼に見送られ、門をくぐり抜ける。すると、ヴィクトルが恨めしそうに呟いた。


「なーんか、サラさんと俺らで扱いが違いすぎませんかね? どっちもこの国を拠点にしてるサファイアランクなのに」


それを聞いて、衛兵が門の影から追い打ちをかける。


「お前たちは悪目立ちしすぎなんだ! 少しは酒を控えて、サラ様のように国に貢献したらどうだ。サファイアなら、もう少し身なりを整えろ。……とにかく、通ってよし!」

「貢献って、俺らサファイアっすよ!?」

「悪目立ちしてるから、万年サファイアなんだろう! まったく……」


門を抜けると、色とりどりの露店が並び、人々の活気に満ちた大通りが広がっていた。見慣れたフィランテスの街並み。だが、大気の中に漂うマナの「歪み」は、城の中心へ近づくほどに強まっているように感じられた。


「さて、じゃあ私は王宮へ行くから。また夜、三熊亭でね」

「ぜってぇ来いよ! 今夜は飲み比べだからな!」


ガストンがガッハッハと笑いながら私の背中を叩く。


「はいはい、わかったわよ。もう……」


リナード・バッカスの面々と別れ、私は石畳を鳴らして王宮へと足を進めた。

だが、その先に待ち受けていたのは、王宮内に漂う「焦り」と「不穏な影」だった。

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