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ゼロ・グロウ ―煌めきの欠片―  作者: 星渡 星吾
1-1約束の足音、魔女は城へと向かう
14/16

14 運命を嗤う魔女、奈落への一歩

半分くらいはep13【 魔女の「仕事」、運命の足音】と内容が重複しています


魔法師団の訓練所にどんよりとした「魔法の死体」の残り香を置き去りにして、私は独り、迷宮のような王宮の回廊を歩いていた。


先ほど爺やから聞いた話を、頭の中で何度も、執拗なまでに反芻する。散らばったパズルのピースを、魔導士としての論理ロジックで無理やり組み上げていくたびに、私の口端には自嘲気味な笑みが浮かんでは消えた。


事の顛末は、反吐が出るほどに滑稽で、かつ救いようのない稚拙な悲劇だった。


功を焦ったアホ王子が、古の禁忌に触れる「勇者召喚」を、あろうことか事前の準備も国家間の調整もなしに独断で強行した。そして、あろうことか――あるいはこの世界にとっての不幸か――召喚そのものを成功させてしまった。


だが、現れたのは伝説の聖剣を振り回す英雄でもなければ、軍勢を薙ぎ払う賢者でもなかった。異世界の門から転がり落ちてきたのは、聖剣はおろか、農家のくわすら持ったことがなさそうな、わずか十歳そこらの、吹けば飛ぶような少女。


さらにこの国にとっての、そしてあのアホ王子にとっての最大の「計算違い」は、彼女の魔力特性だった。


少女は、この世界のどんな宮廷魔導士をも凌駕する、底知れない「莫大な魔力の器」を宿して現れた。けれど、その力はあらゆる属性に対する適性が完璧なまでに「ゼロ」――。


王子は、自らが引き起こしたこの盛大な「失敗」が、父王や周辺諸国に露呈することを何よりも恐れた。だから彼は、あろうことか自分勝手な期待を裏切った少女を「無能の失敗作」と断じ、地下牢の最果てへと放り込んだ。ほとぼりが冷めた頃に、誰にも知られず闇に葬り、この不名誉な儀式そのものを「最初からなかったこと」にするために。


「……当たったわよ。昨夜、山小屋で感じたあの胸がざわつくような、不快で暴力的なマナの歪み」


私は王宮の華やかな廊下の隅、精緻な彫刻が施された柱の影で、誰に聞かせるでもなく独白した。


「属性適性ゼロ、か。莫大な魔力という広大な、真っ白なキャンバスがありながら、一滴の絵の具も乗らないなんて……。この世界の魔法理論の根本を、あざ笑うかのように否定する存在。……ふふ、最高に面白いじゃない。早く、その『あり得ない不可能』に会ってみたいわね」


私の心は、冷徹な救出者としての義務感よりも、未踏の真理を求める魔道士としての、止まらない知的好奇心で熱を帯びていた。

 

この卑劣な「処分計画」の全貌を知っているのは、召喚に立ち会った王子とその側近、そして爺やと国王。つまり、この私が地下牢へと辿り着くまでの間、そして彼女を連れ出すまでの間、誰一人気づかれてはいけない。


私は爺やと別れた後、王宮内を何の気なしに散策する気ままな魔女を装い、迷路のように入り組んだ回廊をわざと遠回りして歩いた。

 


背中を焼くような西日が、白亜の壁に私の影を長く、歪に引き伸ばしている。


周囲に人の気配が途切れた、その一瞬。


私は庭園の片隅にある、苔むした古い石扉へと手をかけた。それは、地図にも載っていない、かつての脱出路。あるいは、公にできない罪人を運び込むための「汚れた口」だ。


一段、また一段と階段を降りるごとに、上階の偽善に満ちた陽光が遠ざかっていく。


代わりに、重力そのものが増したような湿り気が、ねっとりと私の肌にまとわりついてくる。

 カツン、カツン。


湿った石床に、私の使い古された革靴の音が、不自然なほど明瞭に響く。


下層へと向かうにつれ、空気はみるみるうちに澱み、肺の奥をチクチクと刺すような、かびと錆、そして長年閉じ込められてきた者たちの怨念が混ざり合ったような、ひどく冷たい匂いが立ち込めてきた。

 


松明の明かりすら届かない、最果ての独房。


そこは、この国が「無かったことにしたいもの」を詰め込むゴミ箱だ。

 


私は、その突き当たりにある鉄格子の前で、足を止めた。


そこには、光なき闇の一部と同化するように、冷たい石の床の上で膝を抱えて丸まっている、一人の小さな「影」があった。


「……いたいた。君が、爺やの言っていた……『真っ白な、世界のバグ』かな?」


私の声が、粘り気のある闇に溶け、静かに少女の耳へと届く。


微かな衣擦れの音。


絶望に凍りついていた少女が、まるで壊れたネジを回すような緩慢な動作で、ゆっくりと、ゆっくりと顔を上げた。


乱れた、けれど光を失っていない銀色の髪が、独房の僅かな隙間から差し込む、死人のような燐光を捉えて鈍く輝く。


そして、その髪の間から私を射抜いたのは、あまりにも大きく、透き通った瞳。

 


暗闇の中でも、彼女の翡翠色グリーンの瞳は、微かなマナの反射を捉えて猫のように鋭く光を放っていた。


それは、「無能」などという言葉では決して説明できない――。


自らの存在意義すら奪われようとしているその極限の状況で、なお消えずに燃え続ける、魂の奥底から溢れ出した強烈な「生命」の光そのものだった。

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