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ゼロ・グロウ ―煌めきの欠片―  作者: 星渡 星吾
1-1約束の足音、魔女は城へと向かう
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13 魔女の「仕事」、運命の足音


王宮の空が、燃えるような朱色に染まり始めていた。


高く聳える尖塔が長く鋭い影を地上へ落とし、白亜の壁をどぎつい赤色に焼き上げている。街の喧騒から切り離されたこの高台は、本来なら世界で一番美しい夕暮れを堪能できる特等席のはずだ。けれど、私にとっての黄昏時は「一刻も早くこの息苦しい場所を脱出し、三熊亭で冷えたエールを喉に流し込みたい時間」でしかない。


「……はい、これで発注分の『高純度魔力回復薬ハイ・マナポーション』二十本、欠けも割れもなく納品完了よ。さあ、さっさと受領印をちょうだい」


私は王宮魔導士団の資材管理室で、不機嫌を隠そうともせずに、ずっしりと重い革鞄をカウンターへと放り出した。


対応している役人は、私のマントにこびりついた乾いた泥や、長年の探索で傷だらけになった革の装備を、これ見よがしに鼻で笑いながら、手元の書類に事務的な音を立てて判を突く。その一挙手一投足に、この場所特有の「選民意識」がへばりついていて、見ているだけで肩が凝るわ。


「……ふん。相変わらずだな、山の魔女。品物さえ良ければ、身なりはどうでもいいというわけか。少しは王宮の空気に馴染もうという努力をしたらどうだ?」

「あら、外見を飾るための化粧水を練る暇があったら、一本でも多くポーションの純度を上げるのが、本物の魔導士の誠意だと思っていたけれど。……貴方たちは、魔法の構築よりも袖口の汚れの方が大事みたいね。せいぜい、その綺麗な絹の服を汚さないように、椅子に深く腰掛けて頑張りなさいな」


嫌味をさらりといなして、私は受領書をひったくるように受け取った。


あー、本当に面倒くさい。


形式だけの挨拶、権威を笠に着た傲慢な視線、そして何より――この城全体に満ちている、焦燥感で濁ったマナの匂い。騎士団に主導権を奪われ、焦るあまりに魔法の基礎すら疎かにしている連中が垂れ流す、腐りかけた果実のような不快な魔力の残滓。一秒でも早くここを立ち去りたい、という魔女としての生存本能が警鐘を鳴らしているけれど、今日の私の「本当の仕事」は、ここからが本番なのだ。


(……さて、お遊びの時間は終わり。本番はこれからね)


私は資材管理室を出ると、あえて王宮の華やかなメインストリートを避け、人影の途絶えた庭園の回廊へと歩みを進めた。


夕闇が忍び寄る庭園。彫像の影が長く伸び、精霊たちの気配もここではどこか怯えたように萎縮している。周囲に人の気配がないことを「風」で確認し、私は一度足を止め、肺の奥まで冷えた空気を吸い込んだ。


意識のチャンネルを切り替え、大気中に漂うマナの「声」を聴く。


普通の魔導士には分からない、けれど精霊の囁きを解する私には、はっきりと感じ取れる「不快なノイズ」が、地下の方角から微かに、けれど確かな主張を持って響いていた。


(……いた。あそこに、閉じ込められているのね)


それは、魔物が放つ禍々しい邪気ではない。


かといって、この世界の魔導士たちが使う、属性という「フィルター」を通されたエネルギーでもない。

 

それは、まるでもぎたての果実のように瑞々しく、けれどあまりに純粋すぎて、かえって無機質にすら感じる**「真っ白なマナ」**の震え。

 

昨日、山の研究所で私の思考を掻き乱した、あの巨大なマナの歪みの正体。


たった一度の、重鎮たちの前での「魔力測定」で、属性が発現しなかったというだけで「無能」と切り捨てられた、異世界からの迷子。

 

理論上、そんなことあり得ないのよ。


魔力というエネルギーがあるなら、それは必ず世界のことわりに触れた瞬間、何かしらの属性――火や水、風や土といった「色」に惹かれ、形を成すはず。それが、この世界の魔法というシステムの絶対的な前提条件だ。


なのに、あの子は「無色」のまま、そこにいる。属性という鎖に縛られず、ただ純粋な「光」そのものとして、闇の中に放り出されている。


(色のつかない魔法、ねぇ……。あのアホ王子たちは『出来損ない』だって吐き捨てたみたいだけど。……ふふ。私からすれば、それはまだ何色にも染まっていない、無限の画布キャンバスに見えるわよ)


私は口元に、最高に難解な数式を解き始めた学者のような、あるいは獲物を追い詰めた猛禽のような、不敵な笑みを浮かべた。


面倒くさい、なんて口では言いつつも。


私は、自分が新しい「世界のバグ」に出会った時のこのゾクゾクするような高揚感を、何よりも愛している。


私はボロいマントを翻し、一般の官吏なら存在すら知らない、地下へと続く隠し階段の入り口へと向かった。


そこは、爺やが「お嬢ちゃん」を連れて降りていった、光を拒む冷たい石の通路だ。

 

本来なら、立ち入り禁止の重武装の衛兵が立っているはずの場所。


けれど、爺やが事前に「手配」をしておいてくれたのだろう。そこには誰もいなかった。ただ、一人の招かれざる魔女を迎え入れるように、地下へと続く闇が、ぽっかりと不吉な口を開けて待っているだけ。


「……さぁ、お嬢ちゃん。お迎えにあがったわよ。……爺やの言う『本当の魔法使い』かどうかわからないけれど、少なくとも、貴女という最高の謎を、こんなドブネズミの巣で終わらせる気はないわ」


私は、使い古された革靴で、湿った石の階段を一段、また一段と踏みしめる。

 

 カツン。

 カツン。

 

地下の静寂の中に、私の足音が力強く、そして一切の迷いなく響き渡る。


それは、地獄の底で震えている少女にとって、運命が扉を叩く力強い行進曲マーチになる。


私は影を纏い、少女のいる、最下層の独房へと歩みを早めた。

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