01召喚された少女と、しょっぱいスープ
ほとんど内容は変わりませんが、ちょっと薄いかなって思ったので書き加えてみました
ちょっと書き加えた方がそれっぽいでしょうか?
気がつくと、私は真っ白な空間の中に、独りぽつんと立っていた。
上下も、左右も、自分が今どこを向いているのかすら分からない。質量のない霧の中に溶けてしまったような、ひどく頼りない感覚。
(……ここは、どこ? 私は、今まで何をしていたんだっけ……)
混濁する意識の泥の中で、必死に記憶の糸を手繰り寄せようとしたけれど、指先をすり抜けるように思い出せない。ただ、胸の奥に残る「帰りたくない、けれど帰りたい」という矛盾した寂しさだけが、心臓を微かに締め付けていた。
その時。私の意識を強引に引き裂くように、どこからか複数の男たちの声が響いてきた。
「お、王子様! 成功です、成功いたしましたぞ! 門が開きました!」
「ようやく……ようやくか! 弱気な父上に代わり、この俺がこの国の……いや、世界の玉座に座る時が来たのだ!」
歓喜と野心に震える声。それを合図にするように、視界を覆っていた白が、さらさらと砂の城が崩れるように落ちていく。
色がつき、冷たい石の匂いが鼻を突き、世界が急激に形作られた。
……目の前には数人の男たちがいて、獲物を品定めするような、どろりとした欲望の混じった目で私を見下ろしていた。
「おい、どういうことだ。……女、それもただの子供ではないか!」
派手な装飾の王冠を被った若者が、隣に控える老魔導士に、噛みつくような勢いで激昂した。
「殿下、落ち着いてくだされ。これこそが、禁忌の召喚陣が呼び応じた異世界の魂。勇者としての宿命を背負った者であれば、その見かけに惑わされてはなりませぬ。……何か、人智を超えた特別な力があるに違いありません」
「ふん……。おい、そこの娘。名は、なんと言う」
王冠の若者が、聞いたこともない不快な響きの言語で私に捲し立ててくる。何を言われているのか分からず、ただ恐怖で身を竦めていると、彼は苛立ちを隠そうともせず、さらに声を荒らげた。
「おい、無視をするのか! この俺の問いが聞こえんのか! これだから異界の野蛮人は……!」
「#$&l……」
困惑して漏らした私の掠れた言葉に、男たちの後ろから一人の老魔導士――爺やが、静かに歩み寄ってきた。彼は私の怯えきった顔を覗き込むと、慈しむような穏やかな笑みを浮かべ、震える私の手を取り、その指に銀色の細い輪をはめた。
「どうじゃ、お嬢ちゃん。……わしの言葉が、わかるようになったかの?」
「お、お爺ちゃん……。あなたたちは、誰……?」
ようやく言葉が意味を成して耳に届いた。思わず漏れた私の問いに、王冠の若者が鼻で笑い、傲慢に胸を張った。
「ふん、言葉を理解したのはその指輪のおかげか。……いいだろう、私の名はフィランテス。この国の王子であり、次期国王となる男だ。さあ名乗れ、お前の名前は何だ。お前が何者であるか、私が定義してやろう」
私の、名前。……必死に脳裏を掻き回すけれど、そこには靄がかかったような空白しかなかった。
「……わかんない。おもいだせないの」
「ふん、自分の名前すら忘れたか。……まあいい、名など後でなんとでもなる。おい爺や、今すぐこいつを『鑑定』しろ。勇者としての、その価値をこの目で確かめてやる」
王子の命令に、爺やは一瞬だけ、躊躇うように眉を寄せた。
「しかし殿下、召喚直後は魂が不安定であり、魔力も激しく波打っております。正確な数値が出ない恐れが……」
「黙れ! さっさとやれと言っているんだ!」
爺やは抗えぬ溜息を飲み込み、震える私の前に、心臓の鼓動に合わせて淡く光る、不気味なほど透き通った鑑定石をかざした。
「……お嬢ちゃん、少しの間だけ、ゆっくりと目を閉じておいで。大丈夫、痛いことは何もしないからね」
爺やが低く、深い声で呪文を唱えると、鑑定石が猛烈な勢いで光り輝き始めた。その光は、王宮の広間を隅々まで白く染め上げ、王子は歓喜の声を上げて拳を突き出した。
「おお……! なんという眩さだ! 凄まじい光ではないか! やはり、俺がこの手で喚び出した勇者は本物だったのだ!」
だが、爺やの手元にある石に浮かび上がった、残酷な「真実」を見た瞬間、その場の熱狂は一瞬にして凍りついた。
「……な、なんじゃ、これは……。ありえん、こんなことが……」
「どうした、早く読み上げろ! 魔力量は!? 属性は何だ!?」
爺やは額に滲んだ汗を震える指で拭い、信じられないものを見るような目で、掠れた声を告げた。
「……魔力量は……驚異的です。王宮に仕える一級魔導士たちの平均を、優に三倍は上回っております。……ですが」
「ですが、なんだ! さっさと言え!」
「……適性の項目が、どこをどう探しても……ございません。火も、水も、風も、土も……あらゆる精霊の反応が、一切の反応を見せぬ『無』。これでは……」
その瞬間、王子の顔から血の気が一気に引いていくのがわかった。
「……魔力だけはあるが、それを現象に変えるための『色』が一切ない……だと? 適性がないなど、ただの重たい魔力の袋ではないか! そんな『無能』が、この世界を救う勇者なわけがあるか!」
さっきまでの期待に満ちた欲望の目は、一瞬にして、道端に転がる汚物を眺めるような軽蔑と嫌悪の目へと変わった。王子たちは吐き捨てるように私から背を向け、冷酷な足音を鳴らして去っていこうとする。
「……目障りだ。勇者でも何でもない、ただの『欠陥品』など、俺の視界に入れるな。見るだけで虫唾が走る」
「し、しかし殿下、この者は異世界から……」
「黙れ! どこでもいい、適当な空き部屋にでも放り込んでおけ! 父上に知られる前に、この忌々しい『失敗』をどう処理するか、その首で考えろ!」
王子は苛立ちを露わに、豪華なマントを翻して去っていった。取り巻きの男たちも、まるで私に触れると呪われるかのように距離を置いて後に続く。
静まり返った広間に、私と、膝をついて肩を震わせる爺やだけが取り残された。
爺やは、深く、長く、魂を削るような溜息をつき、私と目線を合わせた。その瞳には、王子たちとは違う、痛みをこらえたような色が浮かんでいる。
「……お嬢ちゃん、怖かったの。さあ、行こう。ひとまずは、体を休められる場所へ……すまぬな」
私は力の入らない手を爺やに引かれ、豪華な調度品が並ぶ、けれどあまりに広く、冷たく感じる客室へと連れてこられた。
「お嬢さん、今日はここで休みなされ。使われておらんかったから空気は冷たいが、ベッドはフカフカじゃ。後で……後で、温かいスープも持ってこさせよう」
「お爺ちゃん、私……どうなるの? わたし、いらない子なの?」
「それは……お嬢ちゃんが、これからどう生きたいかじゃよ。……今は、明日に備えて、ゆっくり眠りなされ。わしを信じるのじゃぞ」
老魔導士が、罪悪感に背を丸めて去った後。
運ばれてきた、冷えた銀の食器に盛られたスープを一口だけ啜る。
「……しょっぱい。……すごく、にがい」
喉を通らないそのスープの味は、どこか孤独と、見捨てられた者の味がした。
フィランテスから離れた、静寂の山小屋
同じ夜、王都から遠く離れた、星降る森の山小屋。
「ねぇ……。今、……なにか、すごく嫌なものを感じなかった?」
魔法瓶から怪しげな紫色の煙を立ち上らせ、魔術書にペンを走らせていた私は、ふと手を止めて背後を振り返った。
そこには、私の召喚した悪魔――初老の紳士の姿をしたヘクテスが、暖炉のそばで優雅に古書を捲りながら、静かに紅茶を楽しんでいた。
「たしかに。【フィランテス】の方角から、微かに、ですが決定的に歪な波長を感じました。まるで、世界という絹織物を無理やり引き裂いたような……そんな暴力的なマナの震えです」
「やっぱり? 王宮の連中、またロクでもないことを仕出かしたんじゃないでしょうね」
私は窓の外、深い夜闇に沈む王国の方向をじっと見つめる。
精霊たちがざわついている。何かが、この世界の理の外側から、強引に招き入れられたような……そんな、純粋すぎて異質な白さを感じた。
「そういえば、明日はポーションを届けに行く約束の日だったっけ。面倒だけど、あの爺やの様子見ついでに、ちょっと足を運んでみようかな」
「主様、お一人で行かれるのですか? 私も同行いたしましょうか」
「んー、大丈夫。それより、ヘクテスは留守の間、地下の『アレ』のこと、よろしくね」
「かしこまりました。万全の体制で管理しておきましょう」
私は、窓を叩く夜風の音を聞きながら、理由のない胸のざわつきを抑えるように、再びペンを握り直した。
――これが、後に世界を揺るがす二人が、運命という名の泥濘の中で出会う、前日の出来事である。
最初の方が良かったかなとか考えたり…
とりあえず2つ置いときますm(_ _)m




