第八章 ヒロインは、強さを拒んだ
村は、
まだ燃えていなかった。
だが、
時間の問題だった。
遠くの森から、
地鳴りのような
足音が響いてくる。
魔物の群れだ。
レインとセリナは
村の入口で
足を止めた。
「……避難は?」
「半分も
終わっていないわ」
セリナの声は
硬かった。
子どもたちの泣き声。
大人たちの怒号。
混乱が、
村を包んでいる。
「レイン!」
聞き覚えのある声が
飛んできた。
エリナだった。
「どうして……
来たんですか!」
彼女は
息を切らし、
二人の前に
立ちはだかる。
「命令違反です!」
「分かっている」
「分かっているなら!」
エリナの声が
震えた。
「どうして、
私の場所を
奪うんですか!」
レインは
言葉を失った。
「私は、
ここで働いてきました」
「助けられない命を、
何度も
見送ってきた」
彼女の手が
震える。
「それでも、
残ったんです」
「強い人が
全部やってしまったら、
私には
何が残るんですか!」
それは、
拒絶だった。
助けを。
強さを。
そして、
彼自身を。
「……エリナ」
名を呼ぶと、
彼女は
一歩下がった。
「来ないで」
涙が、
頬を伝う。
「私は、
守られる存在じゃ
ない」
「守られてしまったら、
私は――
また、
何もできなかった
人間になる」
セリナが
静かに口を開く。
「それでも、
死んでいい理由には
ならないわ」
「分かっています!」
エリナは
叫んだ。
「でも……
怖いんです」
「強さに、
縋ってしまう
自分が」
その時、
地面が揺れた。
魔物の先頭が、
森を抜ける。
巨大な影。
「来るぞ」
レインが
前に出る。
だが、
エリナは
彼の腕を掴んだ。
「……条件があります」
「何だ」
「一人で
全部倒さないで」
彼女は
涙を拭い、
必死に
言葉を選ぶ。
「私に、
役割をください」
「失敗してもいい」
「それでも、
ここに
立たせてください」
レインは
初めて、
即答しなかった。
第四章の夜。
守れなかった記憶。
そして今、
守りすぎることで
壊れそうな少女。
「……分かった」
短い言葉だった。
だが、
それは
彼にとって
大きな譲歩だった。
エリナは
小さく頷き、
薬袋を開く。
「じゃあ、
私は
後方支援を」
「解毒と、
止血」
震える声。
それでも、
逃げなかった。
セリナが
二人を見て、
静かに笑う。
「やっとね」
「三人で、
同じ場所に
立ったのは」
魔物の咆哮が
空を裂く。
レインは
剣を抜いた。
だが、
踏み出す前に、
一瞬だけ
振り返る。
そこにいるのは、
守るべき“弱者”ではなく、
共に戦う
“仲間”だった。
最強は、
初めて
強さを
抑えることを
選んだ。
それが、
どれほど
危険な選択かを
知りながら。




