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第三章 ヒロインは、最強を恐れなかった


 王都南区の市場は、

 昼を過ぎても

 活気が衰えなかった。


 果物の甘い匂いと、

 焼き立てのパンの香りが

 通りに混じる。


 レインは

 その中央で立ち尽くしていた。


「……人が多い」


「ええ。

 だから訓練になるの」


 セリナは

 何事もないように言う。


「あなた、

 周囲を見なさい」


 言われて視線を動かす。


 笑う子ども。

 値切る商人。

 疲れた顔の労働者。


 だが――

 どれをどう扱えばいいか、

 分からない。


「分からない顔ね」


「分からない」


 正直に答えると、

 セリナは小さくため息をついた。


「いいわ。

 じゃあ、

 実地で学びましょう」


 彼女は露店の一つへ

 足を向ける。


 その時だった。


「……あっ」


 誰かの

 小さな声がした。


 次の瞬間、

 レインの足元に

 籠が転がる。


 中から

 薬草が散らばった。


「ご、ごめんなさい!」


 慌ててしゃがみ込んだ

 少女がいた。


 栗色の髪を

 無造作に束ね、

 質素な服を着ている。


 年は

 セリナと同じか、

 少し下だろう。


「大丈夫か」


 レインは

 反射的に声をかけた。


 それだけだった。


 だが――

 少女は驚いたように

 目を見開いた。


「……怖く、

 ないんですね」


「?」


「みんな、

 あなたを見ると

 避けるから」


 レインは

 言葉に詰まった。


 セリナが

 横から口を挟む。


「あなた、

 この人が誰か

 知ってる?」


 少女は首を振る。


「知りません。

 でも……

 強い人だって、

 分かります」


 それは

 直感だった。


 恐れよりも先に、

 理解があった。


「名前は?」


「エリナです」


 少女は

 そう名乗ってから、

 はっとした。


「ごめんなさい、

 急いでいて……

 薬師ギルドに

 届けないと」


「待ちなさい」


 セリナが

 呼び止める。


「レイン」


「何だ」


「今よ」


「?」


「今が、

 訓練の成果を

 見せる時」


 レインは

 散らばった薬草を

 一つずつ拾い上げる。


 丁寧に。

 壊さぬように。


 籠に戻し、

 少女に差し出した。


「手伝った。

 ……役に立ったか」


 不器用な言葉。


 だが――


「はい!」


 エリナは

 満面の笑みを浮かべた。


「ありがとうございます!」


 その笑顔を見て、

 レインは

 胸の奥が

 わずかに温かくなるのを

 感じた。


 理由は、

 分からない。


 だが、

 嫌ではなかった。


 セリナは

 その様子を見て、

 静かに確信する。


(――この子が、

 ヒロイン)


 最強を恐れず、

 人として見た少女。


 彼女の存在が、

 物語を

 大きく動かすことを、

 この時、

 誰もまだ知らなかった。


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