第一章 最強冒険者は、人として欠けていた
冒険者ギルド〈白鴉亭〉は、
今日も朝から人であふれていた。
依頼書が貼られた掲示板の前では、
新人たちが背伸びをしながら
高額報酬の紙切れを眺めている。
その喧騒の中央で、
一人の男だけが静かに立っていた。
名はレイン・フォルド。
王国公認、Sランク冒険者。
討伐成功率は百パーセント。
単独行動、負傷歴なし。
だが――
彼の周囲には、
誰一人として立っていなかった。
まるで、
そこだけ空気が薄いかのように。
案内嬢のミレアは、
カウンター越しにその光景を見て、
小さく息を吐いた。
「……また、誰とも組まないんですね」
声をかけられ、
レインはゆっくり顔を上げた。
「ああ。必要ない」
それだけ言って、
依頼書を一枚、指で示す。
――災厄級魔獣〈灰角竜〉討伐。
国境地帯を焼き払った、
推定被害額は街一つ分。
新人が見れば震え上がる内容だが、
レインの表情は変わらない。
「……単独、ですか?」
「問題ない」
感情の起伏がない声。
それが彼の常だった。
ミレアは書類を処理しながら、
心の中で呟く。
(強すぎるのよ、この人は)
強さは、人を孤立させる。
それを体現した存在が、
レイン・フォルドだった。
――その日の午後。
ギルドの応接室に、
場違いなほど気品ある少女が現れた。
淡い金髪を背に流し、
深紅のドレスをまとった貴族令嬢。
名は、セリナ・アルヴェイン。
王都でも悪名高い、
「悪役令嬢」と囁かれる少女だった。
「……あなたが、
Sランク冒険者のレイン?」
彼女は、
まっすぐに彼を見つめる。
「そうだ」
「単刀直入に言うわ」
セリナは一歩、
彼との距離を詰めた。
「私を、護衛しなさい」
レインは首をかしげる。
「理由は?」
「私が――
近い未来で、
破滅するからよ」
冗談めいた言葉。
だが彼女の目は、
恐ろしいほど真剣だった。
「私は悪役令嬢。
このままでは、
すべてを失う」
そして、
彼女は続ける。
「だからあなたを、
“人として完成させる”必要があるの」
レインは沈黙した。
理解できない言葉だった。
だが――
彼女の声だけが、
妙に胸に残った。
それが、
最強冒険者の人生が
狂い始めた瞬間だった。




