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地上へ戻る階段を抜けると、迷宮特有の湿った空気がようやく薄れ、山間の陽の光を含んだ風が肺に入り込んだ。ほんの少し冷たいが、それが心地よい。アシェルも同じように深く息を吐き、肩の力を抜いたように見えた。
「戻ったね。……さて、報告に行こうか」
ギルドの扉を押して中に入れば、受付前には数名の冒険者が談笑している。視線の端で私たちを見る者もいたが、皆、特に気に留める様子はない。
「おかえり、メル。あんたたち、思ったより早かったじゃないの」
赤毛をまとめた妙齢の女性――リズが、カウンター越しにこちらへ視線を向けた。手元で受付を終えた用紙を束ねているところだ。
「第一層の地図確認、終わったのね?」
「うん。あとで詳しく報告書は出すけど……ちょっと問題があって」
「あら、珍しい。何があったってのさ」
「第一層に隠し部屋があったの。転送罠で飛ばされたアシェルを追って、偶然見つけたんだけど……ギルドの資料にも載ってないはず」
リズの手が止まる。
「……は?」
「だから、後で地図と状況を書いて提出するね。危険度は低いけど、宝箱もあったから他の冒険者が誤って開けないように対策が必要だと思う。罠の可能性が高いし」
リズはため息をひとつつき、アシェルへ視線を移した。
「で、あなたが噂の新人さんね。……無事でよかったよ、本当に」
「……ああ」
アシェルは短く返す。リズは「ああ、本当に口数が少ないのねぇ。カスティオが言ってた通りだわ」と小声で呟いた。それから依頼台帳を取り出して言う。
「わかったわ。二人ともお疲れ様。報告書は今すぐに……とは言わないけど、今日中に提出してね。迷宮に新しい部屋が出来たなら上層部にも共有する必要があるから、なるべく詳しくお願い」
「了解」
「わかった」
並んでカウンターを離れると、外から鐘の音が聞こえた。昼食の準備が始まる合図だ。
「……お腹、減ってきたね」
「そうだな」
アシェルが淡々と返す。だが、ほんのわずかに声が柔らかかった気がして、私は思わず笑ってしまった。
「じゃあ、報告書を書く前に食べに行こうか。《澄炎亭》の燻製盛り合わせ、食べたことある?」
「ない」
その一言に少し胸が和む。
「美味しいよ。奢ってあげる」
「そうか。馳走になる」
王都でもうまくやっていたのだろう。言葉少なにしても、周囲を観察し、距離感を大事にしていたのがこの一日でよくわかった。
「一つ言っておく」
アシェルが歩みをゆるめ、妙に神妙な顔でこちらを見る。
「何?」
「……俺は、よく食べる方だ」
その真顔があまりに真剣で、思わず笑いが込み上げた。肩の力が抜けていく。
「いいよ。好きなだけ食べな」
「冗談だ。常識はわきまえているつもりだ」
「後で全部カスティオに請求するから」
「そうか、それなら遠慮しない」
その瞬間、アシェルの表情が緩んだ気がした。気のせいかと思ったが、よく見ると口元がわずかに柔らかくなっている。
(……そんな顔もできるんだ)
胸の奥で小さな驚きと、ささやかな温かさが灯る。方向音痴の新人を押し付けられて、転送罠に隠し部屋の発見。仕事としては散々なはじまりだったけれど。
こうして肩を並べて歩く時間は、不思議と悪くない。




