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アシェルの転送先に関する情報を得るため、周囲に並ぶ制御符を一つずつ読み解いていく。
転送罠の“本性”を決めるのは、中央ではなくむしろこちらだ。目線を符の輪郭すれすれでなぞり、記述された内容を確認する。転送先の高低差、距離、方角。そのすべてが、今この周囲の制御符の中に整然と、私を試すように潜んでいるのだ。
まずは高低差の判定から入る。転送罠の制御符には、通常“段差”を示す装飾線が組み込まれているはずだ。目を凝らし、線の流れと刻みの深さを慎重に追っていく――が、どこにもその記号が見当たらない。斜め線の欠片すらない。私は小さく息を吐く。つまり、これは上下方向への転送をそもそも想定していない罠だ。転送先は第一層内で完結する。高低差のある転送は、捜索する範囲が大きくなるため厄介だ。それが完全に除外できたのは大きい。上下の危険を切り捨てられたことで、分析の優先度も変わる。これで罠の挙動を追うために必要な変数がひとつ減った。たったそれだけのことだが、大きな前進だ。自然と、強張っていた肩の力が少しだけ抜けた。
次に、転送距離の推定に移る。距離を規定する制御符は、中央の転送式から外周に向けて濃淡の帯のように配置されているはずだ。私は刻印の並びを追い、密度の変化と線刻の深さを指先で慎重に確かめていく。
まず目についたのは、異様な密度の高さだった。符同士の間隔が極端に狭い。通常、広範囲へ飛ばす罠ほど符を広域に散らし、魔力の波を遠くまで伝えられるよう設計されている。しかし、この罠は違う。情報を詰め込みすぎていると言ってもいいほど、ぎっしりと制御符が重ねられている。
さらに外周へ視線を移すと、密度が突然ぷつりと途切れている。緩やかに薄くなるのではなく、断ち切るように終端している――これは近距離特化の罠がよく持つ特徴だ。魔力の伸びを意図的に押さえ込み、一定距離以上には飛ばないよう制限している設計である。
この構造から推測されるのは一つ。飛ばされるとしても、ごく近距離――せいぜい迷宮内の、小部屋一つか二つ分までだろう。遠隔転送型の危険性はほぼ無い。限定された区画内で完結するタイプだ。
距離の見当がついたことで、探索すべき範囲が一気に絞られる。こうして変数をひとつずつ潰していく作業こそ、斥候の腕の見せ所だ。
そして最大の難問――方角の解析に取りかかる。
距離や高低差と違い、方角を示す符は刻みの向きそのものが情報になる。単純だがわずかな違いが読み違えにつながる。実際、目の前の制御符群も相当やっかいだった。符の線刻は、通常なら中心から外周へ伸びる放射状の配置をとるのに、これはどこか意図的に乱されている。線がほんの僅かにねじれ、角度も微妙にブレている。まるで「読めるものなら読んでみろ」と嘲笑うような配置だ。
乱れた方向性を拾い上げるため、私は符の角度を一つずつ計測し照らし合わせる。こうした符は、無秩序に見えても必ずどこかに"癖"を残すものだ。迷宮の罠に制作者がいるのか不明だが、そのわずかな癖が突破口になる。繰り返し見比べるうちに、ある一方向へ微細な偏りが集中しているのに気づいた。線刻の端が、ごくわずか、髪の毛ほどの角度で同じ方へ流れている。
――曖昧ではあるが、確かにある一方を指している。完全な確証には足りないが、少なくとも転送先の方角は絞れた。
手元の紙に筆を走らせながら情報を整理する。高低差はなし。距離はごく近距離に限定。方角は曖昧ながら、微細な偏りが示す方向が一つ。
迷宮の構造は移り変わる。それでも低階層に限っていえば、通路こそ蛇のように姿を変えても、部屋の配置だけはほぼ固定されている――それが長年の経験則だった。
もっとも、今目の前に現れたのは低階層らしからぬ罠だ。こうなると従来の法則を信用していいのか迷うところだが、異常がいくつも連続することはまずない。滅多に起こらない事象が、立て続けに起こる確率はさらに低い。
ならば基本に戻って考えるべきだ。迷宮が大枠を裏切らない限り、この層の部屋の位置関係は大きく外れないはず。そう判断して動くのが、今は最も合理的だろう。
私は携行していた地図を広げ、現在位置と未踏破の区画を重ね合わせる。候補はそう多くない。
ーー北東の小部屋
符の偏りから導き出した方向と、距離制限を反映させると、その一点だけが条件に合致した。地図に指を置くと、そこは迷宮に存在する行き止まりの空洞になっている。出入り口は一つだけ。転送先としては扱いやすく、閉じ込めにも適している。
アシェルが飛ばされるとしたら、あの部屋しかない。向かうべき場所が定まった。
私は罠の周囲に、後から来る冒険者のための目印を素早く書き込む。簡単な警告符号と、罠発動の痕跡。最低限でもこれだけあれば誰かの命が助かる。
「よし」
地図を畳み、私は足を踏み出した。
迷子番が、迷子を迎えに行ってやろうじゃないか。




