初めての眷属の作り方
魔王としてこの世に今一度生まれ落ちた少年、サバト・ゲルニカは森を抜け、ある場所へと向かっていた。
「そろそろか...」
気づけばそこは魔の森、帝都シャマシュから離れた禁足地ラプラス樹海だった。
「まずは眷属がいる。俺に服従し、必ず敵を殺せる、強い眷属が」
すると森の中から叫びが届く。木々は押し倒れ、地面は大きく揺れ、緑の世界を炎が焼き尽くしながらこちらに向かう。
「イーヴィルドラゴンか...」
血走った赤眼に、夥しい鋭い歯。角は歪に曲がり、息は空気を焦がすほどに熱い。獲物見つけた龍は大きくその赤熱した口を開けてこちらへと火の玉を咆哮する。
「ちょうどいい、試させてもらおうか?俺の力を」
右手を上向けにすると、魔力が稲妻を発生させ、赤黒に光り出す。龍の放った豪炎は刻一刻と迫り来るが、そんな事はこの魔術の前では意味をなさない。
「新しく手に入れた天与だ。光栄に思え、俺の実験台になる事を」
右手の雷鳴を解き放つ。瞬間、魔力に触れた炎は一瞬にして消え、その先の龍の頭部は血となって消えた。
「俺の天与、絶対憤怒。魔力と魔術に絶対破壊の力を付与する魔王化して手に入れた力。発動するのにタメがいるのと、効果範囲を算出しないといけないのがネックだな」
龍の死体を踏み躙り、森の最深部へと向かう。今回の目的はそこにいる二つの種族にあるのだ。
「エルフとドワーフ。いずれも人間からの迫害を受けてここまで逃げ込んだ者たち…」
魔術戦に特化したエルフと、ものづくりの得意なドワーフ、是非とも眷属にしたいものだ。彼らがいれば、戦術の幅は大いに広がる。
「ここだな」
そこには大きな門が一つ。ドワーフとエルフは協力関係にあり、それゆえに、ドワーフの持つ技術力とエルフの魔術付与による鉄壁の牙城を作り上げている。しかし、魔王化した俺の魔術の前では...
「ただの鉄屑と変わりない」
雷が門を灰に変え、鉄壁の城塞、その鉄壁は完全に砕かれた。すると、エルフの女騎士たちがすぐさま現れ、こちらに魔術を放ってくる。
「ついに来たな!魔王!」
「我々はこの時を想定し、訓練を続けてきたのだ!」
火炎弾、暴風、水の砲弾、雷の槍、瓦礫の雨。全て上級レベルまで鍛え上げられたその一撃を見て、俺は確信した。
「これなら、奴らを皆殺しにできる」
手をかざす事なく、術式を地面に展開すると、そこから黒い雷が現れ、全ての術を食い散らかした。
「七輪展開・黒鐘・」
渾身の術をいとも簡単に無力化されたショックでか、エルフたちは平伏した。最早戦う意志は全くない、故にここは目に見えて王が住んでいるであろう城へと殴り込みに行く。すると、どこからかナイフを持ったエルフの少女が俺の前に立ちはだかる。まだ年が若い、8歳ほどの少女はナイフで切り掛かってきた。
「戦意をなくさずにこの俺に挑みにくるか...いい女だな」
「!?」
優しく抱き込むと、そこから眠りの魔術をかけてやる。ボロボロの服を着ている彼女を優しくその場で寝かせた。城の中に入ると、いかにも女王という女が俺を出迎えてきた。
「貴方が最後の魔王、憤怒ですか...私はエルフ族長、リリーシアと申します」
「最後?あぁ、六大魔王の敬称...七つの大罪から来る二つ名の事か?まぁそうなるのかな?」
「貴方の目的によっては我々は貴方に従ってもいいと考えています」
「姉御!そんな話はねぇぜ!最悪、俺たちドワーフが時間を稼ぐからエルフたちを連れて逃げて...」
「それでは何の解決にもなりません。貴方も我々も生き残るのが、最高の結果なのです。そのためなら、私は手段も問わない」
「姉御...」
コイツらをこのまま従えても、エルフは大丈夫として、コイツらドワーフは俺のいう事に反発し思う様に動かないだろう。ならば、元々用意しておいた策を使わずを得ない。
「俺は元々人間、サバト・ゲルニカだ」
「「!?」」
「サバト!?」
「あの人間のくせに異種族の為に単独で問題解決に飛び出していたあの大魔術師か!」
こいつらにとって俺の存在は、人間で唯一信頼できる魔術師という認識らしい。困っていた異種族を助ける過程でここまでなが広がっていたとは、俺としても驚きだが、ここは有効に使わせてもらう。
「しかし、俺はその人間たちに裏切られ、大切な妹を、故郷を失い、信じた恩師には命を狙われている」
それは包み隠さずにいう事、嘘を見抜くことのできるエルフの心眼の前ではどんな譫言も意味をなさない。ならば、俺の実際にあった出来事と、この怒りを奴らに曝け出せばいい。元は人間に迫害された種族、そうすれば簡単に
「俺は人間たちを皆殺しにするために、君たちを眷属にしにきたんだ。共に奴らを滅ぼす同志として...」
墜ちる。
「そうですか、それが貴方のその"憎悪"の根源ですか」
「境遇は俺たちに似通ってたんだな」
「頼む、俺と共に奴らを滅ぼしてほしい!」
俺の差し出した手に、彼女達はその手を震わせながら握りしめた。こうして、魔王と二種族間に二つの契約が結ばれた。一つめは人類の滅亡までの眷属関係。二つめはその間、二つめは統治権を全て俺に譲る事。今ここに許諾され、一つの魔王軍が作り上げられた。
「ところでサバト様」
「なんだ?リリーシア」
「差し出がましいのですが、側近を使った方がよろしいかと...」
「側近?」
何かと思えば側近とは。今の俺には必要ないし、特に一人で十分と思うが。
「魔王になった以上、自分を守ることのできる騎士を一人作る事が定石となっております。エルフの中でも戦闘能力の高いものを勝手ながら選出させていただきました。差し支えなければ、どうぞご自由に選んでください」
「ほう...」
騎士と言ってもただの肉壁だ。守ることに全特化した代替えのきく消耗品。適当に選んで...
「早く動けよ!ノロマ!」
「アンタなんかが、エルフの戦士になるなんて一生無理なんだから!この出来損ない!」
「?」
ふと目をやると他のエルフの子供にいじめられる一人の少女の姿があった。その少女は勇敢にも俺に立ち向かってきたあのボロボロの少女。力も弱い、まだか弱いその少女に何故か惹かれた様に俺は彼女の元に歩み寄った。
「おい」
いじめていた子供達は逃げ去り、残ったのはその少女のみ。虚に掠れた瞳をこちらに向け、少女は今にも死にそうな顔でこちらを見やる。
「君を気に入った。俺と共に来ないか?」
「!?わ...私なんかで...いいのですか?」
細い手を取ると、包み込む様に両手を重ねてやる。少女は驚いた様で、あたふたと周りを見回す。その仕草が、いなくなった妹の様で、愛おしい。
「君は俺に立ち向かってきた一人の勇敢な戦士だ。そんな君だからこそ、俺は君を側におきたいんだよ。ダメかな?」
「...お願いします!私を...私を連れて行ってください!」
涙ぐむ少女。その涙に呼応するように少女の体が光だし、少女だった彼女の体は徐々に成人の体へと成長して行った。
「進化ですか、まさか魔王様の側近になることで種族の段階が上がるとは」
エルフからデビルエルフに。魔力と魔術性能が格段に上がり、近接戦闘がさらに強化された。彼女は膝をつけると、忠誠を誓う様に俺の手の甲に唇を落とした。
「名は?」
「ありません。生まれてから名前をもらったことなど...」
「なら、これからはファムと名乗れ。魔王の側近として働いてもらうぞ、ファム」
「!!」
少女の目に光が差し込み出す。虚に霞んでいたその瞳は、一段と綺麗に輝き出した。
「...はい!!」
こうして俺は眷属と側近を手に入れたのだ。
一方その頃、ある魔空間内で、魔王達は一同に会していた。
「ついに揃ったのね...魔王が」
「最後の魔王は憤怒か...最悪にして最強がここに来て...」
「めんどくさい...ことになりそー」
「俺に利を与えてくれる奴だといいなぁ」
「憎い憎い憎い憎い!!また増えたまた増えたまた増えたぁぁぁ!!」
「我様達も本格的に動くとするか...」
全員が玉座から腰を上げると、その瞳には新生魔王の姿が映っていた。
「歓迎しよう、魔王ベリアル」