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クロシオンが見える丘で

 2394年、地球は氷に包まれ、ほとんどの人類は地下のシェルターに避難して生活していた。しかし、17歳の少年ユーリ・カイザスは凍りついた大地の上で、たった一人暮らしていた。地平線は360度見渡せて、何も遮るものがない。そんな何もない凍った大地で、ユーリはテントを張り、太陽が昇って沈むまでの間、ひたすら本を読む。太陽が沈んだ後は満点の星を眺める。そんな毎日を送っていた。

ユーリはいつものように夜の寒空の下、火を焚いて、シェルターから調達しておいたコーヒーを飲む。コーヒーを飲み込み、息を吐くと、視界が真っ白になり星空が霞んだ。そのとき、流れ星が視界を横切った。はっ、としたその瞬間、強い風が吹いた。焚火台が倒れ、火が消えてしまった。氷の大地は瞬く間に真っ暗闇に包まれ、星だけが輝いている。

「しまった。真っ暗で何も見えない。」

ユーリはライトを探したが、なかなか見つからない。地面にしゃがみ込み寒さに耐えながら、ライトを探していると、突然、正面から強い光が射しこんできた。ユーリは眩しくて反射的に腕で目を覆った。

「だ、大丈夫ですか?」

女性の声が聞こえ、ユーリは目を細めながら光の方を見た。すると女性が見たことのないバングルのようなライトをユーリに向けて立っていた。眩しくて女性の顔はよく見えない。

「火が消えて何も見えなくて困っていたんです。あ、よかった、ライト見つかりました。」

ユーリは地面に転がっていたライトを拾った。

「おかげで助かりました。ありがとうございます。」

「いえ、そうじゃなくて、どうしてこんなところに居るんですか?もうほとんどの人は地下のシェルターに避難しているはずでしょう?ここにいたら凍えて死んでしまいます!早く避難を!」

「僕は大丈夫なので。」

ユーリは焚火台を直して火をつけた。女性の顔が薄っすらと浮かび上がった。目が大きく鼻が小さい。ウェーブがかかったショートヘアで髪の色は雪のように真っ白だった。幼く見えるが、口調はとても大人っぽく、自分より年上なのかなとユーリは感じた。

「大丈夫なわけないでしょう⁉テントを張ってるってことは、まさかここで寝泊まりしているの?」

「はい。」

「はぁ、呆れた。死にたいんですか?」

そう言う女性は厚手のマウンテンパーカーにパンツ姿でブーツを履いて、手袋もしっかりとして防寒は完璧だが、荷物という荷物は持っていなかった。他に彼女が身に付けているものと言えば、手首につけたライトくらいだ。

「僕はここを離れられません。あなたこそ、何の準備もせず、こんなところに居ては危ないです。早くシェルターに戻ってください。」

「私のことは気にしないで……離れられないってどういうこと?」

ユーリは焚火に薪を足しながら答えた。

「ある人との約束があるんです。」

「約束?」

「はい……。」

そう答えるユーリの横顔は炎に照らされていた。ティファにはその横顔がとても悲しそうに見えて、何も言えなくなった。

「それに、星空の見えない温かく快適なシェルターより、星空の見える凍え死にそうな地上の方が僕は好きなんです。」

ユーリは夜空を見上げる。ティファもつられて夜空を見上げた。濃紺色の空に、まるで宝石を散りばめたように星たちは輝いていた。この頑固な少年を説得するはずだったのに、自分の方が彼の言葉に妙に納得してしまっていることにティファは気付いた。

「きっと、しばらくしたらまた地上で暮らせるようになります。今は一時的に避難しているだけ。」

ティファは言葉を返すことができなかった。ティファは分かっていた。地球はもう手遅れだということ、未来は既に決まっているということを。ユーリはテントから椅子を出した。

「良かったら、座ってください。今日は新月だからいつもより星が良く見えます。北斗七星やこぐま座もほら。僕、シリウスが一番好きなんです。」

ティファは黙って椅子に座った。

「たまにオーロラも見えるんですよ。地下のシェルターじゃ地球の美しさは分からない。まだ地球は頑張っています。あ、コーヒー飲みますか?それとも紅茶にしますか?」

「水をもらえますか?」

「水ですか?温めます?」

「いいえ、そのままで。」

「冷たいですよ?」

「はい。」

ティファはユーリから水を受け取ると、焚火にかけて火を消した。

「えっ!せっかくつけたのに何で消すんですか?」

「今日は2394年の7月24日で合ってる?」

「はい、そうですけど……。」

ユーリはとても不思議な顔をしている。ティファはいたずらっぽく微笑みながら時計に目をやり、数を数える。

「5,4,3,2,1……」

ティファが時計から夜空に視線を移す。ユーリも同じように、空を見上げた。すると、ティファのカウントダウンが合図のように、大量の流れ星が現れた。今までに見たことのない数の流星。それはまるで優しい雨のように降り注いでいた。

「す、すごい……こんなにたくさんの流れ星、初めて見ました。」

ユーリは隣のティファを見た。

「あ、あなたは一体……。」

ティファは空を見上げ、少し悲しそうな顔をして言った。

「綺麗ですね。地球から見る夜空は。」

「え?」

「私が生まれた土地では星を見ることができない。昔は見えたそうだけど、長年の排出ガスの影響で、空気が汚れ、星の光が届かなくなった。」

「そうなんですか……。」

「幼い頃、母に連れられて、星空を見に行ったの。そのとき初めて星という存在を知った。真っ暗な夜空に瞬く星を見て子供ながらにとても感動したの。こんな綺麗なものが過去にはあったんだって。だけど、私たちは失くしてしまった。こんなにも美しい夜空を。星空は遺跡や化石のように未来に受け継ぐことはできない。だけど私は残したい。こんな綺麗な夜空があったんだって。未来に……。」

ユーリは黙ってティファを見つめていた。

「午後9時13分。ペルセウス座流星雨、観測完了。」

「あの!あなたは……」

ユーリの言葉を遮るように、突然の吹雪が二人を襲った。

「それじゃあ、そろそろ行かないと。あなたは早く避難しなさい。」

ティファはそう言うと、椅子から立ち上がり、静かに歩き出した。

「ちょっと待ってください!あなたは?あなたの名前は?」

ユーリも立ち上がり叫んだ。ティファは振り返り、「ティファ」と名乗った。吹雪はどんどん強まり、視界が悪くなった。

「僕は、ユーリ!ユーリ・カイザス!あなたに伝言があります!」

ティファの姿が雪でどんどん薄れていく。

「必ず伝えてと言われました!お願いします!あの人を助けて下さい!」

「湖の畔で待ってる‼」

ティファの姿は見えなくなった。


 ティファは星の歴史を調査する星歴調査員として300年後の未来からやってきた。未来の地球は汚染ガスに覆われ、澄んだ青空も満点の星空も見ることはできなくなった。地球の環境とは裏腹に科学技術は瞬く間に進歩して、人類は遂にタイムトラベルを可能にした。そんな時代に生まれたティファは、幼い頃、母親と訪れた過去の地球の星空を見て、星歴調査員になることを決めた。星空というものを後世に伝えるために。いつか再び地球に星の光が届くように。

 ティファは予定通り2384年の十二月十四日にやってきた。時刻は午後7時。二つの月が頭上に見える。平らな地面が広がり雪で一面真っ白。遠くの方には険しい山々が連なっている。

「この時代いい、さっきの時代といい、地球の第二氷河期は本当に寒いわ。それにしても、さっきの彼が言っていたことは何だったのかしら。」

ティファは白い息を吐いた。

「人違いよね。未来から来た私に誰かが伝言なんてあるわけないわ。」

ティファは時間を確認する。

「午後7時3分、クロシオンが出現するまであと30分ね。とても楽しみ。今まで映像でしか見たことなかったクロシオンがこの目で見られるなんて……。」

星歴調査員になると決めたティファは大学で天文学を専攻した。どの講義もティファは興味津々に聞き入った。同期の男友達に天文オタク、ガリ勉、キモイと言われながらも、ティファはその姿勢を卒業まで貫いた。どの講義も面白い内容だったが、その中でも過去に起こった天文現象の原理を学ぶ講義がティファは一番好きだった。ある日の天文現象の講義で教授がある天体の映像を見せてくれた。その天体は「クロシオン」という名前の恒星だった。クロシオンは何もない夜空から突然強い光を放つ恒星で、他の恒星とは異なり、ほとんど観測することができない。これまでの歴史上6回しか観測された記録がなく、その光の強さから、最初は恒星が起こす大爆発「超新星爆発」だと思われていた。しかし、近年の研究で一つの天体であることが分かった。

「さてさて、観測する場所を決めないと。」

手首につけたデバイスを起動させ、地図を空中に投影した。

「えっと、クロシオンが出現するのは北の空、北斗七星の左上辺りね。」

北へ振り返るとそこには高い丘がそびえていた。

「あんなところに丘が……。ここからじゃ観測できないわ。あの丘を登るしかないか。」

もう一度地図を確認すると、近くに湖があることに気が付いた。ティファの脳裏にユーリの悲しげな横顔が蘇った。ある人との約束を守るために、あんなところでたった一人、ずっと誰かを待っているなんて正気じゃない。そう思ってはいても、やっぱり彼の言ったことが気になってしまった。

「湖の畔で待ってる……。」

ティファは湖がある方向へ歩き出した。

 湖に辿り着いたティファは湖を覗き込んでいた。水は凍っていた。

「何をしているんだろう。私は……。」

時計を確認する。

「早く丘の上へ行かないと。」

「お姉さんも流星群を見に来たの?」

突然、背後から声をかけられた。振り返ると、小さな男の子がティファを見上げていた。そうか、今日はクロシオンだけでなく、ふたご座流星群も極大になる日だ。そして、もう一つここで何が起きるかティファは分かっていた。

「……ええ、そうよ。君も?」

「うん!僕、星が大好きなんだ。」

男の子は寒さのせいか鼻の先を真っ赤にして、笑いながらそう言った。ティファは上手く笑顔を作ることができなかった。

「そう……。」

ティファは男の子の目線に合わせて、しゃがんだ。

「私も大好き。」

無理やり作った笑顔を男の子に向ける。

「僕ね、シリウスが一番好きなんだ。父さんと母さんが教えてくれた最初の星だから。」

「お姉さんは?何の星が一番好き?」

「私はクロシオンが一番好き。」

「クロシオン?」

「うん。淡い緑色の光を放つ星でね、とても不思議な星なの。」

「ユーリ!」

遠くで男の子を呼ぶ声が聞こえた。

ティファは声がする方へ振り返る。

「お母さんが呼んでる。お姉さん、ばいばい!」

ユーリは駆け出し、両親のところへ戻っていった。

「ユーリ……?」

ティファはユーリの後ろ姿を見送った後、過去の記録を確認した。

『2384年12月14日、アゼル湖にて、7時33分、恒星クロシオンの出現。それとほぼ同時に、震度6強の地震を観測。その17分後、ふたご座流星群極大に達する。地震直後に雪崩が発生し、その日、天体観測にやってきていた家族が雪崩に巻き込まれたという。父親と母親は雪崩に巻き込まれ、いまだに行方不明。当時7歳の息子だけが救助された。』


時空移動規約第一項:『未来を変える目的で、過去の事象に干渉してはならない。』


ティファはその場に立ちすくんでいた。

「あの子があの少年?」

彼のあの悲しげな表情の理由が分かった気がした。今日、ユーリの両親が死ぬ。でも、自分にはどうすることもできない。たとえこれから起こることが分かっていたとしても、過去には干渉してはならない。これは時空移動をする上で必ず守らなければならないこと。

「仕方ないことよ。もう未来は決まっている。」

ティファは自分に言い聞かせるように、そう呟いた。

「それに私にはこれから大事な仕事があるんだから。クロシオンの観測に行かないと。」

ティファは丘へ向かって歩き出した。

 丘の頂上に近づくにつれて、地面の雪の量も多くなってきた。北斗七星が見えてきたことに気付いたティファは、雪に足を取られて転んでしまった。転んだ体制から仰向けになり星空を眺めた。ふと、星が好きだと言ったあの少年の笑顔を思い出した。

「あの子、大丈夫かしら。あそこに居たら彼も雪崩に……。」

嫌な考えが浮かんでティファは飛び起きた。

「いや大丈夫よ。だって私は未来の彼に会ってる。彼は死なないってことよ。それにしてもあんな素直な可愛い男の子があんな頑固に成長するなんてね。」

ティファは立ち上がって先へ進もうとした。しかし、すぐに足を止めた。

「でも、待って。私があの子と話をしたことで未来が変わったとしたら?」

そんなはずない。過去に干渉してはいけないと規則で決まっているものの、実際、過去に干渉して未来を変えようとしても最終的な結果はそう簡単に変わらないはず。過去を変えたとしても、その後に起こる出来事によって未来は自動修正される。

「だから、大丈夫……。」

その言葉とは裏腹に、ティファは男の子のもとへと走った。


 時空移動規約第二項:『時空移動システムを私利私欲のために使用してはならない。』


ティファは必死に走った。凍てついた空気を吸い込む度、肺が苦しくなった。

「ハァ……、ハァ……」

湖の側で夜空を見上げている親子三人の姿が見えた。ティファが叫ぼうとしたとき、背後が突然明るくなった。振り返ると丘の向こう側の空で何かが怪しい光を放っている。その光は淡い緑色と水色が混ざったような色で、ティファが昔見たクロシオンの映像とそっくりだったが、今のティファにとって、その光はただただ不気味なものに感じられた。

もうすぐ地震が来る。間に合わない。

「逃げて‼」

ティファは叫んだ。その声に反応したユーリは後ろを振り向き、丘の向こう側の光に気付いた。

「何……あれ?」

突然、地響きとともに、地面が激しく揺れた。ティファはその場に立っていられなくなり、倒れ込んだ。

「危ないっ‼」

父親の叫び声の後、近くで何かが倒れる音が聞こえた。そして、遠くから静かに何かが迫ってきている音がした。雪崩が来る。揺れが弱まったところでティファは立ち上がり、ユーリのもとへ走った。いつの間にかクロシオンの輝きは消えていた。

 ユーリの両親は倒れてきた大木の下敷きになっていた。二人はユーリを庇おうとして下敷きになったようだった。ユーリは放心状態で立ちすくんでいた。雪崩がすぐそこまで迫っていた。

「ユーリ!早く逃げて!」

ティファの声はユーリに届いていなかった。ユーリが立っている場所までまだ距離があった。ティファは全速力で走った。ユーリに手が届いた。ユーリの腕を掴み、逃げようとしたが、雪崩の幅が広すぎて間に合わない。ティファはとっさにユーリの小さな体を自分の身体で包み込んだ。物凄い速さで襲ってきた雪崩はティファの身体に激突した。その拍子にデバイスがティファの手首から外れた。雪崩は勢いを緩めずに二人を湖へ押し流した。凍っていた湖は地震の影響でひびが入っており、二人は湖の氷に叩きつけられ、それと同時に、冷たい湖の中へ沈んだ。雪崩の衝撃でティファは身体を上手く動かせなかった。でもユーリだけはこの冷たい水の中から出してあげたい。流星群を見せてあげたい。痛みと寒さに耐えながら、もがいた。運よく雪は湖を覆わなかったため、ティファは水面から顔を出すことができた。そして、最後の力を振り絞り、ユーリを岸まで運んだ。

「ユーリ!大丈夫?動ける?」

「……ゲホッ、う、うん……。」

ユーリは立ち上がった。ティファはもう動ける状態ではなかった。すると、また地面が大きく揺れ始めた。恐らく、また雪崩が来る。

「雪崩が来る!早く逃げてっ!」

「お姉さんも一緒に逃げようよ!」

ティファは何も言わずに微笑んだ。

ごめんね、私はもう動けない……。ティファは心の中でそう呟く。ユーリはなかなかティファから離れようとしない。このままじゃまた雪崩に巻き込まれる。

「じゃあ、お姉さんからのお願い聞いてくれる?」

「お願い?」

「そう。いつかここに、あなたと一緒に流星を見てくれる人が現れる。あなたが今までに見たことないくらい綺麗な流星雨を。その人に伝えて欲しいの。」

ユーリは泣きそうな顔になりながら、黙ってティファの話を聞いている。

「『湖の畔で待ってる。』。そう伝えて。その人は私の友達なの。必ず助けに来てくれるから、お姉さんは大丈夫。」

「で、でも」

「「早く行って!お願い必ず伝えて!約束ね!」

「う、うん!」

ユーリは泣くのを必死にこらえ、走り出した。ティファはその後ろ姿を見送った。雪崩が迫ってくる音が聞こえる。横向きになっていた身体をひねり、仰向けになった。視界に広がるのは、泣きたくなるほど美しい星空。ずっとあこがれ続けた星たちは、ティファが死のうが生きようが、そんなちっぽけな出来事には無関心。地球上で何が起ころうとも平気な顔で輝いている。

「なんてちっぽけな存在なんだろう……。」

雪崩がティファの身体を巻き込み、再び湖へ叩き込んだ。雪の塊は湖を覆い、ティファは湖に閉じ込められた。


【2394年7月31日】

ユーリは黙々と氷を掘っていた。すると見覚えのあるデバイスが現れた。ユーリは無言でそれを見つめ、涙を流す。デバイスのスイッチを押すとランプが光り、起動した。


【2394年7月24日 ティファとユーリの別れ際】

ユーリ:「必ず伝えてと言われました!お願いします!あの人を助けて下さい!」

ユーリ:「―――――――――っ‼」


【2384年の12月14日】

ティファは丘の上で北斗七星を眺めている。

「どういうことなのかしら。あの人を助けてって一体誰のことなの……?」

ティファは時計を見る。

「もう少しだ。」

立ち上がり、北の空を見つめる。

「5,4,3,2,1……」

何もなかったはずの真っ暗な空間から突如、その天体は現れた。まるで磨かれた翡翠のような淡い緑色の優しい光を放っている。ティファはその美しさにくぎ付けになった。

「あれが、クロシオン……。」

突然、ティファの脳裏にある映像が流れた。湖の畔に立っている自分。ユーリと呼ばれる男の子と自分が雪崩に巻き込まれている。そして、自分は湖に沈んで死んでしまう。鳥肌が立った。

「なに、これ……。」

地響きが聞こえ、地面が揺れ始めた。

「まさか……。」

ティファは湖へ向かって走った。雪崩が湖に向かっていく。

「ユーリ!」

ティファは叫んだ。

ティファが湖に辿り着いたときには、すでに水面が雪の塊で覆われていた。

ティファ:「ユーリ!どこ⁉」

湖に浮かんだ雪の塊を手でかき分け、びしょ濡れになりながらユーリを探した。水の冷たさで腕や脚の感覚が無くなっても探し続けた。

ユーリは冷たい水の中にいた。雪崩の衝撃で右腕の骨が折れており、自力で浮かび上がることができなかった。どんどん身体が沈んでいく。息が苦しい。水面が雪で覆われているせいか水の中は真っ暗。宇宙ってこんな感じなのかなとユーリは薄れゆく意識の中でなんとなく思った。寒い。苦しい。怖い……誰か……

水の中で目を閉じていたユーリだったが、少しだけ辺りが明るくなったのが分かった。ユーリはゆっくり目を開けた。誰かがユーリの腕を掴み、水面に引っ張り出した。

「ユーリ!」

知らない女の人が自分の名前を呼んでいた。

「大丈夫!?もう少し頑張って!」

ユーリは夜空を見上げた。星が輝いている。もう怖くない。

ティファはユーリを抱えて走った。近くにコテージがある。そこでユーリの身体を温めて救助を待てば……。ユーリの身体は冷え切って、肌が青白くなっていた。

「ユーリ。お願い、約束して。」

「いつかここに、あなたと一緒に流星を見てくれる人が現れる。あなたが今までに見たことないくらい綺麗な流星雨を。その人に伝えて!『湖の畔で待ってる』って!」


【2397年12月12日】

ユーリは北斗七星を眺めていた。ここにはもう丘も湖のない。地下移住計画の影響で地面の凹凸は綺麗に均されてしまった。あの頃の面影は一つもない。変わらないのは星空だけ。ユーリは立ち上がり、湖があった場所へ向かって歩き出した。

埋められた湖の上でしゃがみ込み、右手を地面に押し当てた。ユーリの右腕は義手になっていた。ティファと流星雨を見たあの日から3年が経っていた。ユーリはポケットからティファが持っていたデバイスを取り出して、じっと見つめた。こんなちっぽけな存在の自分が何かしたところで、未来は変えられないのかもしれない。この孤独な世界で毎晩夜空を見上げるたびに、自分の存在の小ささを思い知らされる。孤独に押しつぶされそうになっても、星たちは手を差し伸べてはくれない。ティファに湖から引き上げられたときもそうだった。自分もティファもびしょ濡れになって、凍えて死にそうになっているのを横目に星たちは他人事のように輝いていた。

「本当、冷たいよな。」

ユーリは夜空を見上げた。すると尾を引いた流星が流れた。

「『クロシオンが見える丘で待ってる。』。」

後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。そしてその言葉は3年前、自分がティファに伝えた言葉だった。振り返ると少し髪が伸びたティファが立っていた。

「ちゃんと約束守りなさいよ……。」

そう言うティファは、今にも泣きそうな顔をしていた。ユーリはそんなティファの顔を見て優しく笑った。

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