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4.一緒にお風呂に入ったりもしたよね。その時に言ったこと、覚えてる?

 真っ暗な部屋。埃だらけで、人の気配がしない廃墟。

 そこに場違いな人影。本を読みながら歩いているのは、フードを被った小さな少年。

「……ふむ、彼はダメ。彼女もダメ。となるとやはり……ふふふ、彼女頼りだよね」

 小さな声で笑う少年。その笑い声は、廃墟全体に静かに鳴り響く。

「若井カレン……彼女は僕の理想そのものだ。好きになってしまいそうだ」

 少年は、まるで恋する乙女のようにそう呟く。そして、勢いよく本を閉じて──

「あと少し、あと少しで終わる……!」

 そう叫んだ瞬間、彼の姿はその場から消えていた。



 若井カレンと吾妻ハルカが出会ってから、早くも一ヶ月が経とうとしていた。

 横並びに歩く二人はとても笑顔で、楽しげに会話をしている。

「ねーねーカレン。明後日の土曜はどうする? 何して遊ぶ?」

「えー……そうだなぁ」

 カレンはすっかり、ハルカに心を開いていた。

 申し訳なさそうに話していた一ヶ月前とは違い、素に近い感じでハルカと会話が出来ている。

 カレンはそれをなんとなく自覚していた。これが友達、親友なのかなと思いながら、ハルカと共に過ごしている。

「また二人っきりで遊ぶのか? 俺もたまには誘ってくりゃいいのにさ……」

 ふと、後ろから彼女たちに話しかける声。

「キロくん……」

 カレンが振り返る。そこにいたのは、彼女が名前を呼んだ男性。鳥区キロが立っていた。

「いや別に誘ってもいいんだけどさ……キロ、誘っても断ること多いじゃん?」

 ハルカも振り返り、キロを挑発するように言う。

「いや、ま、そうだけど……」

 それを聞いて、ニコッとするハルカ。そしてカレンに抱きつきながら──

「ほーら! だから最初から誘わないの! 私たち二人っきりでデートしようね!」

 と、言った。

 カレンはキロの怒りで爆発しそうな顔と、嬉しそうなハルカの顔を交互に見て──

「う、うん……」

 小さく頷いた。

「……もー、しょうがないなぁ。素直じゃないなあキロは」

 と、ハルカはカレンから離れ、キロの元へと向かう。

 そして、持っていたノートで腹部をペシペシ叩きながら言う。

「そんな悲しい顔しないの! 今度キロが暇な時に三人で遊ぼ!」

 ハルカが笑顔で言うと、キロはそんな彼女を驚いた顔をしながら見て──

「……お前。急にどうした?」

 と、つぶやいた。

 バカにされた。そう感じたハルカは笑顔から一転、頬を膨らませながら怒ったような顔になる。

「たまに優しくしたらその反応か……! ったく、行こっ! カレン!」

「えと、じゃあまた後でねキロくん……!」

 ハルカはわざとらしく、大きく足音を立てながらカレンの手を引っ張る。

 それに無抵抗で引かれていくカレンは、キロに手を振りながら別れを告げた。

「また後でって……僕も同じ教室行くんだけど」

 キロは呆れたように、ため息をついた。



 放課後、カレンは珍しく一人で下校していた。

 ここ一ヶ月、毎日ハルカと帰っていたので、カレンは寂しい気持ちで帰り道を歩く。

(全く……ハルカったら。宿題くらいちゃんとやればいいのに)

 補習から逃げようとして、担任の森先生に捕まったハルカの姿を思い出しながらカレンはため息をついた。

 辺りを見回しながら、カレンは歩き続ける。

 何も考えることがなく、暇つぶしもできず。カレンはボーっと、ボーっと歩き続けた。

 ひたすら歩き続ける。何も考えずに、歩き続ける。

「よっ、カレン。ハルカはどーした?」

 と、カレンに後ろから話しかけてくる声。

 少し前までは苗字で呼んでいたのに、今は名前で呼んでくるその声。聞き覚えのある声。

 カレンは声の主に気付き、彼の名前を呼びながら後ろに振り返った。

「……キロくん」

 笑みを浮かべながら、手を挙げているキロ。

 カレンのつまんなそうな顔を見て、キロは少し戸惑った。

「ハルカいないと元気ないな、カレンは」

「ん? そんなこと……あるかも」

 キロは一歩前に出て、カレンの横に立った。そして、そのまま歩き続ける。

 カレンもそれに合わせ歩き始めた。

 流れるのは沈黙。静寂。

 付き合いたてのカップルのように。仲良さげにも関わらず、何も喋らずに歩き続ける。

(僕が話を振るべきなのか……?)

 キロが首を傾げる。

(私から話を振るべきなのかな……)

 カレンも首を傾げる。

 そのままお互い何も喋らずに、歩き続ける。

「きゃー!」

 その時だった。彼らの後ろから甲高い悲鳴が聞こえてきた。

 カレンとキロはほぼ同時に振り返る。

 そこに居たのは、ゆるキャラの太ったカエルのような、大きな謎の生物。

 そしてその傍に、フードを深く被った少年。

「えと……?」

 カレンは思わず首を傾げた。

 これは敵なのか、バケモノなのか、彼女は判別できずにいた。

 普段、彼女の前に現れるのは、明らかに見た目がヤバい一目でバケモノとわかる生物ばかり。

 しかし今回は違う。カレンの見たことのないバケモノらしきもの。

「やあ、魔法少女……」

 と、その時。フードの少年がカレンに話しかけてきた。

 それを聞いてカレンは身構えた。

「なあカレン……アイツらって、敵なのか?」

「えと……よくわかんないけど、そうかも」

 カレンは、相手にバレないようにカバンの中を漁り、指輪を手に持つ。

 そしてジッと、フードの少年とカエルを見つめた。

「魔法少女カレンちゃん……だよね? 僕たちの挑戦、受けてくれるかな?」

 フードの少年が呟く。その瞬間、カエルは大きく口を開けて、大きな舌をカレンに向けて勢いよく放ってきた。

(きも……っ!)

 カエルが苦手なカレンは一瞬たじろぐ。

 カレンの目の前にやってくるカエルの舌。冷や汗をかきながら、逃げようとしてもカレンの身体は動かない。

 ぎゅっとカレンは目を閉じる。その瞬間、彼女の身体は強い力に弾き飛ばされた。

「きゃっ……!?」

 そのまま姿勢を崩し、お尻から落ちて地面に座り込むカレン。

 彼女が目を開けると、目の前にはカエルの舌に捕まったキロがいた。

「あっ……!」

 キロがカレンを見て何かを言おうとする。

 しかしその瞬間、カエルの舌は勢いよく持ち主の元へと戻っていき──

 キロを丸呑みにしてしまった。

「あーあ……食べられちゃった」

 それを見てフードの少年が嘲笑うように言う。

「うそ……でしょ……?」

 カレンは身体を震えさせながら、ゆっくりと立ち上がる。

「嘘だよね……?」

 満足そうに舌なめずりをするカエル。それを優しく撫でるフードの少年。

 彼らを見て、カレンは怒りを覚えた。

「返して……!」

 小さく、怒りを込めながら、呟くカレン。

「返してよ……!」

 カレンが指輪を勢いよく嵌める。その瞬間、彼女の足元からピンクと赤色のオーラが湧き出た。

 それはゆらゆらと揺れながら、ゆっくりとカレンの身を包む。

「まぁ……この程度ならその程度か……」

 そんなカレンを見ながら、フードの少年は残念そうに呟いた。

 そして再び指を鳴らす。するとそれに呼応し、カエルがゆっくりと口を開いた。

 そこから発射されるのはやはり大きな舌。それはカレン目掛け一直線に──

「ふざけないでよ……!」

 向かおうとしたその瞬間。カレンの拳が、カエルの舌が彼女に届くよりも先にそれを打ち砕いた。

「ゲコォォォオオン!?」

 甲高い叫び声を挙げ、短い手で口を押さえようとするカエル。しかし、手は短すぎてそこには届かない。

「返してよキロくんを……キロくんは関係ないでしょ……返してって……キロを……!」

 ぶつぶつと呟きながら、ゆっくりとカエルへと向かうカレン。

 そんな彼女を見てカエルは恐怖を覚え、地面に這いずりながら距離を取ろうとする。

 対してフードの少年は、そんなカレンをジッと見つめ、ニヤリと笑った。

(なるほど……既に彼はカレンの大切な人になってきているのか。とすればそれを自覚させ……うん)

 裂けそうなほどに口角を上げ、少年は狂気的な笑みを浮かべながら、姿を消し始める。

(ありがとうキロ……ハルカちゃん……カレンと友達になってくれて……!)

 フードの少年は完全に消え去るその一瞬前に、もう一度指を鳴らした。

 それと同時に、カエルがえずき始める。

 そして、醜い鳴き声を発しながら、己の口からキロを吐き出した。

「ッ! キロくん……!」

 吐き出されたキロの元に、カレンは瞬時に向かう。

 そして、緑色の液体まみれになった彼を優しく抱き抱えた。

「よかった……!」

 目尻に涙を浮かべながら、カレンは安堵する。

 その直後、彼女は鋭い目つきでカエルを睨んだ。

「消えて……!」

 そう叫びながら、カレンはカエルに手のひらを向け──

「ゲ……コォ……!?」

 いつものように必殺技名を叫ばずに、そこからピンク色の光線を放ち、カエルを消し去った。

「……キロくん。キロくん? キロくん!」

 カレンはキロの身体を揺さぶり、彼の名前を必死になって呼ぶ。

 ゆらゆらと、ぐらぐらと、必死に揺らした。

「ぐ……ゴホッ……!」

 すると、キロが口から緑色の液体を吐き出し、目を開けた。

「……かはっ……! はぁ……死ぬかと思った……!」

「キロくん……! うぇ……よかったよぉ……!」

 目を覚ましたキロを見て、安堵して、安心して、ホッとして。カレンは思いっきり彼に抱きついた。

「うわ!? ちょ!? カレン……!?」

 突然抱きつかれ、キロは顔を真っ赤にする。

 女の子の肌の柔らかさ、髪の匂い、服越しに押し付けられる柔らかい胸の感触。キロはそれらを全身に感じていた。

(ぐぇ……! は、恥ずい……!)

 初めて女の子に抱きつかれ、その柔らかさに驚きながら、キロは必死にカレンを引き離す。

「だ……抱きつくな! ハルカじゃないんだから……!」

 カレンから目を背けながら、キロは顔を真っ赤にしながら言う。

 そんな彼を見て、カレンは自分のしていたことを思い出し、顔を真っ赤にして、頬を両手で押さえた。

「あ……あぅ……ごめんキロくん……!」

 顔を真っ赤にしながら、お互い顔を背けるカレンとキロ。

 二人は黙り込んで、互いを一瞥したり、口を開いたり閉じたりしている。

 やがて、キロが立ち上がり、自身の体にまとわりつく緑色の粘液を払いながら、カレンに話しかけた。

「……ありがとう、カレン。助かった」

 話しかけられ、ピクッと反応するカレン。

 ゆっくりとキロの方へ向き、自身も立ち上がりながら、顔を真っ赤にしながら、笑みを浮かべて──

「ううん……私の方こそありがと……助けてくれて……」

「……おう」

 ジッと、見つめ合う二人。

 お互い顔を赤くしながら、お互いを見つめ合いながら──

「あー! なんかイチャイチャしてる! ちょっとカレン!? キロ!? なにロマンティクスしてるの!? わああああ!」

「ハルカ!?」

「ハルカ……!?」

 その場に突然現れたのは、補習を全力で終わらせ、全速力でカレンを追いかけてきたハルカだった。

 彼女は顔を真っ赤にしながら、目尻に涙を浮かべながら、ドスドスと足音を立てながら、カレンたちの元へと向かってくる。

「私が……私が森センに怒られている中……二人はイチャイチャちゅっちゅ!? むぅぅぅぅ……!」

 そして、カレンの元へと辿り着くと、彼女をぎゅっと抱きしめた。

「そういうのは家に帰ってからやってよね!」

 ビシィ、とキロを指差すハルカ。

「ご、ごめんなさい……」

 勢いに押され、キロはつい、頭を下げて謝ってしまった。

「ていうか……なんか二人ともベタベタしてない? 私の家近いし寄ってく? シャワー浴びてった方がいいと思うよ? キモイよ?」

 と、突然真っ赤にしていた顔を白い肌に戻し、首を傾げながらハルカは言った。

「いいの……? じゃあお邪魔しようかな……」

 カレンが照れくさそうにそう答える。そんな彼女を見て、ハルカは満足げに頷き──

「キロはどーするの?」

 次に、キロをジッと見つめ、ハルカはそう言う。

 問われたキロは一瞬、遠くを見つめ──

「えと……俺は……いいかな」

 と、答えた。

 そんなキロを見て、ハルカは笑みを浮かべ、ニヤニヤとしながら彼を突く。

「恥ずかしがってるんでしょ? 女の子の家に行くのを! カレンと同じお風呂に入るのを!」

「ふえ!?」

 ハルカの煽りに、何故かキロよりもカレンが反応した。

 顔を真っ赤にしながら、自らの顔を両手で覆いながら、カレンは俯く。

「ふぇ……え……えと……ぅえ……え……えぇ……」

「バカ! そんなんじゃねえよ! ていうか一緒に入るわけないだろ!」

「あぅ!」

 キロは顔を真っ赤にしながら、ハルカの頭を軽く叩く。

 そして、先ほどのハルカのように彼女をビシッと指で指して、叫んだ。

「僕の家もすぐ近くにあるからいいってこと! じゃあな!」

 それだけ言うと、キロは急いで彼女たちに背を向け、その場から離れた。

「……ふーん。キロの家ってこの辺にあるんだ。カレン知ってた?」

「えぇうぇ……」

「あらら……顔真っ赤」



 暗い部屋。真っ暗な部屋で、鳥区キロは自らの腕で目を覆いながら、唸っていた。

「クソ……ハルカの野郎……女の子って野郎で合ってるのか? いやそれはどうでもいいか……ハルカの野郎……!」

 目を見開きながら、ベッドを勢いよく叩くキロ。

 それとほぼ同時に彼は起き上がり、ため息をつく。

「カレンに変な勘違いされてないといいんだが……」

 そう呟きながら、顔を真っ赤にしたカレンを思い出す。

「……可愛かったな」

 そう思わず呟き、キロの顔は真っ赤になった。

 そして彼は思い出す。

 カレンに抱きつかれた時に感じた、様々なカレンを。

 柔らかい二の腕。

 サラサラの髪の毛。

 シャンプーの甘い香り。

 熱い吐息。

 しっとりとした肌。

 柔らかい胸。

「……クソ!」

 手で顔を覆いながら、キロはベッドに倒れ込む。

 彼は、カレンにゾッコンだった。

 彼女を見るたびに、彼の中でカレンに対する好感度は上がっていた。

 最初はそんな自分の気持ちに違和感を抱いていてが、それはもうどうでも良くなっていた。

 鳥区キロは、若井カレンが好きだ。大好きだ。

 そんな自分の気持ちに、キロは押し殺されそうになる。

 止まらない切ない気持ち、増していく愛おしさ。

 キロはカレンに夢中になりすぎていた。

 そんな自分をおかしいと思えなくなるほどに、カレンに熱中していた。

「そうだよ……君はカレンが大好きなんだ……」

「……ん?」

 キロは、どこからか、誰かの声が聞こえた気がして、疑問を声に出す。

 耳をよく澄ますが何聞こえない。ただの幻聴だと片づけ、キロは再び目を閉じた。

 しかし、すぐに目を開ける。

 そして、彼は起き上がって、ベッドの上に置かれたリモコンを手に取り、テレビの電源をつけた。

 映し出されたのはニュース番組。星座の名前が羅列され、女性のアナウンサーが何かを呟いている。

「……座のあなたは、恋が実るチャンス! ラッキースポットは教室!」

 キロはじっと、じっとテレビを見つめる。

 そして、彼は決意した。

 明日、告白しよう。と──

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