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3.私の知らないところで友達増やしてたの、ちょっと嫉妬しちゃったりして

「そんな事あるんだ……」

 下着姿のまま、ベッドの上に座りながらカレンはポツリと呟いた。

 手に持っているスマホの映し出されたメッセージ。ハルカからのメッセージ。そこには「風邪引いた!カレンに会えないよぅぅ……きっと土曜日にはしゃぎすぎたせい!」と書かれていた。

 カレンはそれを素直に受け取って、人は遊びすぎると風邪を引く事を覚えた。

 スマホの画面を暗くして、ふわぁとあくび。カレンはゆっくりと立ち上がり、ハンガーにかけられている制服を手に取る。

 箪笥からワイシャツと見せパンを取り出し、それらを着てから制服を着る。着替え終えたカレンはふぅ、と一息ついてから歩き始めた。

 ドアノブを捻り、ドアを開けて、階段を降りて、リビングへと向かう。

 辺りを見回すカレン。今日の朝も両親がいない事を確認し、机の上に置かれたパンを手に取ってから、テレビの画面をつけた。

 朝が早い仕事って大変そうだなぁ。そう思いながらカレンはパンをひと齧り。

「……ほぇえ」

 ニュース番組で流れるニュースを、何も考えずにテキトーに見るカレン。感心したかのように漏れる声は、その実何もわかっていない間抜けな声。

 パンを食べ終えると、カレンは真っ直ぐに洗面所へと向かった。

 そこで歯磨きをし、顔を洗って、準備万端。

 一度自分の部屋に戻ってカバンを手に取ってから、誰もいない廊下に向かって「行ってきます」と言いながら、カレンは玄関の扉を開けた。



 通学路。カレンはいつもと変わらず、一人で歩いている。

 予定ではこの辺りでハルカと会うはずだったのだが、彼女は風邪を引いているので現れない。

 まだハルカと出会ってから──友達になってから──数日しか経っていないが、カレンはハルカのいない寂しさに悩まされていた。

(まぁ……いいんだけどさ。別にさ)

 否定しつつも、心の奥底でハルカを求めている自分にカレンは嫌悪感を抱く。

 自分はもしかしてかなり重い女なのでは? カレンは自己嫌悪をしながら、ため息をついた。

「わー!」

「きゃー!」

「きっも!」

 突然、静かで平和だった通学路に悲鳴が響き渡る。

 しかしカレンはそれが聞こえていないのか、俯きながら悲鳴に反応することはなく、歩き続ける。

(ハルカ大丈夫かな……お見舞いとか行ったほうがいいのかな……家知らないけど……)

 俯きながら歩き続けるカレン。やがて彼女は、目の前にいる大きなバケモノに気づくことなく、それにぶつかってしまった。

「あっ……ごめんなさい……」

 謝りながら顔を上げるカレン。彼女の目の前には大きなバケモノ。

 顔はゆるキャラの鶏のようで、身体はゆるキャラのタヌキ。両手に大きなハサミを携えている。

 カレンはそれを見て青ざめた。すぐに指輪を取り出そうとしたが、突然の事態に彼女の身体はうまく動かない。

 ハサミをカチカチ鳴らしながら、それをカレンに向けるバケモノ。カレンは思わず目をぎゅっと閉じる。

「危ない!」

 次の瞬間、カレンは誰かに抱かれながら弾き飛ばされる。

 それとほぼ同時に、バケモノのハサミが、カレンの元いた場所を穿った。

(……はっ! だ、誰!?)

 自分が誰かに助けられたこと、一瞬遅れて理解するカレン。

 彼女の身体を抱いていたのはカレンと同じ中学の制服を着た男子生徒。顔立ちは端正で、優しい顔つきに対してキリッとした眉が男らしい。イケメンと言っても過言ではない男の子。

 そんな男子に身体を抱かれていることに気づいたカレンは、とても恥ずかしくなって顔を真っ赤にする。

「危なかったね……若井さん」

 男子生徒がカレンの苗字を呼ぶ。それを聞いたカレンは思わず、首を傾げた。

(私の名前を知ってる……?)

「カニカニカニ」

 その時、バケモノが男子生徒とカレンを目掛け追いかけてきた。

 小さく舌打ちをして、男子生徒はカレンをお姫様抱っこをしながら、バケモノから距離を取り始める。

「ふぇえ!?」

 突然のお姫様抱っこに、更に顔を赤くして、可愛らしい悲鳴を上げるカレン。

 そんな彼女を見ながら、男子生徒はギリギリ聞こえる程度の声で小さく呟いた。

「若井さん……変身できる?」

「え!?」

 男子生徒の発言に、カレンは目を見開き驚いた。

 彼の言葉を数回、カレンは脳内で反芻する。

(この人……私が変身できることを……魔法少女だって事を知っている……!?)

 突如現れ、自分の事情を何故かある程度知っていると思われる男性の登場に、カレンは少し恐怖を覚えた。

「僕が時間を稼ぐ……その間に変身してアイツを倒してくれ。頼んだぞ……!」

「え、えっと、え!?」

 男子生徒はそう言うと、カレンを丁寧に下ろして、バケモノの方を向く。

「カバディカバディカバディカバディカバディカバディ……」

「カニカニカニカニカニカニカニカニカニカニカニカニ……」

 カレンがあまり見たことのない、不思議な動きをカバディと呟きながらし始める男子生徒。

 それに合わせ、バケモノも変な動きをし始めた。

 意味がわからない光景に思わずカレンは首を傾げるが、すぐにハッとなり、カバンの中を漁る。

 前回の反省を活かし、カレンは指輪をしまう場所をちゃんと決めていた。そこから指輪を取り出し、変身と呟きながらそれを指に嵌める。

 その瞬間、カレンの身体をピンク色の光が包む。

 やがてそれは弾け飛び、カレンの変身が完了した。

 それを見た男子生徒はニヤリと笑い、バケモノから瞬時に距離を取る。

 まるで交代するかのように、男子生徒が離れた瞬間に、彼が元いた場所に一瞬でカレンが現れた。

 ギョッとするバケモノ。カレンはそんなバケモノを見て瞬時に拳を握り、そこに魔力を込め──

「カレンビーム!」

 と、叫びながら拳を開いて手のひらをバケモノに向ける。

 カレンの手のひらから放たれるのは太く速いピンク色の光線。それはバケモノの全身を瞬時に飲み込み、彼の姿を綺麗さっぱり消し去った。

「すごい……! さすが魔法少女だね若井さん」

 手を鳴らしながら、男子生徒がカレンの元へとやってくる。

 カレンはそれを警戒する。変身は解かずに、臨戦態勢のまま、彼の方へ向き直る。

「なんで私が……魔法少女って知っているの……?」

 それを聞いて、男子生徒は恥ずかしそうに頭を掻いた。

「実はさ……土曜日聞いちゃったんだよね。君と吾妻さんの会話」

「私とハルカの……?」

 吾妻ハルカの名前が出て、カレンは少し驚く。

 そして、カレンはある程度推察する。恐らく彼の正体はクラスメイト、もしくは同じ学年の生徒なのではないかと。

 制服はカレンの通う中学の男子と同じ制服で、自分とハルカの苗字を知っているのならば、クラスメイトである可能性が高いと考えていた。

「ふふふ……驚いたよ! クラスメイトが魔法少女だったなんてさ!」

 すると、目を輝かせながら男子生徒がカレンを見ながら言った。

「魔法少女がいるっていうのは知っていたけど、身近な人がそうだとわかった時の衝撃はすごかった! あ、安心して。誰にも言ってないから……」

(今大声で言いふらそうとしてるけどね……)

 興奮気味の男子生徒に呆れて、ため息をつくカレン。

 彼女は一瞬辺りを見回し、誰もいない事を確認すると変身を解いた。

「えと……それじゃ」

 カレンはペコリとお辞儀をして、その場から離れようとした。

 そんな彼女の手を瞬時に、男子生徒は取った。

「ひぅ……!?」

 突然手を握られ、カレンは驚きと恥ずかしさで変な声を出す。

 それを見ながら、男子生徒は興奮したかのように言う。

「待ってくれ! 一緒に登校しない? 同じ教室だしさ……魔法少女のこともっと知りたいと言うか!」

 カレンは何かを察した。

(この人……もしかしてハルカと同じ人種!?)

 ハルカの胸が高鳴る。男子に触れ慣れていないハルカは、顔を真っ赤にさせながら口をパクパクと動かした。

 普段触れない固く力強い手。それが男の子の手なんだとドキドキしながら、カレンは手を離そうとする。

 それを見て、ある程度カレンの心情を察したのか。男子生徒は謝りながらパッと手を離した。

「ごめんごめん……ところで若井さん。僕の名前知ってたりする?」

「え……えと……」

 そう問われて、カレンは脳をフル回転させた。

(えとえと……見覚えあるような……居たような……男子の顔なんてちゃんと見ないからみんな同じ感じにしか思い出せない……でもさっきクラスメイトって言ってたし、クラスメイトなのに知らないなんて言ったら失礼だよね? クラス変わってすぐならまだしも、もう夏休み終わって二学期目だし。ショックを受けちゃうかも。私を助けてくれたいい人であるんだし……思い出せ私……私思い出せ……!)

「えと……若井さん? 頭から煙出てるけど……」

「ぴぅ……」

「わあ!? ショートした!?」

 頭をクラクラさせながら、変な鳴き声を出したカレンを見て男子生徒は驚く。

 男子生徒の驚いた声ですぐに我に戻り、カレンは目を背けながら、気まずそうに頬を指で掻きながら、男子生徒を見てペコリと頭を下げた。

「ご、ごめん……覚えてません……」

「え!? あ、いいよ……別に関わりあったわけじゃないしさ! 僕も覚えてないクラスメイト何人かいるし……」

 確実にショックを受けているのに、自分をフォローしてくれる男子生徒を見て、カレンは泣きそうになった。

(私……こんなダメムーブばっか……)

 心の中だけでため息をつくカレン。

 項垂れているカレンを見ながら、気まずそうに男子生徒が言う。

「僕の名前は……鳥区キロって言うんだ。変な名前だからさ……覚えやすいだろ?」

 照れ笑いをしながら、男子生徒──キロはそう言う。

 それを聞いたカレンは思わず笑ってしまう。本当に変な名前、と。

「鳥区さん……鳥区くん……キロ……くん? さん? えと……」

 なんて呼ぼうかとカレンは呟きながら迷う。キロはそれを聞いて苦笑しながら、カレンに向けて言った。

「キロでいいよキロで。呼び捨て上等呼び捨て歓迎!」

「え……うん。キロ……」

 と、カレンはそう呟いた瞬間、顔を真っ赤にして爆発した。

「わ!? 若井さん!?」

(キロ……キロって! 男子を呼び捨て!? ま、ままままままるで彼女みたいじゃん……! じゃん……!)

 火照る顔を両手で覆い隠しながら、頭から煙を出しながら、うんうん唸り始めるカレン。

 そんな彼女の肩をポンポンと叩きながら、キロは言った。

「そろそろ行かないと……遅刻するかもよ」

「……はっ!」

 それを聞いて、カレンは真っ赤な顔を一瞬で元の顔に戻し、キロの方を向く。

「い、行こっかキロ……くん! 遅刻嫌だもんね……!」

「うん。行こうか、若井さん」



 朝のホームルーム前。色々なグループが談笑する教室。

 そんな教室で唯一、一人で座っていたカレンは、頭を抱えながら机に伏していた。

(はあああ……! 男子と……キロくんと一緒に教室入っちゃったよ……見られた! 複数人に見られた……! 勘違いされてないかな……恥ずかしい……死にたい!)

 いやいやをするように頭を小刻みに振りながら、身体をプルプルと震えさせているカレン。

 彼女は羞恥心で、恥ずか死寸前だった。

「わーかーいーさん!」

 すると、突然、カレンの背中が誰かに叩かれた。

 それに反応して、カレンが顔を上げると、目の前にいたのはハルカの友人である優だった。

「ハルカ休みなんだってね! あの元気娘がさ……天変地異でも起こるのかな」

「え、えと……優さん?」

 カレンは必死になって彼女の名前を思い出し問いかける。

 すると優は一旦くるりとその場で周り──

「千郷も休みだし……今日は若井さんと仲良くなろうと思って来ました! ピース!」

 元気よくピースをしながらにっこりと笑った。カレンは思わず首を傾げる。

 そしてなんとなく、優にピースを返した。

「へ……ちょ……若井さんあざと……! これかこれなのかこれで堕ちたのかハルカは……! なるほどねぇ……かーわーいーいー!」

「うへぇ!?」

 ぶつぶつ呟いた次の瞬間、大声で叫びながらカレンに抱きつく優。

 カレンは顔を真っ赤にしながら、プルプルと震え始める。

(なんか私……抱きつかれすぎじゃない……!?)

「おーい……ホームルーム始めるから席付けー」

「あ、やべ森センだ……んじゃまた後でね若井さん!」

「え、あ、うん……」

 担任の森センが教室に入ると、盛り上がっていた生徒たちがほとんど同じタイミングで話を切り上げ、各々の席へと戻っていった。

 カレンは一旦ため息をつき、森センの方を見る。

「ハルカがいなくても疲れそう……」

 誰に言うでもなく、カレンは小さくそう呟いた。



 ホームルームが終わり、一時間目の授業が終わり、やってきた休み時間。

 若井カレンの元へとやってきた優は、彼女の頭を撫でながら色々と話しかけている。

「はぁ……撫で心地良すぎ……ハルカのものにしておくの勿体無いなぁ……私が寝取っちゃおうかな若井さん……」

「あぅぅ……髪が抜ける……」

 撫で撫でし続ける優。それに対して不満を漏らすカレン。まるで、嫌がるペットが無理矢理撫でられているかのような光景。

 その光景を不思議そうに見つめながら、鳥区キロはカレンの元へとやってきた。

「よっ、若井さん……と優さん」

「あれ? 鳥区くんじゃん。私の若井さんに何か用?」

(……げ! キロくん!)

 声の主を確かめるべく、顔を見上げたカレンは、目の前にいたキロを見て顔を真っ赤にする。

 今朝の出来事が彼女の脳内でフラッシュバックする。更に顔を赤くして、思わずカレンは机に顔を伏した。

「ん……いや、ちょっと話があってさ」

 髪を掻きながら、優から目を背けながら話すキロ。

 それを見た瞬間、優の脳が活性化する。

(この行為……行動。恐らく鳥区くんは若井さんに恋をしているね。今は私がいて、邪魔がいるから話しかけたくても話しかけられない状態ってところかな。若井さんにはハルカがもういるんだけど……まあ、チャンスを与えるくらいいいよね。私は男女平等平和上等なウルトラ恋愛ハッピー天使だからね)

 カレンをすごい勢いで撫でながら、優はぶつぶつと呟く。

「抜けるぅぅぅうううう……」

 それに合わせて徐々に悲鳴をあげていくカレン。

 ワケのわからない光景に、キロは思わず首を傾げそうになった。

(ふむ……それにしても若井さんって意外とモテるのかな? 正直言って目立たない子だからあまりピックした事はなかったけどなるほど……このゆるゆる感とあざとさが彼女の武器か。ただそれだけでは魅力に乏しいような……ハルカと鳥区くんはどうやって若井さんの魅力に気づいたんだ?)

 ぶつぶつ呟きながら、更に撫でるスピードをあげていく優。

「わぁぁぁあああ……!」

 力無さげに叫ぶカレン。

 キロは傾げそうになっていた首を、ちゃんと傾げた。

「えと……若井さんハゲになるよ? 優さん」

「……わっ! 撫ですぎた! ごめーん若井さん!」

 キロに指摘され、己の手を見た優は驚きながらカレンに謝る。

 優の手のひらには複数の髪の毛が絡み付いていた。

「おーい優! 次の授業の資料運べってさ」

 突然、教室の外から優の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「えー……またぁ!?」

 優はそれを聞いてげんなりしながら、仕方なく立ち上がる。

「はぁ……係だからって生徒に資料運ばせるとかさぁ……ちょっと待っててね若井さん! 鳥区くん、若井さんに変なことしないでよ? 先客いるんだからね!」

 キロを指差しながら、優はそう叫んだ。

 そして足早に、教室を出ていく。

「ふぅ……吾妻さんに負けないくらい元気だなぁ」

 ため息をついて、空いている椅子を引き寄せカレンの横に座るキロ。

 そんなキロを、首を傾げながらカレンは見ていた。

「えと……何の用かな? キロ……くん」

「キロでいいって。実はさ若井さん……僕、もっと知りたいんだよね。君のこと」

「……へ? ふぇぇえ……!?」

 じっと顔を見つめ、カレンを知りたいと言うキロ。

 真面目な雰囲気を出しながらそう言う彼を見て、カレンは物凄く恥ずかしくなって顔を真っ赤にする。

(わ、わわわ私のことを知りたいって……ふぇ!?)

 じっと、じっとカレンを見つめるキロ。

 それから逃げるように、カレンはゆっくりと顔を背ける。

「まあ、若井さん……というよりは魔法少女について知りたいんだけどさ」

 笑うようにそう言うキロ。それを聞いたカレンはポカンとしながら──

「……あ、そ、そう」

 少し残念そうにそう呟きながら、キロの方へと顔を戻した。

「魔法少女ってさ……バケモノを倒すために魔法少女してるの?」

 あっけらかんと、そう言うキロ。

 それを聞いてカレンは、小さく唸りながら首を傾げる。

「どうだろ……私もよくわかってないんだ」

「へー……そうなのか」

 少し残念そうに言うキロ。

 期待に応えられなかった。そう考えるとカレンは少し悲しい気持ちになって、目尻にほんの少し涙を浮かべた。

「でもさ、バケモノから守ってるんだろ? なんか魔法とか使ってみんなを助けてるんだろ? 魔法少女ってさ」

 人差し指を立てながら、笑みを浮かべながらキロは言う。

「え、うん……そうかな。私もバケモノを倒すことあるし、魔法で困ってる人を助けたりもするし…0 …」

 カレンはそれを聞いて頷く。そんなカレンを見て、キロは目を輝かせながら──

「若井さんって凄いな……偉いと思うよ。羨ましいくらいだ」

 しかし、どこか遠い目をしながら、キロはそう言った。

 そんなキロの表情を見て、カレンは少しドキッとする。

 高鳴る己の胸を押さえながら、頬を少し赤く染めながら、カレンはキロを見る。

 端正な顔立ちに宿るほんの少しの影。それが、カレンには美しく見えた。

 そして、親近感を感じた。

「僕もさ……人を助けたいんだ。いやまあ、助けてはいるんだけど……さ」

 キロはカレンの机に肘を立て、話を続ける。

「やっぱ……ただの中学生じゃ限界があってさ。軽い人助けとかならまあ、出来るんだけど……今朝のバケモノが現れた時なんかは何もできない」

「……キロくん?」

「親父も兄貴も凄い人でさ……めちゃくちゃ強くてカッコいいんだ。人を助ける仕事をしていて憧れている……それと同時に、嫉妬もしている」

 低い声で、淡々と自語りを始めるキロにカレンは少し、不安を覚える。

 そんなカレンを気にせず、キロは話を続けた。

「不安になるんだ……僕って親父や兄貴みたいな人になれるのかなって。今、何も出来ていない……出来ないことが多いのに将来二人みたいになれるのか……って」

 少し泣きそうな声で、変わらず話を続けるキロ。

「僕も魔法少女になれたら……若井さんみたいに凄い人になれるかなって……っと、ごめん! なんか変な話しちゃったな……! はは……」

 そんなキロの手を、カレンは思わず握りしめた。

 驚くキロ。そんな彼の目をじっと見つめて、カレンは言う。

「キロくんは……凄いよ! 私を助けてくれたもん……魔法少女とかそう言うの関係ないよ……!」

「ッ! 若井さん……えと、その、ありがとう」

 カレンの言葉を聞いて、キロはゆっくりと立ち上がる。

 そして苦笑しながら、頭を掻きながら、カレンの目を見て言った。

「はは……なんかごめんね変な話して。キモイ自分語りして……若井さんに無理矢理褒めさせたみたいで……今日ちょっとメンタル弱いのかな僕……」

 恥ずかしさを誤魔化すように、自虐しながら苦笑を続けるキロ。

「でもありがとう若井さん……元気出た」

 そう言って、キロは手を振りながら自分の席へと戻っていく。

 カレンはそんな彼から、目を離せずにいた。



「……死にてぇ」

 学校が終わり、帰宅したら鳥区キロは自分のベッドに仰向けになりながら、そう呟いた。

 そして、今朝の出来事を思い出す。

 若井カレンとのやり取り。自分でもよくわからないがあの時、自分の境遇を何故か、キロは異常に語りたくなった。

 普段の彼はあんなにセンチメンタルでは無いし、ほぼ初対面のような女性に自分の弱みを晒すような性格でもない。

 そもそも、明らかにシチュエーションがおかしい。何であのタイミングで自分はあんな話をしたのだろう、とキロは首を傾げる。

 自分のした事が、あまりにも自分のイメージとかけ離れていて、キロは強い違和感を抱いていた。

 まるで、認識出来ない強大な力に自分の意志を操作されたような、そんな感覚をキロは覚える。

 そして、寒くもないのに身震いをした。バカみたいなことを考える自分のアホさ加減と、もしもそれが事実だとしたら、何かしらの陰謀にいつの間にか巻き込まれているかもしれない恐怖に。

 魔法少女がいるのだから、あり得ない話ではない。キロは近くにあったパソコンを手に取り、指紋を認識させロックを解除する。

「……っ」

 指で口を押さえながら、何かをぶつぶつと呟き始める。

 慣れた手つきでマウスを動かし、慣れた手つきでクリックし、慣れた手つきでファイルを開く。

「……あの記憶は何なんだ」

 パソコンに映る画面。そこには無数の文字が表示されている。

 数は多いものの、書いてある事は単純で「僕は誰だ」と短い言葉が、空白も開けずに羅列されている。

「……僕は今日、若井さんに何を話した」

 記憶を頼りに、カレンに話した内容をなるべく正確に思い出しながら、キロはそれをテキストファイルに打ち込んでいく。

 音楽もなく、空調の音もせず、呼吸の音も衣擦れもなく、キロの部屋にはひたすらキーボードを叩く音だけが響く。

「……そうだ。確かに僕はこう思っている、考えている。けれど正確すぎる、あまりにも正確すぎる」

 自身の打ち込んだ文を読みながら、キロはぶつぶつと呟き続ける。

「人間はそんなに正確に自己分析できるのか……? 都合の悪い事は退けて、都合の良い部分だけを抜粋する時だってあるはず……なのに」

 キロは、呟き続ける。

「……僕は、僕に詳しすぎる」

 やがて、自分でも変なことを考えていると思い始め、キロはパソコンを閉じた。

 そしてベッドに横になり、目を閉じ、キロは寝る準備を始める。

 視界が真っ暗になった彼の脳内に思い浮かぶのは、若井カレンの姿。

 長く美しい髪、扇状的なうなじ、目立たないが抜群のプロポーション。そして、柔らかそうな唇。

「……ッ」

 何を考えているんだ。心の中で叫びながら、キロは起き上がる。

 それと同時に、頭痛がし始め、キロは頭を強く押さえた。

「……はぁ、もしかして僕は……!」

 キロの胸が高鳴る。ドキドキと、大きな音を立てている。

 頬が赤く染まる。全身に熱が帯びる。

 そして、脳裏に浮かぶのは若井カレンの姿。

 切なくて、苦しくて、けれど彼女のことを考えると嬉しくなる。そんな複雑で甘美な感情をキロは抱き始めていた。

 そんなバカな、あり得ない。今日初めて会話したばかりなんだぞ。自分の心を否定するように、キロは首を左右に振る。

 しかし、自分に嘘はつけない。キロは認めるしかなかった。

 自分が、若井カレンに恋心を抱いていることを──

「……わからない。僕の心が……何を考え何を思っているのかわかるけど……理解ができない……!」

 頭を両手で押さえながら、いやいやと左右に頭を振るキロ。

 その時だった。

 彼の耳元に、囁くような声──

「君が頼りだからね──」

 聞いた事がない、されど聞き覚えがあり聞き慣れている声。

 キロはその声を聞いた瞬間、脳がふつふつと沸騰するかのような感覚を覚え──

 やがて、力無さげにベッドの上に倒れた。



「へえ! 優と仲良くなれたんだ! よかったねカレン!」

「仲良くなれた……というか愛られたというか……」

「ふーん……私のカレンを勝手に愛でるなんてこれは怒らないとね……!」

「いつハルカのものに私はなったの……?」

 他愛ない話をしながら、カレンとハルカは通学路を歩いていた。

 ハルカの風邪は一日で完治し、いつも通り元気な姿を見せている。

 そんなハルカを見て、カレンはホッとした。これでこそハルカだと、一人頷く。

「それで他に他には?」

 ハルカは、自分がいない時カレンが何をしていたのか知りたくて、カレンを質問攻めしていた。

 何時に家に出たとか、誰と喋っていたとか、授業はどういう風に受けたのかなど、カレンが少し引くぐらい質問攻めをしていた。

 カレンはカレンで変に真面目な正確なので、それに逐一答えている。ハルカはそんなカレンを潤んだ目で見ていた。

(ふふふ……ちょっとだけだけど、ちょっとだけなんだけどイジメたくなるよねカレンって)

 慌て疲れたような顔をしているカレンに対し、ハルカは満面の笑みを浮かべている。

「なんか、変なこととかなかった?」

 ハルカがそう問うと、カレンは急に顔を真っ赤にする。

 カレンが思い出したのは、鳥区キロとのやり取りだった。

 自分を助けてくれて、何故かお姫様抱っこをしてくれた少年。

 そして、そんなかっこいい風な少年なのに、自分に弱さを見せてくれた鳥区キロの事を、カレンは忘れられなかった。

 彼の顔を思い浮かべると、少し不思議な気持ちにカレンはなる。

 胸をぎゅっと押さえたくなるような、切なくて仕方がないような、そんな気持ちを抱く。

「……んぅ?」

 急に顔を真っ赤にしたカレンを、ハルカは怪しむように見る。

(もしや……触手系の敵が現れてエッチな目に遭わされたとか? そうかも……お約束だし……)

 勘違いをしたまま、ハルカは脳裏に触手に絡まれたカレンを思い浮かべる。

 見たかったなぁ、とハルカは小さく呟きながらため息をついた。

 そんなハルカを見て、カレンはほんの少し、首を傾げた。



 二年三組の教室。相変わらず、朝のホームルーム前はたくさんの話し声で盛り上がっている。

 カレンの席では、机に座りながらハルカが彼女に話しかけていた。

「それでね、森センったら酷いんだよ。宿題忘れただけで追加補習とかさ……ムカつく!」

「でも……何回も宿題忘れるハルカも悪いんじゃないかな……」

「うぎ……まあ、そりゃそうなんだけどさ。補習は嫌なの補習は」

「じゃあ宿題やろうよ……」

「……ぐすん。カレンがいじめる」

 わざとらしく、ぐすんと呟くハルカにカレンは呆れて、ため息をついた。

 そんなくだらない話を二人が続けていると、ハルカの後ろに、彼女を軽く超える人影が見えた。

「よっ、若井さん。吾妻さん」

「あっ……!」

 その人影の正体は鳥区キロ。彼の姿を見て、カレンは少し頬を染める。

 ハルカはゆっくりと振り返る。そこで彼女も、キロの存在に気づいた。

「何だキロじゃん。珍しいね、私たちになんか用? ていうか吾妻さんって……もしかしてカレンに丁寧な男に見られたくてそう呼んだ?」

「あ、バレた? 鋭いなハルカは」

 ハルカはすでにキロとは知り合いなので、仲良さげに彼に話しかけた。

「ふふふ……聞いて驚くなよハルカ。実は僕も知ってんだぜ?」

 そう言って、キロはハルカの耳元に口を近づける。

 ハルカは一瞬首を傾げたが、すぐにそれを戻し、耳を傾けた。

「若井さんが魔法少女だってこと……!」

「……はぁ!?」

 それを聞いたハルカは怒りの声を上げ、キロをペチっと叩いた。

「おわっ!?」

「な、何で知ってんのキロが!?」

 ハルカの叫び声に、クラス中の視線が集まる。

「おいバカ! 注目浴びてるじゃんか!」

 辺りを見回しながらキロが言う。それに続いてハルカも辺りを見回し、クラスメイトの大半がこちらに視線を向けているのを確認する。

「あ、やば……な、何でもないよみんな! このバカが私の下着の色を当てたから、覗いたのかーって怒ってたの!」

 急いでハルカは誤魔化すためにテキトーな嘘をついた。それに何故かクラスメイトは全員納得したような顔をして、ハルカたちへ視線を向けるのをやめた。

「すっげぇ冤罪ふっかけてんぞお前……!」

「別にいいじゃん……ところでどうやって知ったの? まさかストーカー……?」

「違う……! たまたまお前たちの話聞いてさ……!」

「変態ストーカー男……!」

「たまたまだって……!」

 そんな二人のやり取りを見て、カレンは少し寂しい気持ちになった。

 何より寂しく感じたのは、キロのハルカに対する喋り方が自分とは全然違う、というところ。

 キロは多分友達に対する話し方はこんな感じなんだろうな。そう考えると、カレンは自分がまだキロの友達にはなれていないような気がして寂しさを感じた。

 そんな二人をカレンは、羨ましく感じた。



 昼休み。カレンとハルカとキロは、カレンの席に集まっていた。

「何でキロまでいるのさ……言っとくけどカレンは私のものだからね!」

「別に僕のものだって主張してないだろ! 僕は若井さんに話がしたくてだな……!」

「だから、マネージャーを通してって言ってるの! この吾妻ハルカは若井カレンのマネージャーなんだからね!」

 腰に手を当て、ドヤ顔をするハルカ。

 そんな彼女を見てキロはため息をつき──

「若井さんと、話がしたいんですがよろしいでしょうか? 吾妻マネージャー?」

 と、丁寧な口調で言う。

 すると、ハルカはわざとらしく、両方の人差し指を頭に突き立てながら、うんうん唸って──

「却下!」

 と、大声で言った。

「お前……!」

 プルプルと震えながら、強く拳を握りしめるキロ。

 そんなキロを見ながら、ハルカは変な踊りをして煽る。

「……ふふっ」

 そんな二人を見て、カレンは思わず笑ってしまった。

 なんか、こう言うのいいかも。カレンは心の中で呟く。

 三人でこれから仲良くなれたら、学校生活がより楽しくなるかもしれない。そんなことを考えながら、カレンは今にも殴り合おうとしている二人を引き留めた。

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