2.迷子の子と遊んだり、魔法少女の友達が出来たりしたよね
「そろそろ出ようかな……」
土曜日の午前十時半、カレンは小さなカバンに財布や携帯、ティッシュやハンカチを詰め込みながらつぶやいた。
先日友達になったハルカからの誘いで、カレンは彼女と外で遊ぶことになっていた。
小学生の頃はよく友達と遊んだが、中学生になってからは初めてで、カレンはウキウキしながらも内心ソワソワもしていた。
もし、遊んでみてつまらない女だと思われたらどうしよう。調子に乗って変なこと言ったりしちゃったりしたらどうしよう。そんなネガティブな想像ばかり思い浮かべる。
「うーん……迷うなぁ。セクシーなのとキュートなのどっちが好きなんだろ……って、デートじゃないんだし……」
どんな服装で行くべきなのか、どんな格好で遊びに行くべきなのか。中学生になってから制服ばかり着ていたカレンはとても悩んでいた。
小学生の頃はどうだったか考える。しかし、思い浮かぶのはお母さんが買ってきてくれたテキトーな服を着ている自分だけ。カレンは呆れてため息をつく。
(……うーん、気合い入れすぎかな? でもなあ……)
慣れていないが故の悩み。カレンは鏡の前で服を合わせ、うんうん唸り続ける。
自分だけ気合を入れていたら恥ずかしいし、ハルカが気合を入れて来たのに自分はテキトーだったら恥ずかしい。
これもう詰んでるな、そう思いカレンはため息をついた。
手に取ったのは無地の白シャツ、そして灰色の薄いカーディガン、さらに薄いチェック模様の入った黒いスカート。
(無難なのはこんな感じ……? ダサいのかよくわかんない……)
それらを手に持ちつつ、再び鏡の前で唸り始めるカレン。
数分後、カレンは意を決して手に持つカレン無難セットを着ることに決め、意気揚々とパジャマを脱いだ。
*
「ふん……ふふん……ふん……」
たくさんの客で賑わうデパート。多種多様な人がグループになって歩いてる中、廊下に備え付けられた手すりに背をかけ、ハルカは一人で小さな鼻歌を歌いながらスマホをいじっている。
画面に映っているのは、黒い背景にビッシリと書き込まれた白い文字。ハルカが作ったスケジュール表だった。
カレンにはシェアされていない。なんかこんな感じに動けたら楽しいな、とハルカが一人で妄想するために作られたものだからだ。
「……ふむ」
ハルカはスマホの右上に表示された時刻を見て、呟く。約束の時間まで残り一分。それを確認すると、彼女の心臓が高鳴り始めた。
ピッタリ来るのか、少し遅れて来るのか、はたまた早めに来るのか。いつどのタイミングでカレンが来るかは読めない。故に約束の時間が来ると心臓が早鐘を打つ。
「……むっ」
その時、ハルカは普段発揮しない勘を働かせ、彼女から見て右の方向を見る。
そこに居たのは小さなカバンの紐をきゅっと握りながら、キョロキョロと辺りを見渡しながら歩いているカレン。
(き、来た……! 私の友達きゃわあぁ……!)
ほおに熱を帯びながら、ハルカはカレンをじっと見つめ、すぐにそっぽを向いた。
(カレンから話しかけて欲しいなぁ……!)
敢えてカレンを視線に入れないようにし、早かった心臓をさらに早く動かし、自身もバッグの紐を握るハルカ。
色々な人の足音が聞こえてくる。男女の甲高い話し声がうるさい。しかし、ハルカに聞こえるのはカレンの足音だけ。
近づいて来る。近づくたびに、ハルカの胸も大きく強く高鳴る。
「お、おまたせ……あ……ハルカ……」
「……あはっ! 待ってたよカレン!」
カレンに話しかけられた嬉しさを全身で表現し、思いっきり彼女に抱きつくハルカ。
ハルカに突然抱きつかれ、顔を真っ赤にして急いで彼女を引き剥がすカレン。ハルカを引き離したと同時に、キョロキョロと辺りを見渡す。
(こんな人が多いところで抱きつきは流石に無理……!)
「んも……カレンったら恥ずかしがり屋なんだから」
唇を尖らせ、不満を口にするハルカ。
それを見てカレンは思わずため息をついた。
(絶対私が正常……)
「とりあえず行こっか! カレン!」
そんなカレンを気にせず、ハルカは彼女の手を取る。
「あ、ちょ……!」
ハルカに引っ張られ、カレンは少し姿勢を崩す。しかしすぐに立ち直り、凄い勢いで引っ張るハルカに必死に足を揃える。
「まずは服見よっか! そしたらゲーセンでも行って……何か食べて……カラオケとか……とりあえず目に入るもの全部行こう!」
「全部!?」
「さぁゴーゴー! あはは!」
「……ひぇ〜」
*
「ふぅ……ちょっと疲れたなあ……」
カレンは廊下の壁に背をもたれ、ため息をついた。
現在ハルカはお手洗い。カレンはついて行かず、すぐ近くの人通りの少ない廊下で待つことにした。
スマホをいじろうと思っても特にやる事がなく、なんとなく道ゆく人を見て暇を潰している。
「……楽しいからいいけどさ」
誰に聞かせるでもなく呟くカレン。
今日、半日過ごして、カレンは改めてハルカと自分は全く趣味が合わないことがわかった。
カレンが服を値段しか見ていないのに対し、ハルカは自分に合うかどうか、どういう組み合わせが映えるかを意識していた。
ゲーセンではカレンがアーケードゲームに目を取られるなか、ハルカはクレーンゲームばかりを見ていた。
雑貨屋に行った時も、カレンがシュールなものを好むのに対し、ハルカは女の子らしく可愛らしいものばかりを手に取っていた。
全然趣味が合わない。同じ人間とは思えない。そうカレンは感じていたが、不思議と嫌悪感は抱かなかった。
きっかけが特殊とはいえ、よく私なんかと友達になってくれたな。普段絡んでいる友達と比べて私はつまらなくないのかな? とカレンは不安を覚える。
(こんな風に……なんでも無駄に考えすぎるから私ってダメなのかな……)
自己嫌悪するカレン。ゆっくりと、静かにため息をついた。
「……ん?」
それと同時に、カレンは服の裾を誰かに引っ張られたような気がした。
ハルカかな? と彼女は振り向く。
「……んえ?」
振り向いた先に居たのは小さな女の子。幼い体型にあどけなさ全開の童顔、丁寧に縛られたツインテールが可愛らしい。
「……えと、どうしたのかな?」
カレンはしゃがみ込み、小さな女の子に目線を合わせ問う。
じっとカレンを見つめる女の子。何も答えてくれず、カレンは冷や汗をかき始めた。
(……うぅ、どうすればいいのこの状況)
すると、女の子はカレンの服から手を離し、今度はなぜかスカートを引っ張る。
そのままスカートがめくれそうになり、急いで押さえるカレン。顔を少し赤くしたカレンを、女の子はじっと見つめた。
「……ま、迷子?」
思わずそう聞いてしまうカレン。すると、女の子はゆっくりと、こくんと頷いた。
「迷子かぁ……へー……」
更に冷や汗を増すカレン。迷子というのはわかったけれど、どうすればいいのかがわからない。
迷子センター? 警察? どっち? 慣れない状況に、カレンの脳は混乱し始めていた。
「お待たせカレン……ってわー! 何その可愛い子!?」
「ハ……ハルカ……」
ここでお手洗いを終え、現れたハルカに、カレンは思わず助けを乞うように涙目で見つめる。
それを見てハルカは一瞬ギョッとするが、すぐに表情を戻し、カレンのようにしゃがんで女の子と視線を合わせた。
「うへへっへへ……可愛いねえ……カレンの妹? ってそんなわけないよね……」
「ま、迷子みたい……」
「へー……迷子か……」
無意識に女の子を撫で始めるハルカ。それが気に食わなかったのか、女の子はハルカの手をペシっと叩いた。
「あう」
そのままハルカから距離を取るように遠回りに移動し、カレンの元にやってくると彼女に抱きついてくる。
「うえぇ……なんでぇ……?」
「撫でられるの嫌いなんじゃないかな……」
不満そうに嘆くハルカ。それを見てカレンは思わず苦笑した。
「とりあえずどうしよっかカレン……やっぱ迷子センターかな? どこにあるのかわかんないけど」
「うーん……やっぱりそうなのかな……」
ハルカとカレンは話し合いながら立ち上がり、二人同時に首を傾げる。
カレンだけでなく、ハルカも慣れない状況に頭が回転しなくなっていた。
「とりあえず……名前でも聞こう! お名前なーに?」
ハルカはとりあえず思いついたことを実行。しゃがみ込んで女の子をじっと見つめ、名前を問う。
しかし女の子は一歩踏み出し、ハルカの頭をペシっと叩いた。
「あぅ」
そして、ゆっくりとカレンの元へと女の子は戻っていく。
少し涙目になりながら立ち上がるハルカ。訴えるような目でカレンを見つめた。
「な、なんか……私嫌われてない……?」
「な、なんでだろうね……」
カレンはハルカの頭をなんとなく撫でてあやし、それを終えるとしゃがみ込んで女の子の目を見る。
「えと……名前教えてくれるかな……?」
カレンがそう聞くと、女の子は彼女をじっと見つめ──
「……アーちゃん」
と、小さくつぶやいた。
「あ、アー……ちゃん……?」
「ん……アーちゃん……」
カレンが聞き返すと、先程と同じ答えが返ってくる。
困ったように眉を顰め、カレンは立ち上がり、不満そうな顔をしているカレンを見た。
「アーちゃんだって……あだ名かな? 一人称かな?」
「……カレンばかり懐かれてずるい……むぅ」
「……えと、ごめん?」
何故かカレンにだけ懐く女の子と、それに嫉妬するハルカに囲まれ、カレンは思わずキョロキョロと首を動かす。
(なんか……変な状況……!)
とりあえずカレンは女の子を撫でることにした。すると女の子はカレンの手をハルカのように払いのける事はなく、そのまま受け入れる。
それを見たハルカは頬を膨らませる。カレンに撫でられている女の子への羨ましさと、女の子に拒否されずに彼女を撫でられるカレン。二人に嫉妬した。
「……とりあえず迷子センター行こっか。私たちじゃどうしようもないし」
頬を膨らませながら、嫉妬した事で冷静になったハルカが提案する。
「そうだよね……えと、アーちゃん?」
その提案に、頷きながら同意するカレン。
名前を呼ばれた女の子は首を傾げながら、上目遣いでカレンを見た。
「お姉ちゃんたちと……行こっか」
手を差し出すカレン。すると女の子は笑顔になり、それを手に取って──
「……うん! 遊ぶ!」
と、大声で言った。
「……おーのー」
思わずカレンはそう呟く。勘違いされた、間違いなく勘違いされた。カレンの脳内が暴れ始めた。
(どうしよ……このまま迷子センターに連れて行ったら遊びに行くと思ってワクワクしてるアーちゃん凄いガッカリするよね? ストレス溜まるよね? 私だったら溜まるよ……そしたらなんかこう、暴れたりして、不良になって、親御さんに迷惑かけ始めたりして、それの原因が私ってなって、一人の女の子の人生を破壊することになったりして……)
「ちょ……カレン? 頭から煙出てるけど……」
(そうなったらなんていうか一生後悔するっていうかトラウマっていうか気になって夜も眠れないというか考えすぎかもだけどこんなに懐いてくれ……てるのかな? とりあえず懐いていると仮定して、その場合──)
「カレンってば!」
「ひゃう!?」
俯きながら、顎を指でいじりながら、ぶつぶつと呟き続けるカレンにしびれを切らし、ハルカは叫ぶ。
我に帰ったカレンは一瞬辺りを見渡し、ハルカを見て申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめん……ちょっと、この子の今後の人生について考えて……」
「え? なんで? カレンお母さんなの?」
「ふえ!? 違うよ……ほら、このままだと将来が心配っていうか……」
「お母さんじゃん……!」
カレンとハルカが話しているのを見て、女の子は何故かハルカをペチっと叩いた。
「なんでえ!?」
驚いたハルカは女の子を見る。すると彼女は、頬を膨らませながらカレンに抱きついていた。
それを見たハルカは、何故女の子が自分を叩いたのかを理解し、ニヤつく。
「あ、なるほどなるほど……カレンってば、意外とモテるんだ……」
「へ? 今何の話?」
何かを察しているハルカに対し、何もわかっていないカレンは首を傾げる。
すると、今度はハルカが一人でぶつぶつ呟き始めた。
「……に……で……まあ……いいかも……」
「ハルカ……?」
「よしカレン! その子の親探そう! それとついでにこの子と遊んであげよう!」
顔を上げ、笑顔でそう言うハルカ。それを聞いたカレンは少し悩み──
「……小さい女の子を勝手に連れて行くって、犯罪にならない?」
と、ハルカに問う。それを聞いたハルカはポカンとした顔で──
「え、よくわかんない……」
と、答えた。
「まあ細かいことはいいじゃん! その子も遊びたそうだし!」
「私はまあ……いいけど……」
やる気満々のハルカに対し、少し不安なカレン。
カレンはチラッと女の子を見る。すると、目を輝かせ、嬉しそうにカレンを見ていた。
「アーちゃんと……遊んでくれるの……?」
と、女の子は小さな声で呟く。
「……うん。遊ぼっか」
それを見たカレンは彼女の可愛さにやられ、女の子の頭を撫でながらそう言った。
「……好き……」
すると、女の子はそうつぶやいてカレンに抱きつく。
その行為があまりにも可愛くて、愛おしくて。カレンはさらに力強く激しく女の子を撫でる。
ハルカはそれを、頬を膨らませながら見ていた。
「ズルい……」
短時間に何回も膨らませ、痛くなってきた頬を押さえながらハルカはそう呟いた。
*
夕焼けが眩しい午後の通行路。橙色の光に照らされながら、カレンとハルカは横並びになって歩いていた。
「いやーよかったよかった。迷子の子は楽しく遊べたみたいだし、その後割とすぐに親御さん見つかったし! 何もかも一件落着な上に一石二鳥みたいな?」
「そうだね……うん」
長い時間遊んだにも関わらず元気なハルカと、遊び慣れていないが故に体力が切れかけているカレン。
二人は中身のない他愛のない話をしながら、歩き続ける。
「ねね、楽しかったよね。初めてのデート」
「うん……へ? デート?」
「うん、デート」
「デート……デート?」
「デートだよ?」
「デートなの?」
「デートです」
「デートかぁ」
「……わあ!? カレンの顔が真っ赤になった!?」
驚くハルカ。彼女から顔を背け、カレンは手で顔を覆う。
カレンの脳内では、デートはカップルがするものという認識しかない。それ故、彼女はハルカからこれはデートだと告げられ、恥ずかしくなってしまった。
いつのまに付き合ったの? そう言う目で私を見ていたの? ていうかデートしてたの? カレンの脳内にどんどん疑問が浮かび上がる。
「あはは……デートっても、二人で遊びに行くっていう意味でいいんだよ?」
「……いや、なんとなくわかってるんだけど」
色々察したハルカは笑いながらカレンの肩に手を置き、ペチペチと彼女を叩く。
まだ少し顔が赤いまま、カレンは彼女に振り向き、俯きながらため息をついた。
「ほらほらそんなに恥ずかしがらなくてもいーじゃん? そだ、写真でも撮る? スマホ開いてトタチツテ……っと」
(え……なんでこのタイミングで写真!?)
ハルカの行動についていけないカレンは、またも脳を暴走させる。
どうしてここで写真? 写真ってもっと特別な瞬間に撮るんじゃないの? 写真とかマジで恥ずかしいんだけど? カレンの脳が暴走し始める。
「棒持ってくればよかったかも……ほらほらカレン笑って!」
「ひえ!? ちょ……まっ……!」
スマホを片手に持ち、手を伸ばして内カメラを自分たちに向けるハルカ。
「よっしゃ撮るよ! カレンほら笑って!」
「む、無理! 急に笑うなんて!」
カレンが叫んだ瞬間、大きなシャッター音が鳴った。
それと同時に、彼女たちの後ろから大きな物が落ちる音がした。
「……カレン。この前もこんな事なかった?」
「……あったかも」
二人は振り返らずに、お互いの顔を見合わせる。
「……見てこれ」
ハルカがスマホの画面を確認してそう呟く。ゆっくりとカレンの目前までスマホを持って行くハルカ。
カレンがスマホを見ると、画面に映っていたのは笑顔のハルカと変な顔のカレン。
それと、気持ち悪いバケモノ。
「……振り返んないとダメかなぁ、カレン」
「……多分」
二人は再び顔を見合わせ、小さな声で喋る。
そして口を閉じて、小さく頷いて、同時に振り返った。
「ハムエグ」
振り返った先に居たのは、とても大きなバケモノ。
全体のシルエットは人間に似ている。顔はナマハゲ、身体はカブトムシ、腕は猫で足は鶏。
「ほら居たー! 倒してカレン!」
「う、うん……!」
ハルカの絶叫。それを聞いたカレンは急いでカバンの中を漁る。
しかし、約十秒経つと、カレンは青ざめた顔でハルカを見た。
「……忘れちゃった。指輪」
「……指輪って?」
「……変身するのに必要なの」
「へぇ……ぇええ!?」
驚くハルカを見て、カレンはつい涙目になる。
私のせいでハルカが傷付いたらどうしよう。なんで指輪を忘れるんだろう私のバカ。魔法少女の意味ないじゃんアホ。ネガティブな想像と自身への罵倒がカレンを追い詰める。
「な、泣かないで! 逃げよ! 逃げればセーフ!」
「うぅ……ごめんなさい……!」
「い、いいって気にしてないって! ほら逃げよ!」
涙目で俯きながら指をいじるカレン。そんな彼女の手を無理矢理取り、ハルカは走り出そうとする。
「ハムエグ」
それを見たバケモノはゆっくりと動き出し、ハルカたちを追いかける。
走っているハルカたちに対して、バケモノは歩いているが、歩幅の違いで歩く速さに差はない。
徐々にハルカ達に追いつくバケモノ。そしてバケモノは足に力を入れ、しっかりと地面を踏み締め──
「ハムエグ」
大きく飛び上がり、ハルカ達の目の前に着地した。
「ひょえ……!」
「ごめんハルカぁ……」
驚くハルカ、泣き続けるカレン。そんな二人を見てバケモノは腕に力を入れ、拳を振るう。
「駄目だよ、こんな弱々しい子たちいじめちゃ」
その瞬間、バケモノの腕が切られた。
大きな腕は大きな音を立てて地面に転がる。
そして次の瞬間、バケモノの首も同じように地面に落ちた。
「……ふう。大丈夫?」
ハルカとカレンをバケモノから助け、彼女たちの目の前に現れたのは一人の女性。
まるで映画のお姫様を思わせるキラキラと輝いているブルーのドレスを着ていて、髪型はボブショート。そして、そんな可愛らしい見た目に似合わない、大きな剣を片手で持っている、不思議な少女。
カレンとハルカは一目で察した。
この少女もカレンと同じ、魔法少女だと。
「大丈夫だった? じゃあね……」
それだけ言うと少女は立ち去ろうとする。
「ま、待って!」
そんな少女の手を取り、引き留めたのはハルカ。
それをカレンは驚いた顔で見ている。
「えっと……何?」
不思議な顔をして首を傾げる少女。それを見てハルカはビシッとカレンを指差し──
「あの子も魔法少女なんです!」
「ぶえ!?」
ハルカはカレンが魔法少女だと言うことを伝えた。
カレンと少女は驚いた顔をしてハルカを見る。何故か自分に注目が集まってハルカは少し恥ずかしくなる。
「えっと……あ、そうなんだ」
どう反応すればいいのかわからない少女は首を傾げたまま、そう呟く。
一方カレンは顔を真っ赤にしながら、ハルカの背中をペチペチ叩いていた。
「べ、別に言わなくてもいいじゃん……いいじゃん……」
「あ、えと……ごめん。つい勢いで言っちゃった」
ペチペチ叩き続けるカレンに、手を合わせて謝るハルカ。
そんな二人のやりとりを見て、少女は小さく笑い、変身を解く。
変身を解いた少女は見た目が大きく変わっていた。ブルーのドレスはシンプルな半袖のシャツとスカートに。髪型は少しボサボサな長めのストレートヘアに。
「二人ともアイス好き?」
仲良さげに叩いたり謝ったりしているカレンとハルカに、少女は提案をする。
それを聞いた二人はしばらく顔を見合わせてから、力強く頷いた。
*
少し暗くなってきた頃。コンビニの前でカレンとハルカと少女はアイスの袋をほぼ同時に開けた。
「やっぱソーダ……ふふん……」
アイスを見るなり恍惚とした表情を浮かべ、パクリと一口齧る少女。
口の中でアイスを噛まずに舐めて溶かし、その味を堪能し、笑顔を浮かべた。
「美味しそうに食べるね……」
そんな少女を見てハルカは呟く。
「好きなんだ……家に三十本くらいあるよ」
ドヤ顔で少女はそう言った。
「家にあるのに外でも食べるんだ……」
カレンは少し引き気味にそう呟いた。少女にそれは聞こえておらず、変わらず笑顔でアイスを食べている。
「それにしてもカレン以外にも魔法少女って居たんだね……びっくり。カレン知ってた?」
「ううん……」
「私は噂には聞いてたよ、すごい強い魔法少女が居るって」
三人それぞれ各々のタイミングで、アイスを齧りながら話を続ける。
「そういえばお名前は?」
「ん? 言ってなかったっけ。青柳瑠璃だよ」
「へー! よろしく!」
楽しげに話すハルカと瑠璃。
しかし、カレンはイマイチ二人に馴染めず、何も喋らずにアイスを食べ続けていた。
(話に入るタイミングがうまく掴めない……)
俯きながら、二人には聞こえないように、カレンはため息をついた。
「中学はどこなの? 瑠璃ちゃん」
「えっとね……東西中」
「あー私たちと真反対! 惜しいなあ……同じ学校だったらもっと仲良くできたのに!」
「連絡先交換しとく?」
「うん! しよしよー!」
旧知の仲のように、親しげに話すハルカと瑠璃。
ハルカのそのコミュ力がカレンはとても羨ましかった。別になくてもいいけど、と言い訳しながらハルカを羨ましそうに見る。
「そういえばさ、カレンちゃん……だっけ? カレンちゃんって魔法少女なんでしょ?」
「うぴぃ!? そ、そうです……」
突然話しかけられ、変な声を出しながらキョドってしまうカレン。そんな自分の行動に恥ずかしくなり、顔を赤くしながら顔を上げ、瑠璃を見る。
「魔法少女だったらさ……なんでさっき変身しなかったの?」
それを聞いて、カレンは先ほどの失態を思い出し、涙目になる。
(うへぇ!? な、なんでなん……!?)
突然涙目になったカレンに驚く瑠璃。自分が何か失言をしてしまったのかと思い、急いで手を合わせ謝ろうとする。
「カレンね、指輪忘れちゃったんだって。別にそんな気にしなくてもいいのに……もう」
と、ここでハルカがフォローを入れた。
カレンを撫でながら、ぎゅっと抱きつくハルカ。それで嬉しくなり、カレンは少し笑みを浮かべながら、目を服の袖で拭う。
「指輪忘れか……あるあるだね、カレンちゃん。しょうがないよ」
瑠璃もフォローを入れる。その結果、カレンは完成に笑顔を取り戻し、改めてハルカに謝った。
ふと、瑠璃は自分のスマホを取り出し、時間を確認する。
スマホの画面に表示された時刻は午後六時半。瑠璃は少し驚い顔をして、アイスの最後の一口を齧る。
「ごめん、そろそろ帰らなくちゃ……」
「あ、本当だ。もう結構遅いね」
ハルカもスマホを取り出し時間を確認する。それに続いて、カレンもなんとなくスマホを開いて時間を確認した。
「よし……じゃあねカレンちゃん、ハルカちゃん。また会おっ」
「うん。じゃあね瑠璃ちゃん!」
「またいつか……青柳さん……」
手を振りながら、カレンとハルカから去っていく瑠璃。
少し離れると彼女は手を振るのを止め、カレンとハルカに背を向けながら歩き出した。
「……私たちも帰ろっか、カレン」
「……うん」
ハルカの提案に、カレンは頷きながら同意する。
お互いほとんど同時にアイスを食べ終え、カレンは棒を手に持ち、ハルカは棒を咥えながら歩き出す。
「明日は日曜だから……カレンに会えるのは月曜日かぁ……うぅ、一日会えないよお……」
「べ、別に一日くらい良くない……?」
「あーひどい! 私はこんなにカレン好きなのに!」
「……外じゃなるべく抱きつかないで」
「やだ!」
「わぁ……即否定……」
他愛のない話を仲良さげにしながら、二人は家路に着いた。
*
「……まさか若井さんが魔法少女だったなんてね」
暗い路地裏、フードを深く被った少年が笑みを浮かべながらそう呟く。
「魔法少女が存在するのは知っていたけど……クラスメイトだったとは驚きだよ」
少年はスマホのメモアプリを開き、歩きながら何かを打ち込む。
ある程度打ち込み終えると、慣れた手つきで画面を暗くしてポケットの中へとスマホをしまった。
「吾妻さんは魔法少女なのかな……青柳さんって人は違う学校みたいだし……あまり気軽に絡めないな。会う機会も無さそうだし」
少年は自身の顎を指でいじりながら、ぶつぶつと呟き続ける。
「魔法少女かぁ……知りたいなあ、面白そうだから」
少年は肩を小刻みに上下させ、小さく笑う。
「月曜日が楽しみだ……」
そう小さく呟き、少年はフードをさらに深く被った。




