古メモランダム(3)
ローは羽ばたいていた。
(俺は、――あの娘に会いたいのか?)
自問自答する。
何もかもどうでもいいと判断してきた自分らしくないというのは百も承知だった。だが、柚葉という娘にあった後、彼女の事を何度でも思い出していた。
弟のオースティンにも、親にも興味を示さないローがだ。
興味は確かに湧いた。侮っていた人間に高貴な魔族だと見破られ、その事実に驚愕もした。だが、娘が何者なのか知った今、興味はもうなくなっているはずだった。過去のローならば。
飛びながら考えるロー。娘の話に、あまりにも酷いと、そうも思った。しかし、ローならば、どうでもいいと切り捨てるだろう。そうやってローは生きてきたのだ。例外なんて、あるはずもなかった。
人間に会いたいと思うなんて、魔族、ましてや魔族の王太子が考えていい事ではなかった。
だからローは実感する。自分は、異質な魔族なのだと。
◇◇◇
ローは変わらず飛翔していた。人界を目指してだった。
人界に行ってみれば少しは気分も変わり、満足するのではないかとローは結論を出していたのだ。
本音を言えば、『北都市・玄武』まで行きたかったローだが、都市というほど人が多ければ飛翔しているところを見られる可能性が高いと考えたのである。その上、都市と呼ばれる場所ならば聖族が巡回している事も考えられた。リスクが大き過ぎたのである。
玄武に歩いて行くには人界の端から人間の足で2ヶ月かかると村娘も言っていた。魔法を使って駆けたとしても、せいぜい1ヶ月になるだけだろうとローは思った。
北に位置する魔界からただ南へと向かった昨日とは違い、南西に向かったローは、地上に降りて魔界と人界を隔てる広大な海を見つめた。この広大な海を越えれば人界である。
魔界と人界の境目から吹く風がローに触れて、魔界の領域に流されていく。サァッと風が髪の間を通った。魔法で色を変えた、少し汚れた白いマントが風によって踊る。
柚葉という娘に出会った昨日を思い返す。そして、ローは彼女と会話をしたいという事実を、静かに感じていた。
『ソファの最後の言葉が離れない。
いや違う。離したくない。ソファの声も言葉も。』
『泣かないで。私が望んで一緒にいたんだから。そんな顔しないで。』
『ソファの姿を永遠に刻みたい。もう会えなくても、ソファは我の全てだったんだ。』
『ソファのいない悲しみがずっと残り続ける。それは考えなくても分かる。』
『それでも、ソファと共にいた思い出を忘れたくはない。』
そう綴られた文字に、目を通す。
オリヴァーは、書庫に存在している多数の手記を読み返していた。
その想いに触れれば触れるほど、人と歩む事を禁忌とした結果の現在の状況を、オリヴァーは憂いた。
魔界に踏み込んだ人間を処刑するのは当たり前であり、必要であれば容赦なく利用する。この手記を書いた魔族の想いは、魔界にはもう残ってはいない。その想いに共感して行動すれば、異端者として扱われる。
オリヴァーは、胸を痛め続けた。




