古メモランダム(2)
オリヴァーはローを家の中に招き入れた。
オリヴァーの部屋に案内され、ローはソファに腰かける。
それを見届けると、オリヴァーは待ってろ、と声をかけて部屋を去った。
「…………」
わずかな時間の静寂。
周り目を向けることなく、ローは待っている。そして、オリヴァーは1つの手記を持って来た。ローが立ち上がる。
「コレは」
「初代魔王の祖先が書いたモノらしい。直筆だ」
オリヴァーはそう言って、手記を手渡した。
「……」
受け取ってすぐに手記を開こうとすると、オリヴァーにソファに腰をかけるよう促される。ローが素直にソファに腰かけた。
「――――」
改めて手記を開き、ページをめくる。
その文字は、滲んでいた。――その本に書かれていた内容は、以下の通りだ。
1つ、共に旅をした人間が好きになっていった魔王の祖先のこと。
2つ、人間の老いが早いこと。人間は魔族とは違い、か弱いこと。
3つ、伝説の生き物、ドラゴンと遭遇した際、人間を死なせてしまったこと。
そして――
『魔族と人間が共にいれば、不幸になる。寿命も、丈夫さも、魔法の強さも違う。分かり合えても、魔法の作用1つで人間は死ぬのだから。ソファのように。
我らに治癒魔法は使えない。それは、聖族が使う魔法故に。人間を生き返らせる事も、叶わない。我らは、人と共には歩めない。』
『2度とソファのような人間は作らない。人と魔族の道行きは交わらない。そのための、国を作る。ソファの親族に憎まれている我は、もう人の世には行けない。だからこそ、もう2度とソファを作らない。それをここに誓う』
最後に、そう記してあった。
「…………」
読み終えたローは沈黙の後、言葉を零す。柚葉という人間の娘の事を、脳裏に浮かべながら。
「……人界に行くのが禁忌なのは、この内容が始まりだと?」
手記を閉じて、持ち主であるオリヴァーに返しつつ訊ねる。
「だと思ってる。少なくとも、オレはな」
手記を受け取り、オリヴァーは肯定した。
「――人と共に歩まないように、禁忌にしたって言うのか?」
ローは再び疑問を口にする。
「内容からはそう読めるけどな」
オリヴァーは自分の意見を話す。
オリヴァーはローの疑問の答えを持っているわけではなかった。
それは彼が生まれる遥か前の話で、オリヴァー自身、その手記の内容に関わっているわけではないのだから。
「コレは、何故ここにある」
けれど、自分の元へ訪れ、疑問を口にするローは答えを求めている。であるならば、できる限り力になってやろうと、オリヴァーは自身が知っている事を答えていった。
「内容を認めたくない輩がいたんだろうさ。かと言って、直筆の手記を消すこともできない。オレの家系は、昔は魔王の右腕だった時期もあるらしいからな。受け取ってても不思議はないだろう」
「……そうか」
「で、用は済んだのか?」
ローの言葉に、オリヴァーが確認する。真意を読み解くように。
「ああ」
「……オマエ、なんか変わったな」
「何がだ」
オリヴァーの言葉にローが反応する。
「いや、こんな手記に興味が出る時点でおかしいだろ。そもそも、オマエは誰にも興味がないようになってたけどな」
少なくとも、心を殺している時には、気にもかけていなかったはずだと、オリヴァーは内心思った。
「……そうだな」
ローの肯定は、静かなモノだった――
自身の変化を、そのオリヴァーの言葉で飲み込むのである。
『お止め下さい!! 陛下!!』
そう、オリヴァーは昔、魔王に抗議した。好奇心から魔界に迷い込んだ人間を、処刑するという決定に。
多くの部下に信頼を向けられるオリヴァーは、実力も兼ね揃えていた。魔族の王太子であるローには及ばずとも、若くして将の位を与えられるほどに。
だが、魔王に抗議したオリヴァーは、位のある者から疎まれていた事も相まって辺境地に飛ばされる事になったのである。
「……――辺境地を任されたとしても、それでも人間の処刑に反対した理由――それがこの手記にはあったということか」
そう口にしてソファから立ち上がるロー。オリヴァーがその言葉に耳を疑った。
「邪魔をした」
そう残してローは部屋から出ようとする。
「ちょ、待てよおい!」
オリヴァーの呼びかけに、ローは立ち止まる。
「オマエ、何かあったのか――」
「――壊れている、それだけだ」
「……」
オリヴァーはローの反応にすぐ理解した。
「オマエが壊れているなら、オレはどうなんだよ。――オレも壊れてるのか?」
オリヴァーは続ける。
「人を愛した魔王の祖先がいたくらいなんだ。異質なだけで壊れてる? そんな話、バカげてるな」
「……」
ローはオリヴァーの言葉に沈黙した。その感情が安堵である事は、ローには解らない。
オリヴァーが辺境地に来ても変わらずにいた事実に対して、ローは安堵したのだった。
「――オリヴァー。おまえは、そのままでいろ」
「あ、おい!」
ローは部屋のドアを開けて、足早に出て行った。
ゆるゆる更新となりますが、評価ポイントが増えていました。とても嬉しい限りです。本当に、ありがとうございます…!!!
そして、感想ですが、なろうにログインしていなくても書けますので、気軽に置いて行って貰えたら幸いです!
今後の糧にして参ります。是非、感想もよろしくお願いいたします!