古メモランダム(1)
(…………)
ローは思考していた。らしくないと考えて、思考を停止しようとすればするほど、脳内が動いてしまう。
大浴場から自室までの道を歩く足取りは重い。顔も陰る。下を向きながら、ローは歩みを進めた。
(……これだけの力を持ちながら、自身を守ることだけが叶わない……か)
魔界を守護し、魔族の暮らしを護り、聖族を抹殺する力を持ちながら、己の心だけは守れない。何とも惨めな話だと、ローは思ったことだろう。
「――殿下、どうかされましたか?」
その声に、無表情のまま顔を上げる。
「……リアム卿……か」
ローの口から、その人物の名が零れる。
薄い金髪と、翡翠の瞳。リアム・テイラーがそこにいた。
「何かありましたか」
「……何もない」
そう答えれば、リアムはローを見つめたまま言葉を通す。
「殿下、見るからに様子がいつもと違いますが」
「…………」
「ご気分でも優れないのですか? でしたら、私めの部屋で休まれてはいかがでしょう。お茶をお入れします」
「…………」
「――無理にとは申しませんが……その場合、殿下の自室まで付き添ってもよろしいですか?」
ローの様子を見て、リアムはそう口にした。
「……好きにしろ」
ローは短く答えると、自室までの道を進む。
自室を目前とした時だった。無言で進んでいたローが言葉を零す。
「……人界へ行くのが禁忌なのは周知の事実だが、――何故そうなったのだろう……な」
「――――」
疑問を口にするローに、リアムは耳を疑った。内容もそうだが、疑問を放つ姿がリアムの中で想像できなかったからだ。
(本当にどうなされたんだ、殿下)
何時も冷静で、適切な判断を下すローの姿を見てきたリアムからすれば、疑問を放つローの姿は驚きと心配を生む。
「……いや、戯れ言だ。気にするな」
ローはそう口にすると、自室に入ろうとする。
「あっ、殿下! お待ちください!」
ローが足を止める。
「殿下が何をお考えなのか、私めには分かりません。――しかし、その問いに対して返すのであれば、過去の資料が役に立つのではないかと、このリアムは思います」
リアムの言葉に、ローは心の中で考える。
(過去の資料――)
そして、ハッとした。記憶の中にあったモノが呼び起こされる。
「殿下――!」
「付き添いご苦労だった。自室に戻れ」
自室に入らず、足早にローは歩き始め――リアムに対して言葉を残すと去って行く。
「殿下――」
残されたリアムは、距離が離れていくローの姿を見つめ続けた。
ローは大図書館にいた。
(……)
人界に行く事が禁忌になった理由を探していた。
いつだったか、噂を聞いた気がする。昔、国ができるより遠い昔の事、魔王の祖先と人間は、共に歩んだという歴史がある、そんな噂をだ。
初代魔王より前の内容を記した本を、ローは探した。
ローは歴史の本が並ぶ場所を探したが、多くの本があり、図書館長に訊ねることに決める。
「噂程度のモノだ。魔王の祖先と人間について……その噂の元を知りたい」
図書館長は、ローの言葉にしばし沈黙した後、答えた。
「手記があると聞いたことはあります。しかし、ここには保存されていません。代々、保管している家系があるというのは、聞いたことがありますが」
「……ソレは、誰から耳にした情報だ?」
「……ゴッドスピードの友人から……だった気がしますが」
「……。それは、ゴッドスピード家か? 辺境地を任されたオリヴァー卿の?」
「左様です」
「そうか。邪魔をしたな」
ローは図書館長の言葉を聞いて、その場を去った。
そうして、夜は更けていく。
「オレには会わないように言われてるんじゃなかったか?」
いきなり、自宅を訪ねてきたローにオリヴァー・ゴッドスピードはそう口にした。
彼の家には使用人がいないのか、それとも、彼が自ら客人を出迎える気質の持ち主なのか……おそらく後者なのだろう。そこそこの地位にいて、彼の振る舞いは下の者から親しまれている。それならば、使用人がいないはずもないからだ。
「……用があったから来た。おまえが魔族らしくない理由を見に来たんだ。おまえの家系が保存してるんだろう」
会話するのはいつ以来だったのだろうか。
オリヴァーはその気質から下の者に親しまれ、逆に同じ立場の者や上の者達から疎まれていた。
そのため、ローにとって稀有な魔族であるが、彼と会話をする機会は昔ほどなかった。
「――――」
オリヴァーは珍しいモノを見たような目をする。オリヴァーの視点からすれば、自分を訪ねて来ただけでも驚きだった。それに加え、『魔族らしくない理由を見に来た』と今までの淡白なローからは想像もつかない言葉を聞いたからである。
「……何のために、だ?」
ローの真意を知るため、じっと見つめてオリヴァーが訊ねると、その視線を受け止めながらローは答える。
「それを話すつもりはない。俺に見せたら問題でもあるのか」
ローの意図は判らずじまい。
少しの間沈黙が続いた後で、オリヴァーは肩の力を抜いた。
「……たく。ロー殿下の頼みだ。喜んでみせてやるよ」
お久しぶりです。
この作品だけでも、文字として完結させたい。そう、ずっと思っていました。
しかし、当時はスランプになってしまい、何ヶ月も満足のいくように文章が書けませんでした。その後も、試行錯誤してはボツを何度も繰り返しました。
時が経ち、ようやく、続きが書けそうです。
大変お待たせいたしました。ゆるゆるとになりますが、続きを可能な限りで綴っていきます。
長い目でお付き合い頂ければ、本当に嬉しく思います。
今後ともよろしくお願いいたします。