運命エンカウンター(3)
ローは人間に見られたとしても魔族だと気づかれないように、距離が遠い場所、遙か彼方の上空へと飛び上がる。そして聖族の住む天の領域、聖界に近づき過ぎない位置まで飛び上がると、物凄い速さで人界を後にする。――もう2度と会えないだろう、桜咲柚葉と名乗った娘の事を考えながら。
ローは口止めすらしなかった。口止めをしたところで無駄だと思ったからだ。人間は聖族に加担する。ならば、魔族を見つけた人間は遅かれ早かれ聖族に報告をする。そうなれば、同じ場所に再び行くことは聖族と殺生になることを意味する。
負けはしないだろう。しかし、それはいつものうんざりした日常と変わらない。たまたま場所が人界に変わっただけにすぎないからだ。
ローはだからこそ、もう2度と会えないだろうと思ったのだ。
ローは凄まじい速さで飛びながら考えていた。
『……あたしは――魔導の天才なんかじゃなかった』
『人間は天才だと勝手に言って期待した。そして、それ以上の才を目にすると、魔女と、鬼才と言って忌み嫌った』
『おまえが魔族だと見破れたのも、その才能のせい』
そう、柚葉という娘の言葉を思い返す。
(本当だとしたら、醜いな)
ローは何処もかしこも醜いのかと思う。
(美しいモノなど、あるはずもなかったか)
馬鹿げているな。と心底思う。少しの希望もこの世界にはないのかもしれないと、そう思った。魔族と忌まわしき聖族、2つがダメなら人間ならば――と、心の片隅で思っていたのである。
しかし、娘が嘘をついているとも思わなかったローは何処であれ醜いのだと思った。
(美しいモノ――か)
あたしは、魔法なら何でも解析できるから。そう言って振り返った、どこか儚げだった娘の顔を思い出す。
内面の醜さと、美貌が混ざった姿をした母親とは違う、純粋に綺麗な造形の容姿を娘はしていた。その姿は美しいモノなのだろう、とローは思う。しかし、そんな娘は魔女と呼ばれ、鬼才と忌み嫌われている。それが娘の顔をどこか儚げにしたのだとしたら――それはあまりにも酷いのではないかとローは思った。
心の傷は拭えない。ローの歳にもなればそんな事は当たり前のように知っていた。
魔王になるべくして育てられたロー。彼は幼い頃に殺生の味を知らざるを得なかった。それは幼い彼の心から希望を奪い、深い傷として残ったのである。その日々を堪えるには命の重さを忘れるしかなかったが、初めて聖族を殺めたその瞬間を忘れることは出来なかった。
娘がそれほどのトラウマとは言いはしないが、少なからず心の傷がどういうモノか理解出来るローはその酷さを考える事が出来たのだ。
(……俺は、やっぱり壊れているのか)
聖族との長きに渡る争いを意味がないと思い、聖族を殺める事で疲弊する。そんな自分は魔族らしくないとローは心底思った。
「殿下、お帰りなさいませ」
アレンと交代した警護兵が自室まで行くと出迎える。彼の名はレオと言った。
「ああ」
「お食事をお持ちするように言いますね。少々お待ち下さい」
ローが返事をすると、そう言ったレオは念話の魔法を使う。ローはそれをよそに自室に入る。少し汚れた白いマントを脱ぐと、クローゼットに仕舞う。そして室内用のマントを羽織った。マントの色は貴重な色、金青で、王太子に相応しい上質なマントだった。
自室に運ばれて来た食事を終えた後、ローは大浴場へと赴く。1人、湯に浸かりながらローは考えていた。
(いっそ人間として生まれていれば――)
そんな断罪されるだろう事まで考える。自身の目で確かめた人間の世界は、平和と呼べるモノだった。どこでも醜いのなら、いっそのこと平和な場所に生まれたかったとローは思ったのだ。そうすれば、こう疲弊する事も、殺生もしなくて済んだに違いない。
(魔族の王太子――か。心底、馬鹿げているな)
ローは自身の出生を呪った。
(……俺らしくもないな)
何もかもどうでもいいと判断してきた自分らしくないと、考えた後、ローは静かに思った。
何を呪っても、現状は変わらない。そう知っていたからこそ、全てを諦めたのだ。心を失ったのだ。ローは、らしくない。と再度思うと、湯船から立ち上がった。
これが、ローの中で生まれてしまった変化だった。