運命エンカウンター(2)
「……そこまで判っているなら、惚けても無駄だな。……で、何者だ、あんた」
人間を真似て丁寧だった口調を崩し、ローは真っ直ぐ娘を見つめる。
そんな様子のローから娘は視線を外した。そのまま、娘が右手の人差し指をくいっと伸ばしてから曲げると、ローの手から金属製の小物が浮かび上がる。そして、それは消えたと思うと、娘の手の中に収まっていた。
娘はローの問いに答える事なく、その金属の小物を弄り始める。
「何故俺が化けていると判った? 人間に見破られる、そんなことはあり得ないと思っていた」
「……」
やはり娘は答えない。娘は複雑に絡み合った金属の小物を、1つ1つ取り外し始める。
「……高貴な魔族と言ったな。なら、その高貴な魔族の俺が恐くないのか」
ローの言葉に娘が眉を寄せ、眉間に皺を作る。そしてようやく娘は口を開いた。
「おまえが怖い? 魔族って言うのは人間が自分らを恐れるのが当然だと、そう思ってるように聞こえるんだけど?」
「力のある人間なら、下民の魔族程度なら恐れないだろうな。でもあんたは俺を高貴な魔族と断定した」
「なら恐れるのが当然だと言いたいわけ」
そう、娘はローの言葉の先を口にした。
「敵意を感じない相手を恐れろ、って言う方が可笑しいと思うわ」
「……そうか。――そうだな」
娘の言葉に、ローはそう漏らす。確かに、ローは娘に対して敵意も殺意も持っていなかった。
娘は金属の小物を全て取り外すと、つまらなそうにそれを見つめた。
「まあいいわ、なんでココに来たのか知らないけど、用がないなら出てってくれる」
娘はそう言うと、ブランコから立ち上がる。
「……それは用があるなら居ていいって言葉にも聞こえるが」
ローがそう口にすれば、んなわけない。と娘が反応する。
「なら質問に答えろ。そしたら出て行く」
ローは静かにそう言った。
(質問……)
娘はローの言葉に一瞬考えると、口を開いた。
「いいわ。暇潰してーどに答えてあげる」
そう言うと、娘はローから見て右の方に歩いて行く。その先には竈があった。ローはそれが竈という事も、どういう物なのかも知らないが。
竈の横には大量の枝が置いてある。娘は側に行き枝を拾うと、竈の下部に枝を突っ込み始めた。
「……何をしてる?」
「――それが質問?」
ローの言葉に、違うことを解った上でそう言う娘。
「いや違う」
ローがそう言う間も、娘は枝を突っ込んでいた。そして、最後に入れる枝の先に魔法で火をつけると、それを竈の下部に入れる。すると、火が竈の中で広がっていく。
「これも質問ではないが、それは何だ? 火を起こしてどうする?」
ローがそう問いかけると、娘が魔法でテーブルを用意してから答える。
「まだ太陽昇ってるけど、これから夕方でしょ。夕飯作るわけ」
そう言われて納得するロー。魔王に報告をしたのが昼時。それから大浴場に行き、昼を食べてから遠過ぎる人界まで来たのだ。もうすぐ夕方なのも当然か。とローは考えた。
「質問する気がないならどっか行けば」
娘がそう口にすると、ローは1度言っていた問いを繰り返す。
「何故俺が魔族だと判る? 魔女ってのはあんたのことだろう。それと関係あるのか?」
(魔女……ね)
娘は心の中で自嘲気味にそう零すと、口を開こうとした。
「……あたしは――魔導の天才なんかじゃなかった」
(むしろもっとタチが悪い)
そう娘は思いながら続ける。
「人間は天才だと勝手に言って期待した。そして、それ以上の才を目にすると、魔女と、鬼才と言って忌み嫌った」
(誰にも、もう期待しない)
「おまえが魔族だと見破れたのも、その才能のせい」
あたしは、魔法なら何でも解析できるから。そう言うと、娘は初めてローを振り返る。
「おまえが人界にきた目的は? 問いには答えた。それくらい知ってもいいでしょ」
(人とは思えないほどの才能……鬼才、か)
ローはそう思いながら、口を開く。
「俺がここに来た目的、だったな。変わらない日々にうんざりした。それだけだ」
「変わらない日々?」
「聖族と当たり前のように争う日々のことだ。……邪魔したな」
そう口にして、ローは無体にしていた翼を現した。漆黒の闇の翼が、実体化する。同時に、瞳も元の緋色に戻る。
「ああ、そうだ。――あんた、名は」
美麗な濃い赤の瞳を向けて、ローは問う。
「――桜咲。桜咲柚葉」
「そうか、俺はロー」
達者でな、ゆずは。そう零すと、ローはその翼で上空へと舞い上がり、更に上へ上へ羽ばたいていく。
そうして、姿が見えなくなる程上空に行ったローを確認した柚葉は、変な魔族……と零したのであった。