運命エンカウンター(1)
拍子抜けだった。目の前の娘が魔女と呼ばれる人物だとしたなら、期待外れだと。
(……馬鹿げてるな)
何を期待していたというんだ、そう自嘲した矢先だ。娘から発せられた言葉にローは耳を疑った。
「魔族が化けて人界になんの用なわけ」
(!?)
ローは娘の言葉に心底驚いた。だが、殺生をしに来たわけではないローは、すぐに惚ける。
「なんのことですか? 私が魔族? たとえ魔族だとしても1人で人界に入るのは無謀なのでは?」
そう話せば、顔色を変えずに娘は反応する。
「……だから目的を訊いてるんだけど? そうまでして人界に来る目的……多少は気になるわ」
「ですから、私は魔族ではなくただの旅人です」
ローは観念せずにそう答えた。すると、娘はブランコから降りて立ち上がる。娘の背は高く、176㎝あるローと背丈はあまり変わらないように見えた。
「──人間だと言うなら、ここに踏み入るな。出て行け」
娘はそう言うと後ろにある建物に向かって歩く。
「待ってください! あなたが魔女なのですか──!?」
ローがそう口にすれば、娘は振り返る事もなく、……興味無いわ。と一言零して建物に入って行ってしまった。
ローは娘の入って行った建物を見つめながら考える。魔女と呼ばれるくらいだ、どれほど不気味な女なのだろう。と思いつつ来てみれば、いたのは若い娘1人。娘が魔女なのだとしたら、イメージと違うのは当然だった。
しかし人間の気配は建物に入って行った娘の他にはなく、娘が魔女と呼ばれているのだろうことは推測できた。
(参ったな)
娘は自分が魔族であると断定した。様子を見るに、魔族ではないと言った言葉も信じていないだろう。
ローは困ってしまった。何事にも興味がなくなっていたロー。しかし、娘に興味が出てしまったのだ。
魔族に狩られる側の種族と侮っていた人間に、魔族と見破られた衝撃が大きかったのか。それともただの気まぐれか。どちらにせよ、娘に興味を持ったローは次の行動をどうするか考える。
魔族と見破られた今、娘にそのつもりがあるかは解らないが、聖族に報告されたら多少は厄介だ。
(誰だろうと殺られはしないが)
ローは知っていた。自身の力を。喩え聖族でも、聖女王や王太女程の力を持たねば止める事すら出来ぬだろうと。
最悪の場合殺生にはなるだろうが、逃げる事は出来るだろう。殺生をするつもりはないが、それよりも魔女と呼ばれる娘に興味を持ってしまったローは、彼女と話す事を優先したのだった。
ローは村の住居と大分違う建物に、娘が魔法で創ったのだろうかと考えながら建物に向かって歩き出す。
ローはその住居の名前を知らなかったが、村の住居は竪穴住居と呼ばれるモノだった。それに対し娘が中にいる建物は魔界の建物を彷彿とさせる。まさに近代的だ。森の中にある建物として不自然なくらいには。
ローは建物に近づく途中、切り株に何かが置かれているのに気づく。金属製の小さなそれをローは手にする。
(これはなんだ──?)
初めて見るそれに視線をやる。複数の金属が複雑に絡み合っていた。
用途の判らないそれを色々な角度で見るが、それが何かは判らない。訊ねる方が早いだろう、そう思って、それを持ったまま建物の玄関へと近づいたのだが。
「人間なら出て行けと言ったはず」
(──!!)
後ろから娘の声がしてローはバッと振り返る。すると、そこにはブランコに腰を掛けてこちらを見る娘がいたのだった。建物の中から一瞬で移動した気配に、ローは目を見開いて娘を見つめる。
「瞬間移動の魔法……」
「……ただの旅人が魔導の心得があるわけ? 違うわな」
惚ける事は出来る。都市部の人間なのだと話せばいいだけの事だ。だが、娘は既にローが魔族だと断定している。ローは娘に質問をするために口を開いた。
「何故私が魔族だと思われるのですか?」
「魔法で隠してるけど魔族特有の禍々しい魔力を感じる。それも強大な。その上、わざわざ姿を変えて化けてる」
で? 結局高貴な魔族が人界になんの用なわけ。と娘は続ける。
「…………」
ローは沈黙した。全て見破られている。その事実に驚愕したためだ。
ローは心の中で笑みを零した。余計、目の前の娘に興味が湧く。
侮っていた人間に、全て見破られる。そんな事は有り得ないと思っていたためだ。
人界に来た当初は、魔族特有の魔力を隠せているか心配はあった。しかし、魔族だと分かったとしても、高貴な魔族である事まで見破られるはずもないと思っていたのである。
見破られたとしても、聖族の守護する人界に入る。そんな無謀な事をする魔族がいるのか、そう思われ、聖族と戦闘になるだけで終わると思っていたからだ。