退屈エブリデイ(2)
魔界と人界の境目近くには魔族も人間も住んでいない。そう書物に書かれていた内容は本当だった。
広い森を抜けても人里はなく、荒原が広がっていた。魔獣や魔物などの例外を除き、普通の生物が生息出来ない魔界の荒野とは違い、ただの荒れた野原の様子がローの目に映る。
仕方なく魔法で速度を速くし、荒原を駆け抜けることにした。そうして常人ならぬ速さで広大な荒原を駆け抜ければ、今度は山脈が連なっていたのである。
確かにこれなら魔界の生物に襲われることもないか。そう人界の地形にローは納得した。
(面倒だな)
さすがに連なった山脈を徒歩で越えるのは魔法を使っているとしても骨が折れる。仕方がなく、無体にした翼を実体化させ空を越えることにした。
最後の山を越え、人に見られて殺すことにならないよう、念のため山を下りる途中で翼を畳み地に下りた。そして再び翼を無体にした。そして少し汚れた白いマントを羽織った姿のまま下山する。
(――またか)
目の前に広がる森に、いつまで経っても人里に辿り着けないな。と思う。魔法で森を駆け抜け、光が見えるとスピードを落として止まった。
そうして森を抜けると、そこは広がる田畑で。人が作業をしていた。広がる田畑の先、遠くに建物が見える。ローは軽くだが思う、ようやく人間の住む集落にやって来たのだと。
魔族英語が伝わる地域なのか解らなかったローは、念のため通訳の魔法を使う。そして田圃道を通り、それなりの距離を歩いて建物が並ぶ村へと入る。村を見ながら歩いていると、村娘に声を掛けられた。
「その格好、旅の方ですか?」
「そのようなモノです」
何も言われない状況を見るに、魔族特有の魔力も隠せているのだと判って少し安堵した。人界に来てまで殺生をする気はなかったからだ。
「そうですか。こんな辺境の地まで遥々と――お疲れなら休んで行きますか?」
「いえ、お構いなく。それよりここら辺の地域に疎いので、ここから近い都市までどのくらいかかるか教えてほしいです」
「ここから近い都市……『北都市・玄武』かしら」
「5つある大都市の1つですね。そこならさすがに知っています。そこまではどのくらい徒歩でかかりますか?」
「徒歩なら2ヶ月くらいだと思います」
「そうですか。やはり遠いですね。感謝します。――それでは」
ローが失礼しようとすると、あ、お待ちくださいっ! と村娘が呼び止める。
「ここら辺の地域に疎いのでしたよね。でしたら、この先にある『魔の森』には入らないようにお気をつけて」
「『魔の森』……?」
「魔女が住むという危険な場所です。誰も近づかないの。間違って入ってしまったら大変だからお伝えしておきます」
「それはあちらに見える広い森ですか?」
そうローが指を指せば、村娘は頷く。
「この先『魔の森』と書いてあります。だから分かると思いますよ」
「田村ちゃーん! ちょっと手伝ってー!」
「あ、はい! では失礼しますね!」
そうして村娘は呼ばれた方に駆けて行く。ローは再び歩き出した。
(魔女か――)
恐れられているのは理解出来た。人間にとって魔族とどちらが恐ろしいというのだろう。そんなことを思うローの足は、自然と『魔の森』へ向かっていた。
『この先、魔の森。魔女の住む危険な森である』と書かれた木製の看板が立っている。ローは周りに誰もいないことを確認すると、その森の中へと入って行く。
しばらく歩き進んで行くと、開けた場所に出る。――そこには建物が1つ。そして樹にブランコが吊るしてあり、そこには人間の娘が座っていたのだった。
アイボリーホワイトの色素が凄く薄い髪色。ボブカットの髪型。丈の長い白い上の衣服に身を包んだ、人間の年齢だと10代後半辺りの娘が閉じていた瞼を開ける。
髪色と同じ薄い色素の黒目に対して、目立っている焦茶系の瞳孔。そんな瞳が、ローを見つめたのであった。
嫌い。信用できない。もう信用したくない。人間は信用できない。だから、もう興味はない。希望も抱かない。そんな想いが、ずっと渦巻いていた。
彼女の名は桜咲柚葉。魔導の天才と呼ばれて身勝手に期待され、やがて魔女と鬼才と忌み嫌われた少女が成長した姿だった。
彼女が年を重ねる毎に、出来ないことが無くなっていく。仕組みを理解し、魔法を組み合わせ、新たな魔法を生み出すまでになっていた。
人間に興味はない。心の中で光も見つけない。
(結局、人間はあたしを認めない)
だから、何もかも無意味。信用できるのは魔法と、動物や精霊などの人ではない生き物だけ。それが彼女の結論だった。
(つまんないわ)
今は『魔の森』と呼ばれるその森に移住して来てから数年。使えない魔法も殆どなくなった今、彼女は退屈な毎日を過ごしていた。
それでも、人間と関わることはもううんざりだった彼女は、森から出ることもない。
退屈凌ぎを考え、実行する日々。知恵の輪を自作して遊んでみたり、料理を作ってみたり。大都市の書庫から物を瞬間移動する魔法で勝手に書物を持ち出して読んでみたりと、工夫をしながら日々を暮らしていた。
しかし、彼女は魔法抜きでも殆どのことが困ることなく出来てしまったのである。才能が有り過ぎるのは考えものだ、と彼女は幾度となく思った。
そうして時が過ぎて行く。――それは、そんなある日の事だった。