4-10
きっかけは一体なんだったろうか?
よく覚えてはいないが多分オレは初めて会った時からソイツのことが嫌いだった。
見ていてイラつくとか、態度が気に入らないとかそんなんじゃない。
もっと根本的な、人間的にどれだけ月日、親交を重ねても理解できない、存在そのものを認められないような生理的険悪。
だけど本当にそうなんだろうか?
今にして思えば何か理由があったような気がする。
自分も覚えていないような深いところにその答えがあったような気がする。
出会いは一年前までさかのぼる。
燃えるような夕暮れ、まるで童話の風景が抜けだしたかのようなとある日の放課後、ソイツは彼女に話しかけていた。
好きな子に見知らぬ男が話しかけていたからだろうか?
オレはその光景がとても不快なものに写った。
だから失礼だということは承知でオレは二人の間に割り込むように入った。
あまりに安易で子供じみたソイツに対する嫌がらせ。
ここにお前の居場所はないからさっさと失せろ。
そんな悪意のこもった睨みを利かせる。
小心者ならこれだけで脅しには十分だろうし、そうでなくとも不快な思いはするだろう。
そんな顔を見れたらこちらも溜飲が下がるというものだ。
けれどソイツがオレに見せた表情はそのどちらでもなく。
笑ってる?
そう笑っていたのだ。
それもただの笑みではない、まるで遠い昔に失くした宝物を見つけたかのような喜びに満ちた笑み。
それがとてつもなく不気味に感じた。
硬直すること数秒、オレはすぐさま彼女の手を引きその場を逃げ出した。
それが間違いだったのか?
ソイツはなぜか次の日から毎日のようにオレの前に現れた。
なにか用があるとは思えない、ただ毎日オレの前へとあらわれては訳の分からない話をしたり、変にこちらをジロジロとこちらを見たりしてきた。
思い出しても頭が痛くなる地獄のような日々。
あちらが何かオレに危害を加えてくるならまだ対処があったがソイツはただ現れては何気ない話をしてくるだけ、これじゃおかしいのはオレの方だ。
わかってる、そんなことは分かった上でオレはソイツの存在が堪え切れなかった。
いっそ本気で引っ越すのもありだと考えた。
それがただ逃げでなにも解決しないことは理解できていたが、それほどオレは追いつめられていた。
なぜソイツがオレにそこまで執着するかもわからない恐怖。
ソイツがオレの前に現れることで周りにどんなことが起こるのかという思い。
それに押しつぶされそうになった。
けれどそんな日々は唐突に終わりをつげた。
ある日を境にソイツはオレの前からあっさりと姿を消した。
まるで体に巻きつけられた鉛が消えたかのような爽快な気分。
アレは全部悪い夢だったんじゃないかと思うほどのあたりまえの日常。
仲間と過ごす毎日、こんな日が続くものだと信じていた。
だけど、ソイツは再びオレの前へとあらわれた。
今度はとんでもない災いを引き連れて。
部屋の中はこの緊迫した状況がまるで嘘のように静かで、目の前の光景全てがまるで一枚の画用紙に書かれた絵のようなそんな奇妙な錯覚を覚えた。
ならオレはこの絵を見に来た客って所だろうか?
ここは絵を飾る美術館でオレは客、美術館では静かにするのがマナーだ。
そんなことを思ってしまったからだろうか、煮えたぎる怒りとは裏腹に第一声は自分でも驚くくらい静かにソイツに向けることが出来た。
「かあさんを離せ、橋本」
たいじする橋本は手に持つ銃を壁に追いやったかあさんに向けながら静かにこちらを見つめ返してきた。
アレは本物だろうか?
真偽がはっきりしない間は迂闊な行動は出来ない。
それにあの銃口もし撃ったら完全にかあさんに命中するコースだ。
どうする?
「学くん。ふふっ、これは驚きましたね~。まさか君がこの家に帰ってくるなんて。明君は一体何をしているんでしょう」
「!!やっぱりお前が明をけしかけたのか!」
「けしかけるなんて、そんな。私はただ命令しただけですよ」
「命令?」
「ええ、明君に君を押さえてもらいその間に私が大西春華を始末する。その後、君の処分に移る予定だったのですが、これは計画変更ですかね?」
「テメー!!」
今までためにためていた怒りが一気に爆発し橋本に殴りかかろうとする。
そんなオレを由美は必死に押さえつけてくれた。
「学、落ち着いて。今飛び出したら春華さんが撃たれるかもしれない。お願いだから冷静になって」
「くそ!!」
口惜しさの余り唇をかみしめる。
空気が乾燥していたせいか、唇が切れ血の味がした。
「彼女の言う通りだ大西学。今飛び出してもみんな死ぬぞ」
後方からセナが顔を出しながら言う。
「セナ、貴女なぜ!早く、早く学をこの町から連れて逃げるのよ。でないとコイツは!」
「貴女は黙っていなさい大西春華。まったく余計なことばかりしてくれますね貴女は。それとセナさんでしたっけ?貴女もそこから動かないように動けばあなたの依頼主の頭が吹っ飛びますよ」
「ふん、大西学の言うようにとんだクソだな」
セナの不快そうな顔に橋本はにこやかに応じる。
「それはどうも。にしても大西春華、貴女はそんなに学くんのことが大事ですか。まぁその気持ちわからなくもありませんが。なにせ学くんは貴女の息子心配して当然。・・・ですが」
にやりと笑う橋本に春華は不吉なものを感じ声を荒げる。
「アンタ何を言うつもり?やめて、お願いだからやめなさい!」
「なに声を荒げているのですか大西春華。せっかくこうして家族がそろったというのに」
橋本の言葉に青ざめる春華。
おそらくそれだけのものが今の会話にあったのだろうが事情を知らない学と由美は眉をひそめる。
「何言ってるか分かんねぇ-けどよささっとかあさんを離しやがれよテメー。こっちはもうテメーの都合に付き合わされるなんてうんざりなんだよ!さっさと訳の分からない実験をやめてこの町から出ていくんだなクソヤロー」
意識を銃口へと向ける。
銃口は依然としてかあさんに向いたまま、なんとかヤツの意識をそらさなければ。
「ほう、実験ですか?」
くいついた?
この話でもたすか。
「ああ、こっちはもう知っているんだよ。テメーがこの町を異界に落とそうとしていることも、テメーがオレの出生と絡んでいるってこともな!」
「!!なんですって?」
驚きに目を見開く橋本、意識が話の方に傾いたためか銃口が若干下がる。
今しかないか。
今なら橋本を倒しかあさんを助けることが出来る。
少々危険だがこのチャンスは逃せない。
腕をつかむ由美の手を橋本に気付かれないようにほどく。
由美は変わらずオレの腕をつかんでくるがオレはそれを目で静止する。
由美がオレのことを心配してくれるのはうれしいがこのままじゃかあさんが危ない。
なんとしても助けなくちゃ。
一気に橋本へと駆け寄り銃を蹴り飛ばす未来の自分をイメージする。
大丈夫このくらいのことオレならできる。
利き足である右足にありったけの力をこめいつでもとびかかれる準備に入る。
気を抜くな、失敗は許されないんだ!
そんな緊張に震えるオレに橋本は予期せぬ言葉を返してきた。
「これは驚きました。大西春華は君に出生に関しては離さないものだと踏んでいたのですがねぇ」
「話はコイツから聞いたのさ」
クイっと顎でセナを指す。
「確かにオレの生まれはまっとうじゃないみたいだな。オレ自身普通の人間ってわけでもなさそうだ。けどそれがどうした、オレはオレだ!テメーがどんな思惑でオレみたいな人間を造ったかわしらねーけどよ、生まれたらもうこっちのもんだ!オレはオレの意志で生きていく。道ってのは自身で決めるものだからな!!」
「ほう、それは立派ですが。なら聞きますよ、君の選んだ道とは一体何ですか?君に真実を隠し続けたこの女を助けることですか?」
「そんな言い方をするな!!確かにかあさんはオレに真実を隠していたのかもしれない。けどそこに悪意なんてねぇ!全部おれのことを思ってだ!!そうさかあさんは今までも実の子じゃないオレの為に頑張ってきた、そんなかあさんをオレは・・・」
「ちょっと待ちなさい。実の子じゃないですって?」
突如オレの言葉を遮る橋本、その表情には疑念の色が出ていた。
「君は真実を知ったのですよね?自身の出生に関しての」
「ああ、それがなんだよ」
「なら実の子ではないなんて言葉が出るのはおかしいでしょう。君と大西春華は血を分けた実の親子なのですから」
「え?」
「橋本計治!!」
心底訳の分からないという顔をする学と、怒号の声を上げる春華。
そんな二人を見て橋本は笑う。
「ああ、なるほど。君が知った自身の出生の秘密とは君が人工的に造られたた人間ということだけだったんですね。なるほどそれで合点がいった。真実を知った君がなぜまともに私とたいじできたかがね」
「かあさんがオレの本当の母?」
いつでも飛び出せるようにと力をこめていた学の足はいつの間にか子供に蹴られても倒れてしまうほど弱々しく震えていた。
「ええ、考えてもみてください。いくら人工的に造られたといっても君は人間だ。なら、もとになった存在が確かにいるんだよ」
「やめなさい、橋本!!」
春華の悲痛の叫び声を耳に入れず橋本は話を続け、
「学くん君はね、ここにいる大西春華の卵子と私の精子から造られた人間。つまり君は私たちの子供なんだよ」
最悪の事実を告げたのだった。




