4-9
セナの冷たい目線に捕まった由美はまるで金縛りにでもあったかのようにピクリとも動けず、それでいて顔は明らかにひどい動揺が走っている。
これでは話にならないと学が再び話を切り出す。
「オイ!どうゆうことだよ、由美に聞けって?」
そもそも一般人でしかない由美にこんな非常識な世界のことなんかわかるはずがないのに、セナは一体何を考えているんだ?
また話をそらす気なのだろうか?
「どうもこうもない。そこな彼女は町の異常にとうに気付いている。ちがうか?」
「そんな、まさか・・・」
問われた由美は目が泳ぎ明らかに挙動がおかしい。
まさか、本当に?
そんな思いをかき消すかのように頭を強く振る。
何を馬鹿な!
オレに続いて由美までこんなわけのわからないことの渦中になんかにいるわけないじゃないか。
そんなことあるわけない。
「オイ、セナ変な脅しはよせよ怖がってんだろうが。そんなことする暇があるなら早く本題に・・・」
「だから今はなしているだろ。由美っていったかアンタ?いい加減腹を割ったらどうだ?これじゃ私が大西学に恨まれてしまう」
ビクリと身を縮める由美。
なんだか可哀想だ。
「セナ、いい加減に・・・」
「まって学、その子の言っていることは・・・正しいよ」
怒鳴りそうになったオレを止めたのは由美の小さな肯定の言葉だった。
そこで見た由美は小さく震えながらも視線だけははっきりとこちらに向けていた。
「由美?」
「ねぇ、一つ聞いてもいい?どうしてわかったの、私がこの異常、繰り返しに気付いているって?」
由美の言う繰り返しが一体何を指しているのかがオレには分からないけれど、それこそがこの町での異常の正体らしい。
けど、どうして由美がそんなことを知っている?
「分かるも分からないもない、お前は他の奴と違って正常だった。だから気付けたそれだけさ。お前には淀みが何もなかったからな」
「正常?」
「なんだよそれ!オレ達が異常だっていうのかよ」
「いや、異常なのはこの町でその中にいるお前たちの異常はむしろ正常だろう。だから異常なのはこの世界で世界の異質さに気付いた彼女ほうなんだと思う」
「異常・・・」
それを聞いて由美はどう思ったのだろうか?
ただ由美は何も言わずにこちらだけを見ていた。
「由美・・・もしセナが言ったことが本当ならオレにも教えて繰らないかこの町で起こっていることを。このままじゃ一向に話が見えないしなにより、お前がなんか無理をしているように見えるから」
ハッとしたように目を見開く由美、その唇はかすかに『どうして』とつぶやいたように見えた。
もしそれを本気で言っているなら一発頭を叩きたい気分だ。
どうしてもくそもない、だってそんな今にも崩れ落ちそうなほど青い顔をされちゃ気付かないわけないだろう。
一度自分の面鏡で見ろと言ってやりたい。
多分由美はそれほどまでの無理をしてきたのだろう、ここ最近オレにあれ程懇親的だったのも心配だったそれだけじゃなく何か気を紛らわしたいことがあったからじゃないのか。
ならそんな不安は一刻も早く取り除いてやるべきだ。
「由美」
もう一度今度は出来る限り優しく名前を呼んであげると由美はしばらくしてからコクリと頷いてくれた。
「わかった全部話す。けど学その前に質問してもいい?」
「ああ、オレに答えれることなら」
頷き返す俺に由美は「なら」っと不思議な質問をしてきた。
「学は今日が何月何日か分かる?」
なんかどんな物凄い質問が来るんだと心構えしてたのになんというか拍子抜けである。
「それ、なんか意味あるの?」
「いいから答えて」
由美はどうやら真剣のようだ表情一つ変えず追及してくる。
この質問にいったいどれだけの意味があるか解らないけれどとりあえず日付を言ってみる。
「今日は十一月・・・」
そこで頭にノイズが走った。
はて?
今月が十一月だというのは分かっているのだが今日は何日だっけ?
ここ最近は家に引きこもっていたせいかどうも感覚が狂ってしまったようでわからない。
確認のため携帯を取り出すと日付は十一月十七日をさしていた。
「十一月十七日だけど」
「そっかやっぱりそうなんだ」
オレは何か間違ったのだろうか?
オレの答えを聞いた由美にはひどい落胆の色が浮かんでいた。
一体、どうしたんだ?
「じゃあ学、あの爆発事件。アレが起きたのはどのくらい前だったか覚えている?」
またしても変なことを聞く、そもそもあんな大事件忘れるはずがない。
あの事件で水希は・・・。
「一か月前だよ」
苦虫を噛むように喋った。
「その時は何月だったか覚えてる?」
「忘れるわけないだろ。十一月・・・・あれ?」
待て、それはおかしいと脳にストップがかかる。
あの事故が起きたのは十一月、うんそれに間違いはない。
オレが入院していたのも十一月だったし。
けど今月も十一月、本当に一か月前だというなら事件があったのは十月でなければならないはずだ、けどそれは違った、なら何でオレはこんな勘違いをしてたんだ?
こんな混乱は普通じゃない。
大きな不安が胸に広がり心臓が高鳴り気分が悪くなる。
まるで悪夢の中にいるような感覚、自分の体に起きているこれほどの異常これに恐怖を覚えるなって方が無理ってもんだ。
これこそがふかしぎな現象の正体なのか?
「時間の感覚が狂っていた?」
時間感覚の狂いその事実に背筋が寒くなる。
オレは一か月以内に起こった出来事を何か月もの時間でとらえていた、まるで時間そのものがスローにでもなったかのような居心地の悪さ。
「オレの体、どうしちまったんだ?」
震えるオレに由美が近づく。
「狂ってる。そう確かに狂ってるよ。けど狂っているのは感覚なんかじゃない。それならどれだけ良かったか。狂ってるのはこの世界そのものよ」
怒りににじんだ瞳で空を睨む由美、今の言葉の意味は?
「どうゆうことだ、世界が狂っているって?」
「学、確かにここは狂ってるけどそれは人がじゃないの、狂ってるのは世界。十一月を繰り返しているように感じてるんじゃい、本当にこの町はずっと十一月の中にいるの。ずっと抜け出せない十一月の中にいる」
「ループしてるって?そんな」
信じられないといいたいところだけどそれなら確かに納得がいく。
いや、こんな非日常に居なきゃなっとくなんてできなかったんだろうけど。
けどその通りだ、もしオレだけがおかしくなっていたなら周りがすぐに気づき対処の使用もあっただろう。
けど、もしそれがオレだけではなくこの町全ての人だったら?
異常と正常は反転してしまい、全てが狂う。
そんなの気づけるわけがない。
それにたとえ気付けたとしてもこんな変化対処のしようがない、いやそれ以前に理性がそれを否定してしまう。
「正確にはループとは違うぞ大西学。お前はこの十一月の中で一度でも同じ日を繰り返したことがあるか?真実を知ったお前なら思い出せるだろ」
セナのその指摘にオレは首を横に振った。
この一か月、いや本当はもっと長かった月日、色々なことがあった本当に色々な経験をし辛いことも多々あった、絶望に打ちひしがれた日々があった、そんなオレを救い出してくれようとしたヤツがいた、多くの積み重なりがあった日々、それはたとえ狂った世界にあっても決してごまかされることのない経験だ。
「うん、セナの言う通りこの世界は繰り返しとは違うことが起きてる。この世界で起きているのは時間の消失」
「消失?」
「うん、その表現が正しいのかはわからないけど今はそう呼ぶ。私がこの町の異常に気付いたのは今から四か月前、何でかわからないけど私はみんなのように異常を認識できない働きが作用しなかったみたい。それでこの異常にも気付けたんだけどね。初めの異常は十一月七日から十一月二十八日までだった、二十八日まで行くとまた七日に戻るっていうかんじで。けどそれもだんだん間隔が短くなって今じゃ十一月十七日から十一月二十日のたった三日間しか十一月は存在してないのそれ以外の日はみんな消えちゃった。本当はそうじゃないのかもしれないだって同じ一日は一度も繰り返してないんだから、でもねやっぱりこの町から時間は消えてるんだよ。携帯の日付表示は何で確認しても元に戻る。季節だっていつまでたっても冬のまま、町の人は繰り返してないけど朝のニュース報道が毎回同じものが流れてるんだよ!怖かった何もかもが狂った世界で誰もそれに気づいていない状況が、狂った世界で狂ったことが起きるこの町が、なによりこの時間消失の果てに何があるのか考えてしまうことが一番怖かった!逃げようとも考えたけど皆を置いてなんて・・・。救いがあったとしたらこの異常がループじゃなかったってところかな。毎日同じ繰り返しだったらさすがに気がおかしくなっていたと思うから」
そう力なく笑う由美の言葉に驚愕する。
由美の言葉通りなら元の正しい世界での時間は十一月+四か月で三月ということになる。
それ程の長い月日オレ達はこの世界に閉じこめられてたってことになる。
「イカレテやがる!」
「時間の消失つまり時間という概念のない世界にこの町を落としているってわけか。まだ時間の概念があるのは異界落ちが完全じゃないからだろうな」
由美の話を一緒に聞いていたセナは自身の考えをのべる。
余りにも常軌を逸した世界、そしてそれを誰もが不思議と思わない狂った日常。
これがこの世界の姿。
そんな世界に唯ひとり取り残された由美は彼女は一体どれだけの苦痛の中にいたのだろうか。
「どうして、どうして直ぐに相談しなかったんだ!言えば楽になっただろ!何で一人で抱え込んだんだ」
そう詰め寄るオレをセナは一笑した。
「お前も酷いことを言うな、大西学」
「なんで?」
「考えてみろ、この状況に気付けたのはお前たちの中では彼女だけだった。そう、白井由美だけが世界の真相に気付いたんだ。お前ならどう思う?」
「どうって・・・」
「誰もそんな事実受け入れられないだろ、なんせおかしいと思っているのは自分だけなんだからな。それにたとえ受け入れることが出来たとしてもそれでどうなる。こんな大きなゆがみ何も知らない彼女の手じゃ打つ手がない」
「・・・・」
「確かに元の世界での感覚ではおかしいのはこの世界だ。けど、この世界にルールだとい十一月は永遠に続くものとなっている。人なんて世界っていう大きな理の中にいるだけの存在。その理が変わってしまえば当然人の基準も変わる。お前たちがこの町の正体に気付けなかったようにな」
「それは・・・」
確かにそうだ、俺たちは皮に浮かぶ笹船のようにちっぽけな存在。
時間っていう大きな流れに身を任すことしかできない。
流れが速くなれば自然と早くなるし止まればそれまで、そこに個人の意志なんてものが介入することは不可能。
「そう、だからこの世界では狂っていたお前たちの方が正常だったんだよ。前の世界のルールを覚えていた彼女の方が異質で異常な存在だったんだ。だからこそ言えなかったんだろう彼女は。こんな話をすれば世間は間違いなく彼女を異端なもととして見るから。まぁ、今じゃ私とお前もその仲間入りだけどね」
最後にそう付け足したのはセナなりの配慮だったんだろうか?
セナにもそう思わせるほど由美はこれまで辛い目にあってきたのか。
元来常識なんてものは世界のルールによって定められているもの。
それは人ではどうしようもない大きな力。
人の作ったルールなんてそれこそその大きな力を参考にしただけに過ぎない。
だから世界が変わりルールが変貌すればおのずと人の常識も変わってしまう。
そしてそのルールから外れたものを世界は異物として認識するのだろう。
「この世界でおかしいのはオレ達の方だってことか」
それは誰にも理解できない異端ゆえの孤独。
恐怖は変貌世界に対してではない変われなかった自分に対して。
「馬鹿かオレは!!」
ゴンと一発自分を殴りつける。
鈍い痛みは頬に広がった。
「なにやってるの学!」
悲鳴に近い声を上げる由美。
こんな状況でもオレの心配をしてくれるんだなお前は。
「大丈夫、正気だよオレは。ただ自分の余りの馬鹿さ加減が許せなくて。ごめんな由美、気付いてやれなくて」
「え?」
「駄目だなオレ、仲間が大切だとか言っておきながらいつもそばにいたヤツの苦しみにも気付けなかったなんて」
そう今回のこと由美には何も非はない、コイツは今までずっとひとりで耐えてきたんだ、誰にも話せず、こんな世界で偽りの日常に耐えてきた。
そんなに頑張ったコイツに何も知らなかったオレが相談しろだなんておこがましいにもほどがあった。
「学・・・」
「セナ、この実験を始めたソイツなら異常を止められるのか?」
「わからない。けど何か手はあるかもしれない」
「そうか、なら教えてくれソイツはどこの誰だ、今どこにいる」
「聞いてどうする。私はお前をこの町から出すようにと依頼されているんだぞ」
「分かってるさ。全部分かった上で言っているんだ、オレはこの町に残る。今までの話からソイツがこの町に来たのってオレのせいなんだろ?オレが居たからソイツはここにきてこんなわけのわからない世界を創り、連続殺人を起こし、由美を苦しめた。そんなの許せるか!お前にどんな理由があろうと知ったことか!オレが、ソイツの実験で作られたオレがヤツの計画を潰す!!それがオレの結論だ。それが果たされるまで
はオレはこの町を出る気はない!!」
セナを正面から見据えてそう告げた。
セナが人間でないことも物凄い力を持っていることも今までの言動で理解できた、たぶんその気になればオレなんてひとたまりもないほどの、それでもこっちにも譲れないものがある。
「一ついいか?お前のその気持ちは一体どこから来ている?町を救いたいという英雄的思考か、それとも仲間の為か?」
「どちらでもない。オレは単にオレがムカつくからソイツの計画を潰そうとしているだけだ。誰かのためだとかそんな綺麗ごとを言うつもりはないさ。オレはオレのためにこの現状を打破したいだけさ」
「はぁー。まるで子供のわがままだな。けどまぁ、いいか最終的にお前がこの町から出るというなら。いいだろう話すよ、そのかわり最後まで付き合わせてもらうぞ」
それで納得してくれたのかセナはそう言ってくれた。
どうやら気持ちを素直に伝えたのは正解だったようだ。
後は・・・。
視線を由美へと向ける、それで由美もこちらの意図を感じ取ったのだろうオレが言葉を発する前に。
「私も行くよ」
と、先ほどのオレ以上に強い意志のこもった言葉を発した。
短いながらもそれでも彼女らしさが現れたかのような力強さ。
こんな世界に唯ひとりいてそれでも心が折れず今なお真実へ向かおうとしている。
強がりなんかじゃない、こうゆうのを本当の強さっていうんだろう。
「敵わないなお前には」
ならオレもその強さにこたえなきゃ、仲間として。
「いいんだな、何がるか分からないんだぞ」
「うん、後悔はしたくないから」
そう、これがオレ達の真実。
何があるかなんて本当にわからない。
こんなことをしている相手に勝機なんてものもない。
なにより、行ったところでどうにもならないかもしれない。
それでもここで逃げだしたら絶対に後悔をする。
それだけは確かだ。
ならその確信に従うまで。
分からないことだらけならせめてわかっていることに対しては素直になろう、自分に嘘はつきたくないから。
由美の手を取る。
夜風にさらされとうに冷たくなっているだろうと思っていた手は驚くほど熱を帯びていた。
その確かな感触に安心する。
この不確かな世界の中の確かな存在、それを消してなくさないようにとお互いの手を強く握りしめる。
ああ、これで心も完全に決まった。
やるべきことは一つだ。
「セナ、教えてくれソイツの正体をなんとして止める」
「ああ、ソイツの名は・・・」
そして聞いた名はオレの知る名だった。




