4-8
暗闇からはピチャン、ピチャンとゆう水滴音とグチャゴソと何かをあさるような奇怪な音だけが鳴り響いていた。
音のする方、約八畳の部屋の隅にある二本の蛍光灯に照らされた作業台、そこに彼女の姿はあった。
鼻歌まじりに手を動かしている彼女はとてもご機嫌のようだ。
ぱっと見は作業にいそしむ可愛らしい少女、だが闇になれそのさまが見てとれたときたいがいの者は険悪感と恐怖からすぐさまこの部屋を出ることとなるだろう。
作業台の上、そこに安置されているのは一体の死体、彼女はその死体を上機嫌にメスなどを使い解体しては臓器を一つ一つ丁寧に長机に並べている。
それは魚をさばいているようにもみえ見学していた僕は生活感あるその光景に少しほっこりとするのだった。
だけど少し血をまき散らしすぎな気もする、女の子なんだからもっと上品さがほしいな。
普段の彼女は決してはしたなくはないのだがよいしょよいしょでずぼらな部分が出る、そこを可愛らしくも思うこともあるのだが・・・。
「まったく、もう少しおしとやかに育てられなかったのかよ」
つい、腰かけた椅子から身を乗り出し隣に座る男へと愚痴を漏らしてしまった。
「あれに、そんなものは不必要だったからね」
読みかけの本を閉じ男は立ち上がる。
カバーをしているためそれが何なのかはわからないがジャンルは分かるどうせノンフィクションものだ、この男はいつもそれしか読まないから。
いわく、手っ取り早く人々の歴史を知ることが出来るからだそうだが正直、僕にはいまいち理解できない。
「でかけるの?」
「ええ、君たちの目的もそろそろ果たされる頃、私の方も始末をつけようかとね。古いものをそのままにしとくと新しいものをすがすがしく迎えれませんからね~」
「あっそ、なら始末が終わる前によろしくとでも伝えておいてくれ」
「わかりました。でわ~」
男は礼儀正しく一礼をするとこの狂った部屋を後にするのだった。
セナの言葉に衝撃を受けてからまだ五秒ほどしかたっていないのにやけに時間の流れを遅く感じまるで一時間も立ちすくんでいた気にもなってくる。
願わくば今の話が聞き間違いであったらと思うが、ここまで落ちてきてそれはないだろう。
「真実なんだな?」
コクリと頷くセナ。
「っー!!くそ。どうしてこう訳の分からないことが立て続けにおきるんだ」
学は右手で頭を押さえつけ歯を食いしばる。
混乱している脳をどうにか整理しようと努めているようだ。
「訳のわからないことなら、私がこの街に来た三か月前にはすでに起きていた。少なくとも町の異常はそれ以前から起きていたようだしな。それにここいらで起きている殺人事件、あれも無関係じゃないだろう、これまでのすべての異変がヤツを中心に起きているこの事件もヤツが絡んでいると見たほうが妥当だろう」
殺人事件、その単語が出た瞬間だけ学の顔は曇った。
それをセナに悟らすまいと自ら内にあった怒りを出すことでそれを隠す。
「ちくしょう!!一体誰なんだよ、その奴って。何でこんなことを?それにオレを助けるようお前に依頼したのは誰なんだ?オレの知り合いか。そもそも何で町が消えるなんてことになってるんだ」
「なんで?どうしてこんなことに・・・。私たちはただ普通に暮らしてただけなのに。何でこんな目に」
激昂の余り涙まで流す二人をよそにセナはどこまでも冷静だった。
「そんなものさ、日常なんて。いつ壊れるか分からない不確定なもの、気付けば事故で死んでいたなんて話も珍しくはない、今回は特殊だがお前たちがどう嘆こうとこの現実は否定できない。そもそもお前達にはその資格すらない」
「テメー!!!」
余りにも冷たいセナの態度に無意識のうちに彼女の胸ぐらをつかみ上げる学、セナはそんな学を眉ひとつ動かさずに見つめ返す。
「それでもお前がこの現実を認められないというのなら、全てを知った上でどうすべきかを考えるんだな。そのために私は今知りうる全てのことをお前たちに伝える、その時大西学はスタートラインに立てる」
相手を知らなければそれを否定する資格はない、物事の解決を望むのであればあくまで現状の把握に努めろ、今は嘆く時ではなく真実を知る時だ。
言葉にはしないがセナはそう告げているように感じた。
「クソ!」
その気迫に根負けしたのか学は自ら手を離し、セナは乱れた服を丁寧に正した。
深いため息をつき自らの溜飲を下げる学。
「わかった、冷静にいこう。もう感情に流されねぇーよ、ちゃんとお前の話を聞く。・・・・それでこの町が消えるってのはどうゆうことだ?実験のせいとか言ってたけど、何か爆弾の実験でもするのか?それで町が吹っ飛んでしまうから・・・」
「いや、そうじゃない」
「ならどうして?」
困惑気な表情を見せる由美、学も似たようなものだ。
町が消えるというだけで理解できないのに破壊兵器も使わないとなれば彼らの考えは追いつかない。
「悩むだけ無駄だと思うぞ、どうせ解らないだろうし」
ふーと吐く白いと息はゆらゆらと夜空に溶けていく。
「なるほど、つまりこの話もそっち側、ファンタジーの領分ってことか?」
「ご名答、さすがに察しが良くなってきたな。お前の思った通りだよ、今起きていることは常識という範疇から零れ落ちた事象。笑い話にもならないけど、この町はもうすぐ異界へと堕ちる」
この時のオレはセナに再び食って掛かろうとする自分を抑え込むことに必死で彼女の深刻な表情なんて一ミリたりとも目に入ってなかった。
もし自分に少しでもこの外れた世界の理を知る機会があったならことの重大さに気づくことが出来たかも知れないが、平穏な日々しか知らないオレ達からすれば全てが絵空事のように思えて、事実だと認識してもそれが一体どれほどのことかなんてわかるはずもなかったんだ。
「セナ、その異界に落ちるっていう意味がよく分からないんだけど。結局どういったことになるんだ?そもそも異界って何?」
とりあえずわからないところはドンドン聞いていき無理やりにでも納得させようとする。
とわいえ、ほとんどわからないことだらけなのだからすべて聞き返すことになるのだけど。
「字のとうりさ。異界とはいま私たちが住んでいるこの世界、ああこれは宇宙も含めた全てをさしてなんだが、この世界は一つじゃない。いくつにも連なるそれこそ無限にある世界のたった一部でしかないんだ。分かりやすく言うと宇宙と星かな。宇宙っていう大きな海にある無数の星たち、私たちのいるこの次元もそのうちの一つだと思えばいい」
「次元って何?」
「無数にある世界のことだよ。自力で行き来することは不可能だけど確かに存在する数多の世界。そして自らが済む次元とは異なる世界を私たちは異界と呼んでいる」
「平行世界、パラレルワールドっていうやつね。前映画かなんかでそんな話を見たわ。そこにはこの私達とは違う私たちもいるっていう」
「そこまでは知らないけどね。けどもう一人の自分か、確かにそういった世界もあるかもな」
由美からすれば何気ない一言だったんだろうがセナはなぜか妙に興味深そうな顔をする。
「たく、ファンタジーの次はSFかよ、話がどんどん奇妙になっていくな。けど変じゃねーか、お前の説明じゃその異界ってのは不干渉の世界なんだろ?それなのになんだってこの町はそんな場所に堕ちようとしてんだよ」
「確かに異界は不干渉の場所、だけどそれは人間が自力で行くことが無理というだけで、どうあってもたどり着けないという意味じゃない。人が科学の力で宇宙へとたどり着いたように人類は私たち人外の力を利用して異界へとたどり着く装置を誕生させた」
ギリッとセナの瞳に怒りの色が帯びる。
それは人類の深すぎる業に向けられたものなのだろう。
なぜ彼女がここまで怒りを覚えるかは知らないし知る必要もないだろう今は・・・。
「その装置ってのがこの町にあるっていうのか?」
セナは頷く。
「それで異界に堕ちるといったいどうなっちゃうの?」
不安げに聞く由美、セナの口ぶちからしてそれが良くないことはすでに明白。
これで不安になるなという方が無理というものだ。
「簡単なことだ、星と星がぶつかりでもしたらどうなる?あれだけの質量だ何方もただでは済まないだろ。それが次元ともなればは計り知れないエネルギーとなる。普通に考えれば次元崩壊を起こし間違いなくどちらの世界も跡形もなく消し飛ぶだろうな」
ひっ!と小さな悲鳴を上げる由美、指先は少し震えて見える。
本来ならオレも同じような反応をとるべきなんだろうけど今のセナの言い回しには気になるところがあった。
「普通はって。今回は違うのか?」
「ああ、調べてみたんだがこの町で働いている装置は少し特殊なものみたいで、なにもない空間を創りだしそこに世界を落とすという、まあいうならば空箱に物を入れるみたいなもんだ。堕ちるべき場所には何もない、だから次元の衝突も回避されて世界が壊れるっていうこともない」
「世界を創るなんて、そんな神様みたいなこと出来るのかよ」
「まぁ、真似事なら人間でも可能だろうな。やることといえば異空間の扉を開くくらいなもので空の世界なんてものは次元の裂け目にいくつもあるものだしな」
「じゃあ、私達には何も影響はないの?」
ついつい目の前の希望にすがりつく由美、セナはそんなことあるわけないだろうと言いたげな顔をする。
「壊滅的な被害はないという意味でわな。けれどそれとは違う異常が起き始めている」
一瞬、由美がピクリと反応したように見えた。
「なんどよ、異常って」
「本来この手の装置は発動と同時に装置を中心とした周囲の空間を異界へと落とす。この町の装置も同じ類のもので、その範囲はおそらく時堕市全体を飲み込むだろう」
「なっ!なら早く手を打たないと、発動させちまったらどうしようもないじゃないか」
「大西学、残念ながら装置自体はとっくに発動してしまってるんだ」
「え?」
「そしてこれがこの町の装置が他とは異なる点だ。さっきも言ったように本来の物は発動と共に効果が表れるだがこれは違う、まるで遅効性の毒のように徐々に町を異界へと落としているんだ。何でそんな仕組みにしたのかが気になってここ数週間はそのことについて調べてたんだが・・・」
「なにか分かったの?」
由美が尋ねる。
「ああ、私はこの町がまだ何らかの原因で異界に堕ちるのをまのがれているんだと思っていた。だから外界から来た私もすんなり入ってこれたんだと。実際本当に落ちていたらまずここに来ることだって無理だったろうしな。けどそれは勘違いだったこの町はすでに異界へと落ちている、けどそれを悟らせまいと巧妙に隠してあるんだ。いや違うな落ちているといってもまだそれが完全ではない、外界とのつながりもまだある、だから装置が完全に発動するまで気付かれないように?」
セナの言葉は後半は独り言のように声が小さくなり内容もうまく理解できなかった。
「待てセナ、もっとわかりやすく説明してくれないか。そんな一人で考えられても困る」
「悪い、この点はまだ私もうまく考えがまとまっていないんだ。ただいまわかっていることをまとめると。まず、この町はすでに異界へと堕ちつつある、けれどそれはまだ完全なものではなくて元の世界、外界とのつながりもまだ切れていないんだ。いうならば紐につるされているような状態かな、その紐が外界とのつながりになっていてそれがある限りはこの町から出ることは出来るけどもし紐が切れたら町は完全に異界へと堕ち二度と出ることもできなくなってしまう。今はまだ大丈夫のようだけどそれも時間の問題だろうな。そうなればこの異常の方も完全な姿で現れることになるだろう」
分かりやすく要点をまとめてくれるセナ、けど今の説明には不満がある。
セナはさっきから異常異常と言っているが肝心なその異常っていうものがどんなものかを一向に説明してくれない、もしかしてセナも知らないのでわ?なんて言いう考えもよぎったがそれはたぶん違う。
短い付き合いだが彼女はそんな不確かなことを振りかざすほど愚かな性格をしていないことはすでに分かっていた。
話すことは全て裏図家のとれた真実だけ、そういったヤツだ。
だから彼女がこの話を後回しにしている理由は・・・。
「セナいい加減その異常が何なのかを話してくれよ」
「そうだな」
素直に話を切り出すセナ。
やはり単に勿体つけているだけだったようだ。
人が悪いと思う。
そりゃ確かに語り部には人を引き付けるだけのトーク力が必要とされるが今はそんな時ではない、要点だけを話せばいいものを。
もしかしてコイツは元来おしゃべりな性格なのでは?
ふとそんなことが頭をよぎった。
「けど町の異常については私よりずっとここで暮らしてきた彼女に聞いた方がいいと思うけど」
「はっ?」
そうしてセナの視線の先には気まずそうに目をそらす由美がいた。




