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率直なところこの物語りのすべての始まりは二十年前のある人物のとある好奇心と思惑からなったものだった。
ソイツは人間というものが好きだったらしい。
人間の可能性を誰よりも尊び、その進化の果てを知りたかった。
一見それは素晴らしい賢者のようだがソイツには道徳というものがなかった。
自らの欲求・疑問には素直で、それを満たすためならばどのような非人道的行為も平然と行える冷酷さを携えた悪魔であった。
本来ならば誰もが疎ましく思うような人物であったが、ソイツは切り捨てるにはあまりにも惜しいほどの天才であり、また要領も良かったのでソイツの周りから人が消えることはなく見放されることもなかった。
それどころか、持ち前の話術で多くの人を操り自らの欲求を満たしてきたのだった。
彼は人を愛していたがゆえに人々をより高みへ登らせようとし、実験を繰り返しその数だけ人々を犠牲にしてきた。
なんという矛盾だろうか。
人を愛したソイツはその愛ゆえに多くの人々に悪意を振りまいてきたのだ。
いや、それは当然の結末か。
だって、ソイツが愛したのは人類そのものの未来であって人間個人にはなんの情も持ち合わせていなかったのだから。
そしてソイツは今から二十年ほど前にとある実験を始めた。
実験自体はそれ以前から始まっていたのだが大きな進展はなかった。
その実験こそが人を超える人を創るという神の領域の禁断の実験であった。
人よりも頭脳も身体能力も生命力も上の新たな人類を誕生させるそれが彼らの夢であった。
彼らがそんな狂気に取りつかれたそもそもの理由は人外の存在を知ってしまったことが大きな要因だった。
人類こそがこの世の支配者、そう信じてきた彼らにとって人類より優れている人外の存在は恐怖であり屈辱であり認められない事実であったのだった。
だから彼らはそんな事実は覆してしまえばいいと考え実行した。
人間が人外に劣るならば人外を超える人間を創ろうとしたのだ。
人という種はこんなものではない、自分たちが導けばより良い進化を遂げ人外など目ではないと。
彼らは多くの人体実験を繰り返した。
どういった処置が一番人間にとって効率がいいかを調べるための行為、その果ての犠牲者の数など計り知れない。
百や二百では全く足りなく、千にも届くやもしれない死者。
しかし、それだけの犠牲を出しておきながら彼らはその命に見返る成果を何一つ出せずにいた。
結局彼らはその発想に見合う技術を持ち合わせていなかったのだ。
彼らは嘆いた、それもそうだろう彼等も人の子このままだと死んでいったものに申し訳が立たない。
そんな彼らの前に現れたのがソイツだった。
ソイツの登場により彼らの研究は大きく進展することとなる。
ソイツは彼らの研究、人外を超える人間を創る、そんなことには一切興味はなかったが人間という種がどこまで高く飛べるかを知りたく研究に参加したらしい。
それが今から二十年前。
そして、ソイツの参加により不足していた技術面が大きく改善され一度も成功しなかった実験は十八年の間に六体もの成果をあげ最後に一体が完成した際、『これ以上は無理ですね。肉体の限界はここまでだ』と言い残し表舞台から姿を消してしまった。
ここまでがセナが話してくれた内容だった。
よかぜが吹き荒れる中、語りを終えたセナは口を閉ざし由美も何を言っていいのかと途方に暮れている。
沈黙が続く中、学は純粋な疑問を投げかけていた。
「なあセナ。その話、よく分からないところもあるし出来ればもっとわかりやすく話して居らいたいんだけど何より一体オレとどういった関係があるんだ?」
ふむ、と首をかしげる学、察しの良い由美はすでに流れを理解しているようだが学はそうではない。
そう悩む学にセナは明確な答えを示す。
「なんだわからなかったのか?ようは大西学お前がその六体の一人ということなんだよ」
「はぁ?」
セナの告白の告白に素っ頓狂な声を上げる学、やはりかと目を伏せる由美、反応はそれぞれだがどちらも動揺を隠しきれていない。
特に学はまさか自分がこんなファンタジーな世界に巻き込まれるとは思ってもいなかったのでまるで鈍器で頭を殴られたかのような衝撃を受けている。
さっきまで寒さでふるえていたのに妙な汗が流れ出てくる。
「な、なんだよそれ。オレがそんなわけのわからないものの訳ないだろ。だって今まで普通に暮らしてきたんだぜ、何の異常も人より目立ったことなんてのも特にない。なのに、そんな」
学の目は同様の余り左右に泳ぎ頭をかきながらも何とか平静を保つように努めているようだった。
そんな様子に気づいたうえでセナは話を続ける。
「普通にか、確かにそうだろうな。そういった環境で暮らしてきたんだ当然そうなる、オマケにお前自身がそれに満足してたんだからな。いいか大西学、いくらお前が一般人より優れて生まれたとしても所詮は人間の域を出ない存在限界など決まっている。お前と普通の人間の違いなど百メートルは知らないといけない距離をお前は二十メートル進んだところからスタートできるという違いだけ、果てのゴールは同じ場所だ。いくらお前に才能があろうとそれを自覚し望み育てなければお前自身も凡俗に落ちてしまう。いくら美しい花でも水を与えなければ育たない。この生ぬるい環境がお前を堕落させ凡人におとしいれたんだ」
セナのその言い分に学は自身の体がカッと熱くなるのを感じた。
セナの言い分は頭にくる。
あの日常が皆との日々がまるで意味がなかったかのように否定された気がした。
言い返そうとしたところで、先に声を上げたのは由美だった。
「いい加減にして!セナ、私たちが聞きたいのは学の秘密についてだけよ。それ以上のことで深入りしないで。何も知らないアンタが学の、私たちの日々を否定することは許さない」
それは由美らしい、学の心中を察しての怒りだった。
ふむ、とうなずくセナ。
「確かにな、お前たちはかつての平穏を取り戻すために話を聞いたんだったな。これは私の失言だ許してくれ」
あまり悪びれた様子はないがとりあえずは誤ってくれたことで由美も黙る。
そして、
「話の続きだが」
と早くも切り替えてきた。
「今回、大西学をその明とかに襲うよう仕向けたのは間違いなくその研究者だろ。襲わせた真意もなんでその明とやらがお前を襲ったかも現時点では不明だがな。そしてその研究者は今この街に潜伏している。私はとある人物の依頼でソイツからお前を守るよう頼まれたんだが、大西学お前は早くこの町を出ろ。ソイツはこの街を使い新しい実験を始めたようだ、おそらく近いうちにこの町は消失する」
その時、風が一層強く吹いたように感じた。




