4-6
夜風は肌に突き刺さり体温を剥奪していく。
熱を奪われた肌は、軋みを上げ指先は寒いを通り越してもはや痛い。
無駄な抵抗と分かりつつも、手を握りなんとか温めようと試みる
しかし伝わるのは麻痺して痺れたあやふやな感覚だけ。
このままいくと凍傷にでもなるのでは?
そんな不安を覚え、こんな所まで俺たちを連れてきた張本人に抗議の言葉を上げる。
「寒い!」
「・・・」
返答はなく、見事にオレを無視するセナ。
コノヤロー、最初についてこいって言ったきり黙りこみやがって!
いやいや、感情的になるなオレ!
もしかしてら本当に聞こえていないだけかもしれない、ヨーシ!
ありったけの空気を肺に詰め込み、自分の肺が風船のように膨れたことを認識するとそれを一気に放出させる。
「さむい!!!!!!!」
「うるさい!!寒いのはアンタだけじゃないんだから黙っててよ!」
キッと、由美に睨まれてしまった。
うう、恐ろしい。
どうやらこの寒さにだいぶん気が立っているようだ。
下手をすると怒りの矛先はオレにきそうだ。
よし、ここは少し言い方を変えて。
「なぁ、本当に何でこんなところに来たんだよセナ。なんか訳でもあるのか?」
そうさ、場所を変えるにしたってこのチョイスはおかしいと思う。
今、オレ達が来ているのは町の中心にある時計塔、その最上階だ。
この時計塔、最上階は吹き抜けとなっており星のきれいな夏場は天体観測にはうってつけの場所となっている。
しかし、同じく星がきれいでも冬となれば話は変わる。
夜間は夜風が馬鹿みたいに吹きあられ、壁となるものもないここはさながら冷凍庫へと変貌するのだ。
もちろん人足などあるはずもなく今この場にいるのはオレと由美、そしてセナの三人だけだ。
風の音で話に集中できないし。
「ここに来た理由、それはこの場所が歪みの中心だからだ」
急に口を開くセナ。
「なんだって?」
よく聞き取れず、もう一度聞き直すがセナはすでに違う話題へと移っていた。
「なぁ、大西学。お前は自分が完璧だと思うか?それとも人より劣っていると思うか?今の自分に満足できているか?」
「はぁ?」
コイツは突然何を言い出すのだろうか?
セナにわけのわからない質問をされ戸惑ってしまう。
その真意は見えない。
「なぁ、今はそんなことよりオレの秘密ってやつを先に・・・」
「いいから答えろ。答えないなら話はここまでだ」
おいおい、いい加減その上から目線にも怒りを覚えるぞ、反抗しもいいのだがそれで機嫌を損ねるのはこちらとしてもいいことはないし。
なにより、こちらを射抜くようなあの迫力を前にして反抗する気には正直なれなかった。
それは由美も同じようで、彼女は彼女で早く答えなさいと目配りをしてくる。
「はぁーったく、わけのわかんない奴だな本当。えっとなんだったけ?ああ、オレが完璧かってか?んーさすがにそこまでうぬぼれているつもりはねぇーよ。人より劣ってるとは思わないけどさ、特別優れているとも思わねーよ」
「ふん、お前らしい至って平凡な答えだな」
再びの上から目線。
ってか、コイツ今鼻で笑いやがったな!
クソ―人が下手に出ていればいい気におなりおって。
そんな学の気も知らずセナはトントンと話を続ける。
「けど、正しくもある。本来生物とはそういったものだ。この世に完璧なんてないそれは世の真理だ。けど誰もがいや全てもモノはないと分かっていながらもそれを求める。意識的にあるいは無意識にな。そうやって生物は自分たちの種を新たな段階まで上げてきた。
意識的に自身を高みへと昇らせることを努力といい無意識で起こるそれを進化という、そうやってすべてのモノは完璧へと近づいて行ったんだ。まったくそんなこと誰が望んだんだろうな、本能的に組み込まれた仕掛けなのかな?」
突如じょう舌になったセナに驚きつつその話の半分も理解できない学は何も言えず立ち尽くす。
そんな彼がただ一つ思うことはコイツ本当に話をどう持っていきたいんだろうか?
という素朴な疑問だけだ。
「まぁ、生物たちは何万年物歳月を経て進化しより完璧へと近づいて行ったわけだ。人類が脳を進化させていったようにな。だがな大西学、この進化というの同時に退化でもあるんだ、どんな生物もすべてのスキルを伸ばすなんてことは出来ない、それは欲張り過ぎっていうもんだ。だから、生物は進化の時何らかの機能を犠牲にしたうえでその代償に見合う報酬を受け取る。人類の場合は身体機能だな、脳の代わりに人類の運動能力は他の生物に劣ってしまっている。これは完璧とは程遠いとは思はないか?」
「だから人間は頭脳でそれをカバーしているし出来ているじゃないか」
「まあな、ああその点は他の生物にも言えることかどんな奴でも自分の欠点を何らかの手段で補っている。まったく良く出来ているよ。けどな、どこの誰だかは知らないけどそれじゃ納得できなかった奴がいてな、それは種としての進化で駄目なら完璧な存在を完璧になりえる存在を自らの手で作り出そうと考え実行したんだ」
「なんだよ、さっきと言い分が違うな。その話だと世の中に完璧なものはあるっていうことになるじゃないか」
「いや、いないさ完璧なものなんて。そもそも完璧という定義自体があやふやなんだ。そんな空想みたいなもの生まれるわけがない。彼らは一つの夢理想の具現化みたいなものさ。この世の法則からは大きく外れてはいるけど完璧じゃない。けど、世界はすでにシステムとして完璧を求めてしまっている。だから種の進化は止まらないし種として成立しないあらゆる系統樹から外れた彼らも生まれ続ける。彼らがどうして生まれたかなんてことは私は知らないしたぶん誰も分からないだろう。神の意志って奴かもしれないし彼ら自身がその神なのかもしれない。けど大西学、世界に居るんだよそういった人外のものが。私もその一人だしな」
そこにきて学は完全に呆けてしまった。
それは由美も同じこと。
だってそうだろう、ハッキリ言って今の語りその内容はセナの妄想、ファンタジーだ。
この世には神がいて実は自分もその神の一人だなんていう戯言。
なんてひどい冗談だろうか。
これがもし日常会話であったならセナはただの痛い奴そういった認識を下すだけで事はすんだのだろうが今日はそうではない、自分たちの命が狙われ必死で逃げた先で助けてやると現れた救世主、本当に神の救いかもしれないと思ったのにその実自身を神だと勘違いしているだけの馬鹿女だったとは、実に笑えない話である。
「オイ、セナ。こんな馬鹿げた話をするためにオレ達を呼んだのか?」
「なんだ、信じられないのか?」
「当たり前だ!テメーがどんな妄想をしようがそりゃテメーの勝手さ、だけどな時と場合を考えろってんだ!悪いがこれ以上そんな戯言に付き合う気はねー。オレ達は帰るぜ」
吐き捨てるように、セナを睨みつけながらその場を去ろうとする学をセナは止める。
「まぁ、待て。信じられないっていうなら証拠を見せてやる」
と、一体どこから取り出したのかその手には一振りのナイフが握られていた。
目的は不明だが数時間前ナイフで襲われた身としてはギョっと体を硬くしてしまう。
もしやそのナイフでオレを襲おうと?
・・・といった風ではどうやらないらしい。
なぜならセナはナイフの刃を俺たちに向けないように持っているからだ。
そこに敵意はないという彼女の意思を感じ取れた。
それにしたってコイツは普段からこんなものを持ち歩いているのか?
危ないヤツだな。
「持っているのは今日だけだ。どうせ話は信じてもらえないと思って用意してたんだ」
げっ、考え読まれてるし。
「なに簡単な話、お前が私を信じられないのは私の話が妄想だと思っているからだろ?私が人間じゃないなんていうのは私の頭の中だけのファンタジーだって。なら私が人間じゃないことを証明して見せればそのファンタジーはリアルになるって訳だ」
それが証明されれば文句はないだろと言い放つセナ。
学は思う、この女本気で頭がイカレテいるのかもしれないと。
「お前、そんなこと出来るわけないだろ。そもそもお前が人の姿をしている時点でお前が人だという証明になっている」
くだらない問答だと思いつつも彼女が手にするナイフその使い道が気になりとりあえずは話に乗る学、そんな学にセナは・・・。
「そうだな」
とあっさり学の理論を肯定しすぐに反論に打って出た。
「けどな、大西学。世の中には環境によって他の生物に擬態する奴だっている。私がそうじゃないとお前はいえるのか?」
「むっ」
それを言われたらこちらもそれを否定できるような証拠はないけど。
まったく、ああ言えばこう言う!
これじゃお互い平行線、話の終わりなんて見えて来やしない。
そう、いい加減この不毛な会話にうんざりしてきた頃、
「けど、こんなこと人間にはできないだろ?」
と、何を思ったのかセナは自らの手のひらにナイフを深々と突き立てた。
「ひっ!」
「バッ!」
小さく悲鳴を上げる由美を無視し、セナの手からナイフを払いのける。
赤い血のりのついたナイフがカランと乾いた音を立て地面へと落ちる。
「バカ!なにやってるんだよお前は!!」
白い手から流れ出る血、ああ、どうして今日はこんなにも血を見るはめになるんだ。
そんな事実に怒りを覚えながら由美の時と同じように止血を今度は勝手に始めようとしてその行いをセナに止められた。
「手当はいらない。もうすぐ治る」
「バカ!こんな深い傷がそう簡単に治るわけないだろうが!いいから見せろ」
「言ったろ、私は人じゃない。その証拠今見せる」
実に優雅な動作でポケットから黒いハンカチを取り出し手についた血を拭きだすセナ。
黒いハンカチ、これなら血がついても多少目立ちにくいだろうという考慮があるのかもしれないが、どっちみちあのハンカチはもう使えないだろう。
そして綺麗に血を拭ったセナの手は。
「き、傷がない!?」
学と同じようにセナの手を覗き見る由美、そこにはナイフを刺した傷なんてない。
いや、傷はある。
今も確かにその傷からは血が流れ出ている。
けど、驚くことにその傷が今信じられないほどの速度でふさがっていっている。
コレは一体何の冗談だろうか。
その再生はまさに常軌を逸しており醜悪にさえ感じる。
そして二人が驚いている間にも傷はみるみる内にふさがり、手に空いた風穴はほんの5秒ほどで完全に完治したのであった。
「はは、なにこれ?何かのマジック?」
そんなわけないと分かりつつも現実逃避の為だろう由美はそんなことを言う。
「どうだ、これで私が人間でないという証明はできたと思うんだけど」
勝ち誇るわけでもなく、冷静な顔つきのまま勝利宣言をするセナ。
なんだかものすごい屈辱感があるが、こんなもの見せられたらそれこそぐうの音もでない。
「ふーん。で、お前が人間じゃない事実とオレの秘密にどんな関係があるんだよ?」
せめてもの虚勢で何とか平静を装う。
ここで驚いたらこちらの完全な敗北だ。
「別に関係なんてないさ。単なる前置きだ」
その虚勢もこの言葉で完全に崩れ落ちたが。
「おま!どれだけ長い前置きだよ!」
「落ち着け。意味のない話っていうわけじゃなかったんだから。そう焦らなくても今から話すさ」
こちらの気を落ち着けるためかセナはしばしの沈黙ののち。
「そうだなあれは今から二十年ほど前のことだ」
と、昔語りを始めた。




