ギャルが邪馬台国論争を挑んできたので、論破してやろうと思う
この作品は、家紋武範様主催の「三国志企画」参加作品です。
──ついにこの時が来た。俺と雄介の永年に渡る抗争の歴史に、ついに決着がつく日が来たのだ。
「ふふふ、雄介、ここを見てみろ」
放課後の教室で、俺は今日もらったばかりの歴史の教科書を開き、序盤のそのページを雄介に見せつけた。
「『畿内説が有力である』と書いてある。新しい学説を載せるのに慎重な教科書にすらこう書かれているようでは、もはや『九州説』の勝ち目はないな」
「くっ──まだ、結論が出たわけではないっ!」
「ふっふっふ、無駄なあがきだな」
俺と雄介は中学からの腐れ縁だ。お互い、歴史好きということから意気投合したんだが、いつの頃からか邪馬台国がどこにあったのかを論じ合うようになった。
まあ、きっかけは俺の爺ちゃんが関西出身で、雄介の先祖が九州の方だったという、たわいもないものだったんだけど。
しょせんは素人のガキの討論なので、自説に都合のいい話ばかりを持ち寄るという幼稚なものだったが、何年も続けているとそれなりに詳しくなってくる。
近年、考古学の方でも、卑弥呼の時代に奈良盆地南東部に大きなクニがあったことが明らかになってきた。そのことは雄介もわかっているはずだ。
そろそろ引導を渡してこの論争にケリをつけてやるのが、友としてのせめてもの情けというものだろう。さて、どんなセリフで幕を引いてやろうか。
そんなことを考えていると、妙に粘っこい声が邪魔をしてきたのだ。
「え、何ナニ、マルカワと田辺っチ、ケンカしてんのー?」
じゃらじゃらと身につけたアクセサリーの数は馬鹿さのバロメーター。
俺の一番苦手な人種──『ギャル』の川島カリンだ。
「喧嘩ではない、これは討論だ。俺と雄介は今、『邪馬台国論争』をしてるのだ。
もっとも、もうほとんど勝負はついたようなものだがな」
「くっ──」
「ふうん──。それはいいけど、何でそんなサムライみたいなしゃべり方してんの?」
「き、気分だ気分。
まあ、そういうわけだ。聞いていてもどうせわからんだろうから、さっさと向こうに行って──」
「えー、いいじゃん。私だって『三国志』好きなんだし」
お前が好きなのは、やたらと武将がイケメン化された三国志のスマホゲーだったろうが。そんなことで『三国志好き』を名乗るなど、片腹痛いわ。
「え、川島さん、三国志とか読んだことあるの?」
あ、こら雄介。相手にするな。
「読んだよー。だから『ギシワジンデン』も知ってるしー」
──待て。まさかこいつ、『魏志倭人伝』が正史の『三国志』の一部であることを知っているのか。ギャルのくせに生意気な。
「あ、もしかして邪馬台国が『畿内』か『九州』かでモメてる感じー?」
「まあ、そんなところだ。もう決着はついたようなものだがな」
「だよねー。どう考えても『九州』しかアリエナイしー」
──え? おい、何だと?
「あのなぁ、教科書にも『畿内説が有力』と書いてあるだろうが」
「えー、ナニ、田辺っチって教科書に書いてあることを全部信じちゃう派ー?」
「そういうわけではないが──卑弥呼の時代に奈良の纏向に大規模なクニがあったのは、もう考古学でも定説になってるんだぞ。これが何よりの証拠で──」
「でも、そのクニが邪馬台国だったという証明にはなってないよねー」
くっ、なかなか痛いところを。
「それに、邪馬台国は南ってはっきり書いてあんじゃん。どう考えても畿内はないっしょ」
ふ、素人はこれだから困る。
俺はスマホに保存してある古地図の画像を出してカリンに見せてやった。
「ナニコレ?」
「これは『混一彊理歴代国都之図』。十五世紀に書かれた地図だ。
このあたりが日本。──九州を中心に、日本列島が南に伸びているだろう?
古代中国では、日本はこういう形だと思われていたんだ。
実際には東にあった邪馬台国を南と書き換えても、何ら不思議はない」
「──何のために?」
ん? 何だ、何が言いたいんだ?
「だってー、『魏志倭人伝』って邪馬台国に実際に行った人か、邪馬台国から来た人の話から書かれてるんでしょ?
その人たちが『東』って言っているのに、勝手に『南』って書き換える必要ある?」
「いや、それは日本がそういう形だと思い込んでいたからで──」
「だとしても、自分の思い込みで勝手に証言を捻じ曲げるって、ヤバくない?
何かヘマしたらリアルにクビ斬られるようなブッソーな時代だよ。そんなリスキーなこと、役人ごときがやる必要ある?
何て言うか──ドウキハクジャクだよね」
──『動機薄弱』な。
こいつめ、ギャルのくせに、思いも寄らないところを突いて来やがる。
ならば、これだっ! 俺はすかさずスマホで九州の地図を表示させた。
「あのな、邪馬台国へは『水行十日、陸行一月』って書いてあるんだよ。
出発点をどこと見るかは諸説あるけど、最大限そっちの言い分に有利な『伊都国』だったとしよう。
伊都国がここ(現・福岡県糸島市周辺)だというのは、ほぼ異論のないところだ。ここから『水行十日、陸行一月』も南に進んだらどこまで行く? それこそ九州なんぞ飛び越えて、南の海にドボンだ。
それよりは、船で山口県あたりに渡って、そこから東へ一か月陸路を進んで奈良へ、という方がまだ現実的だろう」
「えー、何で最速で最短ルートで行くって決めつけるかなー?」
──何だと?
「あのさー、田辺っチ。本当はあまりつき合いたくないヤバい人を家に連れて行かなきゃならなかったとしたら、わざと遠回りして、道順を覚えにくくしたりするんじゃない?」
「え? いや、そんなことしたって意味ないだろ。スマホのGPSだってあるし──」
「スマホのない時代の話してんじゃん。バカなの?
魏みたいな大きな国にもし攻めてこられたら超ヤバいから、絶対に最短ルートで連れて行ったりはしないよー。道を覚えられたらヤバいじゃん。
──あ、ほら、この辺は海岸がウネウネだし、絶対こっちを通ってるって」
そう言って、カリンが俺のスマホを覗き込み、佐賀や長崎辺りのリアス式海岸を指し示そうとする。
く、くそ──背中に何か柔らかいものが当たっている気がするが、俺はこんなことでは惑わされんからな!
「ほら、これだけ入り組んだところなら十日くらいかかるっしょ。『今日は波が高い』とか『風向きが悪い』とか言って、わざと時間もかけられそうだし」
「い、いや、それにしたって、上陸してから一月ってのは長すぎるだろ?
1時間にだいたい4キロ進むとして──」
「ろくに道もないのに、そんなに速いわけないじゃん。お偉い使者さんなんだから、お神輿みたいのに乗せて、しゃなりしゃなりとゆっくり行くんじゃない?
あと、天気が悪い日はお休み、とか──あ、行く先々で何日かずつ歓迎パーティーみたいなのもあるかもしれないし。
1か月は全然ありだと思うよー」
──ドヤ顔が癪に障るなあ、チクショウ。
「凄い! 面白い視点だし、かなり説得力あるよ、川島さん!」
雄介まですっかり感心しきってるし。
このままではまずい。こんなギャルに論破されるなど──何とか他のところで反撃しなければ!
「あ、そうだ! 実は、使者は邪馬台国まで行っていないのかもしれないんだ。
伊都国にだけ『到る』という別の字が使われているから、使者の最終目的地は伊都国だったという説がある。それなら、そんなに時間かせぎみたいなことをする必要はないし──」
「えー、行ってないならなおさらだよー。
田辺っチだって、あまり来てほしくない人に家の場所を聞かれたら『いや、俺んちメッチャ遠いし』とかオーバーに言うでしょ?
魏に攻められないためには、邪馬台国はそう簡単に行けるところじゃないって思わせておくのは当然だよね」
──逆にカウンターを喰らってしまった。
「──さ、もう私の勝ちってことでいいよね?
マルカワ、手助けしたんだから何か帰りにおごってよ。マックでいいし」
「もちろん!」
く、くそう。俺はこんなところでギャルなんかに負けてしまうのか──?
考えろ、他に何か糸口は──⁉
「ま、待て! やっぱりおかしいぞ!
百歩譲って、邪馬台国が九州にあったとしよう。だが、その時代には奈良に大きなクニがあったことも事実なんだ。
だったら、魏志倭人伝には奈良のクニのことだって絶対に書かれていたはずだ。
でも、女王国から東には『侏儒国』だの『裸国』『黒歯国』だの、変な名前の国がはるか遠くにあると書かれているだけだ。
つまり、女王国の東には大して大きな国はない。──だったら、奈良にあったクニこそが邪馬台国だったということになるんじゃないか⁉」
俺の最後の攻撃に、カリンはちょっと意表を突かれたようだった。ふ、これは効いたか──?
「──あのさー、田辺っチに気になっている女の子がいたとするじゃん」
え、何の話だ、それは。
「で、もしその子に『友達のマルカワ君ってどんな人?』って聞かれたら、素直にマルカワのいいところを教えてあげる?
絶対教えないよね。──ってか、ちょっとした悪口くらいは吹き込むんじゃない?」
お、俺はそんなことはしないぞ! ──と思う──たぶん。
「たぶん、邪馬台国の人も魏の使者に聞かれたと思うよー。『東の方にも邪馬台国と同じくらい大きなクニがあると聞いたが、どんな国だ』とかさ。
そしたら、絶対こう答えたと思うよ。『あー、あんなの全然たいしたことない、ちっぽけなクニっすよ!』なんてね。
邪馬台国としては、自分たちが倭国で一番強くて大きい国だと、魏に認めて欲しいんだからさー」
くっ──確かに、それなりに説得力はある。
『侏儒』とは極めて背の低い人を指す差別的な言葉だ。ライバル視する奈良のクニが取るに足らない国だと魏の使者に印象付けるために、そんなひどい国名で呼んだ、というのはいかにもありそうな話だ。
しかし、当時の人の行動や心理を予想して推測するとは──歴史の専門家からはまず出て来ない発想だ。しかも、例え話もわかり易いし。
こうも予想外のアプローチをしてこられたら、何の準備もなしには勝負にならない。くそ、今日のところは俺の負け、か。
「さて、もういいかな? ──田辺っチもマック行く?」
ここで行かないとか言ったら、拗ねているみたいで格好悪いよな。
「──行くよ」
俺がそう答えて立ち上がると、カリンはニカっと笑って俺と雄介の間に立って、左右の腕をそれぞれ絡めてきた。
「じゃあ次は、三国志の武将で誰が一番強かったのか、語り合おうよー」
──だ、だから柔らかいものをむやみに押し付けてくるんじゃないっ!
☆ 追記:コロン様からカリンのイメージイラストをいただきました。ありがとうございます!
はい、『三国志企画』と聞いて、変化球的な『邪馬台国』ネタで書いてもいいかと主催者様に問い合わせたのは私ですw
異論・反論は拒みません。
ただし、筆者の邪馬台国論争に関する知識はごく浅いものなので、ガチの論争を挑まれても期待に応えられるような返しは出来かねますので、あらかじめご了承くださいませ。