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お払い箱の令嬢は最弱騎士の幸せを願う【短編版】

作者: 八十八

本作を応援してくださった方、読者の方、ふと覗きにきていただいた方、皆様方にこの場を借りてお礼申し上げます。

お陰様で、とても多くの反響を頂きました。初めての経験で、筆者として非常に嬉しく思います。


そんな気持ちを糧とし、長編版を書き上げました。

https://ncode.syosetu.com/n5003he/


どうか引き続き、二人の幸せを願っていただければ幸いです。

 私は今でも、あの日のことを鮮明に覚えている。


 己に授かった魔術を見極める儀式を終えてから、お父様は露骨に機嫌が悪くなり、お屋敷に帰ってからお母様と言い争いを始めた。

 盗み聞きするつもりはなかったが、隣の部屋にいてもその声ははっきりと聞こえてきた。


「そう気を落とさないで。他の子たちはみんな優秀だし、十三番目の子なんてどうだっていいじゃない」


「どうだっていいだと? ()()を養うのにいくらかかると思ってるんだ! 買い手がつけば売りたいくらいだ」


 お父様が私のことをモノ扱いしていることは、まだ五歳だった私にも理解することができた。


 名門六貴族に名を連ねるロワール家の現当主でもあるお父様は、もともと私にはあまり興味を示してくれなかった。兄弟姉妹が十三人もいれば、末っ子など眼中に入らないのだろう。


 それでも儀式が始まる前には、上機嫌で私を教会まで連れて行ってくれた。私が稀有な魔術を授かっていることに期待していたのだろう。

 だが、結果はお父様の望む形とはかけ離れていた。


 私が生まれもって授かった魔術は、ステータス上昇が行える『加護』だけだった。

 火も水も土も風も操ることができず、ケガ人を治療することも呪いを浄化することもできない――そんな私は、お父様にとって役立たずの()()になったのだ。


 そして、儀式の翌日から私の住まいはお屋敷から離れた別邸に移され、祝い事でもなければ両親に会うことすらできなくなった。

 もちろん、会ったところで馴れ馴れしく会話することなど許されない。お父様とお母様に纏わりついて楽しくおしゃべりすることができるのは、私より優秀なお兄様やお姉様たちだ。


「あら、どちらさま? 十三人目の妹なんて我が家にいたかしら」


 一番目のお姉様は、その嫌味が口癖になっていた。

 だけど腹立たしくはなかった。お父様にモノ扱いされて泣き腫らしたその日から、私も家族はいないと思うようにしていたからだ。

 

 むしろ家族と言えるのは、別邸で私を育ててくれたメイドのブレダくらいだろう。

 ブレダは私の育て役に任命された専属メイドだ。年齢は五つしか離れていないが、底抜けに優しく時に厳しく接してくれるブレダは、私にとって母代わりの存在と言えるだろう。

 幼い時には、「貴族なんかやめてブレダの子供になる」と喚いて怒られた事が何度もある。まあ、今でもその気持ちに変わりはないけど。


 そんなわけで、名門貴族一家をお払い箱になった私ではあるが、ブレダのお陰でそれなりに平穏な日々を送ることができた。

 ただし、その平穏も期限付きだったことを、私は今日になって思い知らされる。


 私が十六歳を迎えた日に、暖かな春風にのせられてその手紙は届いた。


「名門六貴族ファルマン家の末っ子と縁談ねぇ……」


 慎ましいバルコニーで手紙を読んだ私は、ブレダの淹れてくれた紅茶を口に運びながらため息をつく。


「あのファルマン家とご縁があるなんて、いいお話じゃありませんか」


 と、話を聞いていたブレダは素直に喜んでいるが、世の中そんなに甘くない。


「わかってないわね。私なんかに宛がわれる夫がマトモなわけないでしょ。ファルマン家にも私みたいなお払い箱がいるのよきっと。いらないモノ同士をくっつけてポイすれば両家も安泰ってね」


「もう、お会いする前から失礼ですよ。きっと素敵な殿方ですから」


 それにしても、末っ子とは言え私なんかの相手に名門ファルマン家直系の子を引き出せたのは素直に驚いた。

 それだけお父様は、モノとしての私を最大限活用したかったのだろう。


 そもそも、お父様が安くないお金を投じて無能な私に住まいとメイドを宛がったのは、見栄と世間体もあるが『政略結婚』という最大の使い道があったからだ。

 要するにその役目を果たせというのが、お父様から送られてきた手紙の内容だ。


「未来の夫の名前はアラド・フォン・ファルマン……約束は明日の午後三時か。ここでの気楽な日々も近いうちにオシマイね」


 縁談とは言え、実質的には縁組なので私に拒否権はない。

 そもそも、今のところ駆け落ち予定の恋人もいないし、逃げ出したところで路頭に迷うだけだ。


 それにモノ扱いとは言え、お父様のお陰で何不自由ない生活が送れていた自覚くらいはある。

 愛情もない父の意向に従うのは、恩返しと言うより借りを返すという感覚に近いだろう。


「あの、ソミュア様……もし縁談がまとまった折には、その、ご迷惑でなければ、私も……」


 ふと、ブレダが不安げな表情でそんな言葉をつぶやく。

 言いたいことはわかっている。ブレダは私の嫁ぎ先についていきたいのだ。今さら実家のお屋敷に戻って働きたくないのだろう。

 特に一番目のお姉様は口うるさいから気持ちはわかる。


「アナタのことは未来の夫にお願いしてみるわ。一緒に地獄へ付き合ってくれるなんて、アナタも物好きね」


「だから、地獄だって決めつけないでください!」


 それから私たちは、耐えきれなくなってクスクスと笑い合う。

 だが、こうしてブレダと何の憂いもなく笑い合える日々が終わるかと思うと、無性に寂しく思えた。



 * * *



 翌日私は、縁談の顔合わせということでアラドの邸宅へ赴いた。


 貴族街の外れにあるアラドの邸宅は、小さいながらも見てくれだけは派手な佇まいをしている。

 金はかけたくないが見栄は張りたいという意思が透けて見えるのは、私も似たような家に住んでいるからだろう。

 

 送迎用の馬車を降りた私は、相手方の使用人に促され邸宅の中に――入るかと思いきや、門をくぐって庭先へ案内された。


「アラド様がこちらでお待ちです」


(ええー、最初からお庭でお茶なの。失礼とまでは思わないけど、ずいぶん気取った人なのかしら)


 今朝起きた時は何があっても動じないようにと思っていたが、どんどん変なところばかりが気になって無駄に緊張してしまう。

 そして、赤い薔薇に彩られた花のトンネルを抜けた先に、その人は佇んでいた。


「はっ、初めましてっ! 僕が、アっ、アラアラ、アラド・フォン・ファルマン、です!」


 正直に言って、「アラアラ」のところで私の口角はヒクヒクと吊り上がっていたと思う。彼が立ち上がった拍子に椅子が勢いよく後ろへ倒れ、使用人がビックリしたのもポイントが高い。

 私は今日この瞬間ほど笑いを噛み殺すのに必死になったことはなかった。


「ソミュア・ド・ロワールです。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


「かっ、歓迎します。どうぞこちらに……」


 今のやり取りで、アラドの第一印象は完全に『面白い人』になってしまった。

 背丈は小柄だが顔は整っているので、見た目ではなく立ち振る舞いで損をするタイプなのだろう。

 ただ、緊張してオドオドする姿は怯えている子猫みたいで、かわいらしいと思えてしまった。


 それからは、特に面白味のない挨拶が始まる。

 互いにおべっかを使って実家のことを褒め合い、「あなたの親兄弟のご活躍はよくご存じですよ」とアピールをする。

 ああ、この人もそう言えって教わったんだろうな――と、そんな気持ちで私はつまらない会話を続けた。


 しばらくすると、使用人が気を使った体で席を外してくれる。ここからはお二人だけでどうぞ、という定番の流れだ。

 二人きりになった時に彼がどんなことを話すのか興味があった私は、あえて話題を振らないことにした。

 すると、長い沈黙が訪れてしまう。


(うわー、すごい困っちゃってる。でも、もじもじしてる姿は見てて飽きないかも)

 

 などと考えつつ、「無理にしゃべらなくてもいいですよ」という雰囲気を装いお茶に口をつけていると、アラドは急に顔を上げて深刻な表情見せた。


「あのっ、お招きしておいて大変失礼だとは思いますが……やっぱり、この話はなかったことにしませんか」


「はい……って、え?」


 驚く間もなかった。

 どうやら私は、一瞬にして振られてしまったらしい。


 もちろん今の生活を変えたくない私にとって、アラドとの破談は望ましいことかもしれない。

 だが、いざ面と向かって断られると、泣きたくなるほど傷つくことがわかった。

 何がいけなかったのだろう。ああ、ブレダ。私ってば、恋もしてないのに失恋しちゃった。家に帰ったらどうか笑ってちょうだい。


「訳を、聞いてもよろしいですか?」


 それくらいの権利はあるだろうと、私はどうにか涙をこらえて平静を装う。

 すると、アラドから返ってきた答えは意外なものだった。


「僕は、本当に落ちこぼれなんです。立派なのは血筋だけで、貴族のクセに魔力も全然授かってなくて、家族からは見向きもされていません……そんな僕と一緒になれば、ソミュアさんもきっと不幸になると思って……」


 それからアラドは、自身の境遇を詳しく語ってくれた。

 彼も私と同じく、不遇な魔術の授かり方をしたことで家族から疎まれているらしい。なんでも、扱える魔術の種類は多いが、その力を引き出す魔力が極端に低いのだとか。火を出してもチロチロ、風を出してもソヨソヨなのだそうだ。


「そんな僕は戦場に出ても最弱です。それでも父上が僕に騎士号を与える理由は、僕の戦死を望んでいるからだと思います。それくらいしか無能者の僕が得られる名誉はないって、昔から言ってたから……」


「そんな不幸を背負った人生に私を巻き込みたくない……だからこの話は破談にする。そう、おっしゃりたいんですか?」


「はい。もちろん、僕の意思で破談という形にします。それでもソミュアさんに迷惑がかかることは重々承知しています。僕個人にできる償いなら、何でもします。だから……」


 その言葉で、アラドという人物の内面が少しだけ垣間見られた気がした。

 彼はとても優しい。そして優しすぎるからこそ、戦死しろと言われるような運命を背負っていながら、他人に迷惑をかけまいとするのだろう。

 それは立派な心がけかもしれないが、私にはとても寂しく思えた。

 

 そもそも私だって、そこまで気を遣われるような高潔無比のお姫様ではない。


「アラド様のお気持ちはわかりましたが、私だって褒められたような生い立ちではありません。私も魔術に難があることは、ご存じですか?」


「それは……」

 

 反応からして、私のことはそれなりに知っているのだろう。

 であれば、もう猫を被る必要もないと思い、私は自然と笑みをこぼしていた。


「アナタが十四番目の末っ子だって聞いた時から思っていたけど、私たちって本当に似た者同士みたいね。お互い、両親が呆れるくらい元気なところも」


 さすがに下品すぎただろうかと慌てて口元を押えると、苦笑いを浮かべたアラドもどこか肩の力を抜いてくれたように見えた。


「僕なんかと似てる、なんて言えませんけど、ソミュアさんも苦労してるのかなとは思いました。こんな身なりと血筋をしていても幸せになれない人がいることは、僕にもよくわかるから……」


「そうね。だけど、家を飛び出すほどの勇気もなかった……今の立場に甘えているうちは、親に逆らえないものね。だから私は、こうしてアナタの家への貢ぎ物になるために、ここに来たのよ」


「貢ぎ物だなんてそんな! 僕はそんなつもりでソミュアさんと会うって決めたわけじゃない! それに、周りがなんて言おうと、ソミュアさんは、その、綺麗だし、いい人みたいだから、僕になんて勿体ないと思って……」


 アラドの言葉は、素直に嬉しかった。

 容姿や性格のことじゃない。自分をモノ扱いして自虐したことを否定され、私を一人の人として見てくれたことが嬉しかったのだ。


「じゃあ、私がその綺麗でいい人じゃなかったら、縁談を受け入れるつもりだったの?」


「それは、その、言葉のあやと言うか……」


 だめだめ。こうしていると、どんどんアラドという人を構いたくなってしまう。

 彼の意思が固いなら、私もおとなしく引くべきだろう。


 出されたお茶を飲み干した私は、態度を改めて話を戻すことにした。


「アラド様の意思はわかりました。私には、何も言う権利はありません。後のことは、アラド様の意向に従います」


 きっぱりそう告げると、アラドは何かを悩んでいるかのように手を組んで視線を落とす。

 さっき破談の話を打ち明けた時と同じく、何か言いたいことがあるのだろう。


 その言葉を聞くために、どれくらい待っただろうか。

 短かったような長かったような、不思議な時間が流れる。


 それからアラドは、不意に沈黙を破ってこう告げた。


「君の……ソミュアさんの気持ちを、聞かせてほしい。親とか血筋とか立場とか、そういうのを抜きにした、君の気持ちを……」

 

 と、神妙な顔で聞かれたところで、私はまたも我慢できず笑ってしまった。


「それって、私がアナタに惚れたかどうか教えろってこと? フフ、ホントに面白い人」


「えっ、いやいやいや! そういう意味じゃ……いやでも、そういうことになるのかな? すいません。本当に僕、考えなしで……」


 そうじゃない。アナタはきっと、考え抜いた末に私の気持ちを聞いたのだろう。

 どこまでも他人本位な優しい末っ子さん。私は、そんなアナタのことが――


「乙女の心を推し量るのも殿方のお役目ですよ。今日は顔合わせですし、私は結論を急ぎません。どうかゆっくり考えてみてください……そろそろ、帰りの馬車を呼んでいただけますか?」


 それから馬車の手配をしてくれたアラドは、再び黙り込む。

 でも、私にはわかる。また何か言いたそうに黙っているんだもの。私は早くその言葉が欲しいのに。もう時間はない。


 そして馬車が到着すると、アラドは玄関先まで見送ってくれた。


「今日はとても楽しい時間が過ごせました。また――」


 そう言いかけて私は口をつぐむ。

 そこから先の言葉は、アラドに言ってほしかった。けれど、もう遅いかな。


 諦めて踵を返そうとすると、不意に右手を掴まれた。


 優しく私の手を取ったアラドは、おもむろに跪いて顔を上げる。

 その顔はいまだに自信がなさそうだけど、小さな決意のようなものが宿っている気がした。


「ソミュアさんの気持ちは、まだわかりません。だから、また僕と会ってくれませんか。お互いの気持ちがわかるまで――」


 そう告げて、アラドは私の手にキスをする。

 貴族にとって、その行為ただの挨拶でしかない。だけど私は、手の甲から伝わる温かさが全身に広がるような心地がした。


「ええ、是非」


 そうしてアラドと別れを告げ、私は夕日の差し込む馬車に揺られる。


 ああ、今日はきっと眠れないほどブレダに話すことがある。ブレダは最後まで聞いてくれるだろうか。

 そんなことを想像して笑みを浮かべた私は、アラドという優しい紳士に思いを馳せて遠くの夕日を眺め続けた。



 * * *



 顔合わせをしたあの日から、私とアラドは暇さえあれば会うようになった。

 最初はアラドの家でお茶をするのが二人の時間だったが、最近では街へ出かけたり、サーカスやお芝居を見に行ったりすることも多くなった。


 建前上は縁組が成立している仲とは言え、本来ならそういう遊びは正式に籍を入れてからするべきなのだろう。二人で外に出る時も、悪目立ちしないよう夫婦のフリをしているくらいだ。

 それでも籍を入れずにいたのは、私たちが互いの気持ちを探り合う恋愛ごっこを楽しんでいたからだろう。


 どうして私たちの関係が『ごっこ』なのかと言えば、「親の決めたことだから結婚しよう」と言ってしまえば、片がついてしまう関係だからだ。

 だけどアラドは、その言葉を使わずに私の心が傾くまでアプローチを続けるつもりらしい。私はそんな健気で優しいアラドに十分すぎるくらい惹かれているので後は告白されるのを待つだけなのだが、なかなかアラドは私に気持ちを伝えてくれなかった。


 そんな日々が続くと、いつの間にかアラドが騎士号を叙勲される式典の日がやってくる。

 この日私は、アラドの婚約者として式典の催される王城まで赴いていた。まだプロポーズされていないが、周囲は既に縁組が成立したと思っているので婚約者を演じるのは何の問題もなかった。

 こうなるのが嫌だから早くアラドに告白してほしかったのだが、待つと決めた以上は仕方のないことだ。

 

 夫婦を演じて肩を並べた私とアラドは、馬車を降りて式典の行われる王城の中庭へと入っていく。

 すると、会場にはアラドと同年代の貴族や兵士が集まっていた。


「うぅ、緊張するなぁ……」


「フフ、堂々としていればアナタも立派な貴族に見えるから大丈夫よ」


 騎士は、上流貴族にとって通過点のような地位だ。家督を引き継げる長男以外の子は、騎士となり戦場に出たり政略に奔走したりして出世を目指すのが王道とされている。

 大貴族の末っ子であるアラドも本来はそういう立ち位置なのだが、彼の場合は少し事情が異なるようだ。


「前にも言ったけど、満足に魔術を扱えない僕は何の期待も持たれてない。たぶん騎士号を授かったらすぐ戦場に駆り出され、兄たちの引き立て役にされるか、華々しい名誉の戦死を望まれるだけさ」


「いつ聞いても酷い話ね。私みたいにお払い箱にされるならまだわかるけど、死を望まれるなんて人として信じられないわ」


「貴族の世界で最も優先されるのは名誉だからね。一族の面汚しが得られる名誉は、それこそ戦死くらいなんだよ」


 そんな会話を交わしていると、一人の男が私たちのもとに近づいてきた。

 見物に来ている貴族だろうか。それなりに地位が高そうだ。


「これはこれはファルマン様。ご機嫌麗しゅうございます。貴殿もようやく騎士の仲間入りですか。今日は叙勲の儀を楽しみにしていますよ。それではまた」


 と、男は礼儀正しく挨拶を告げて去っていく。

 一見すると、貴族として交友を広げるための挨拶をしただけに見える。

 

「あら、アナタにも声をかけてくれる人がいるんじゃない。お付き合いは大事にしなきゃね」


「いや、今のは嫌味だよ……今日の式典でやる叙勲の儀で、貴族は魔術を披露しなくちゃいけないんだ。彼の言う楽しみってのは、僕が恥ずかしいくらい小さな魔術を披露して、笑い者にされることを言ってるんだよ」


「……」


 さすがに、かける言葉が見つからなかった。


 お払い箱にされた私は自分が不幸な星の下に生まれたと思っていたが、それはアラドとの運命的な出会いによって帳消しになったと思っている。

 だが、アラドはどうだ。笑い者にされ、戦死を望まれ、そんな運命をずっと背負わされているのだ。

 

――僕と一緒になれば、ソミュアさんもきっと不幸になるから。


 私たちが初めて出会った日に、アラドはそう告げて破談を迫った。

 互いに惹かれ合う関係になっても、アラドはまだそのことを気にしているのだろう。だから、なかなか私に告白してくれないのだ。


 確かにアラドの気持ちもわかるが、私は抗いたいという思いの方が強かった。

 いかに不幸な運命を押し付けられたとしても、私は幸福になりたい。好きな人のそばに寄り添い、好きな人と一緒に幸せになりたい――そう思うのは人として当たり前のことだ。きっとアラドも、そう思っている。


 そんな気持ちに気づいた時、私はとんでもなく恐ろしいアイディアを思いついてしまった。


「ねえアラド。少しだけ手を借りてもいいかしら」

 

「え? これでいい?」


 私はアラドから差し出された右手を両手で握り込み、集中力を高め全身全霊で魔術を行使する。

 そう、私が唯一に授かった『加護』の魔術だ。私は今、最大出力で加護を行使し、アラドの魔力ステータスを限界まで引き上げた。

 

 これしかできない私は、無能だと蔑まれてお払い箱になった。

 それでも私は、この魔術を磨き続けた。己の授かった力を信じ、研鑽を続けた。


 その成果がどれだけ実ったかは、これからアラドが式典の場で証明してくれる。


「ソミュア! 君はまさか、僕に加護を――」


「しーっ! 大きな声出したらバレちゃうでしょ! どうせバカにされるくらいなら、ちょっとくらいズルしたっていいじゃない」


「いやいやいや! 絶対バレるって! みんな僕が最弱だって知ってるんだよ!」


「頑張って特訓したって言い張ればいいのよ。証拠は残らないんだし。さあ、これで式典が楽しみになってきたでしょ!」


 そう告げた私は、両手でアラドの口元を掴み、無理やり笑顔を作ってやる。


「私、アナタの暗い顔を見るのがイヤ。アナタがバカにされるのはイヤ。アナタには笑っていてほしい。幸せになってほしい。それが、私の幸せでもあるから……」


 少し、積極的すぎただろうか。

 だけど、これくらい言わなければ、アラドは気づいてくれない気がした。


 私はもう、アナタ抜きでは生きていけないって。私の幸せの中には、アナタも含まれているって。

 そんな気持ちを込め、私は弱々しくはにかみながらアラドの顔を解放する。


 するとアラドは、どこか呆れたような、楽しんでいるような、屈託のない笑みを見せてくれた。


「ありがとう……君を信じて、やってみるよ」


 アラドは笑みのままそう告げて、式典会場へと向かって行った。


 王城の中庭で式典が始まると、衆目の前で若い貴族や兵士が順番に名前を呼ばれ、国王の代行者によって叙勲の儀式が執り行われる。

 アラドが言っていた通り、貴族の場合は己の実力を誇示するために、一番得意な魔術を披露する時間が設けられている。


 やはり名前を聞いたことがあるくらい有名な貴族は、誰も彼も派手な魔術を披露している。逆に言えば、下級貴族たちの方が気を遣って魔力を控えめにしているのかもしれない。


 もちろん、アラドは大貴族の血筋を持っているので、派手な魔術を披露しても何ら問題はない。しかし、衆目が求めているのは、この大舞台で恥ずかしいくらい小さな魔術しか披露できず笑い者になるアラドの姿だ。


 それを示すかのように、アラドの順番が回ってくると観客席からクスクスと笑い声がこぼれる。まるでサーカスの出し物のような雰囲気だ。

 そんな中で、いよいよアラドは魔術行使の発声をする。


「我が主君のため、ここに力を示さん!」


 誰もがアラドに嘲笑の目を向け、本来ならここで大笑いが起きるはずだった。

 だが、そうはならなかった。


 アラドは、火の魔術を行使した。

 他に火の魔術を使った貴族は、せいぜい二階の屋根に届くくらいの炎しか出せなかった。

 しかし、アラドが放った炎は桁が違った。


 私は、今この瞬間目に焼きついた光景を、一生忘れない気がした。

 式典会場から立ち昇った炎は王城天守よりも高く立ち昇り、降り注ぐ火の粉はまるで満天星空のように空を覆いつくす。

 誰もが呆気にとられ、奇跡でも目の当たりにしているかのように目を点にする。


 そんな中でも、私はしっかりと見ていた。

 特大魔術を行使したアラドが、驚きながらも誇らしげに、そしてちょっぴり楽しそうで幸せな顔を浮かべているのを、私は見逃さなかった。


 そして私は確信した。

 私が加護の魔術のみを授かったのは、このためだったのだと。この人に加護を捧げるために、私の力はあるのだと。そう確信した。


 そうしていつの間にか、私は涙していた。

 嬉しかったのだ。今まで私を不幸にしていた魔術でアラドの嬉しそうな顔を見ることができ、心の底から嬉しかったのだ。


 だから私は決めた。この人のために生きようと。

 それからアラドと目が合った私は、涙をごまかすかのように満面の笑みを浮かべて頷いた。

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[良い点] 面白かったです。
[一言] 展開は面白く心理描写も丁寧なんだが、いかんせん落ちが弱い 終盤に至るまでが秀逸なだけに、読後の感想としてはひどく物足りない印象 連載版を始められたとのことなので、そちらの方はもっと練って作…
[一言] めちゃくちゃ面白かったです。 ところでこの話の続きはどこで読めますか?
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