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しがらみ

 


 フレドさんは弟さんあてに手紙を書いたそうで、「久しぶりに書き物をしたよ」と自分の肩を揉んでいた。


「エディさんはどちらに?」

「返事を確保した事をクロヴィスに伝えて来るって商業ギルドの通信魔道具を使いにいったよ」


 エドワルト、だとどうしても名前の響きだけでも平民にしては不自然だと思われてしまうので私達も「エディさん」と呼ぶことになった。周りに対して話す予定の「ちょっと裕福な実家の跡継ぎ争いから逃げ出してきたフレドと、その実家に居た時から仲の良かった元従者で幼馴染のエディ」という設定も説明されている。琥珀は隠し事が出来なさそうなので、わざわざ真実を伝えずにこの情報だけ話しておく事になった。実際嘘は何一つ含まれてないし。

 ちなみに今の時間は琥珀は孤児院で読み書き計算を勉強していて不在のためこの話が出来る訳である。

 しかし奇遇な事に、私達全員家を出奔してる者達のパーティーになるのか。琥珀は修行のために追い出されたと言っているけど、あれから詳しい話を聞く限り「行動を改めないと、強き者になるまで帰ってこられない厳しい修行の旅に行かせるよ」という脅しを琥珀が暴走して受け取った……ようにも感じていた。

 それとも本当に修行が必要だと感じたその伯母さまが荒療治で琥珀を家の外に出したのか。

 琥珀本人に聞くと感情的意見が強めに混じった主観の話しか聞けないので、私の推測が多分に含まれているが……なのでいつか琥珀の故郷にも行けたらなぁとも思っている。


「お返事をいただきましたよ、とそれだけを連絡しにいったのですか?」

「俺についての話はそうだと思います。エディはこの街に『人工魔石産業の視察』って名目で来てて、クロヴィスも実際興味持ってるって言ってたしその業務連絡も一緒にしてると思いますけど」

「……お手紙の内容、手紙で持ち帰らずに通信魔道具で内容をそのまま伝えてしまえば早いのではと思ったのですが、それは出来ないのでしょうか」

「うーん、俺表向きは行方不明になってるんで……国境を越える公共通信は絶対国を介さなきゃならないの考えると、もしかしたらそれがきっかけでバレるかもしれないなぁってちょっと怖いし避けたいですね」

「あ、確かにそうですね。フレドさんの事情に思い至らず……とんだ浅慮を」

「いえいえ。普通はこんな事警戒しないから思いつかなくて当然ですよ」


 確かに、全ての通信の監視が常に行われているかも……なんて、戦時下でもあるまいし考えすぎではあるけど、じゃあ絶対あり得ないのかというとそれこそ「ありえない」。せっかく弟さんの周囲も落ち着いてきた今、大丈夫だろう、でリスクを踏むわけにはいかないのだ。

 軍や国同士が使うような通信魔道具ならきっと安全だろうけど……そんなものを使う伝手はないし。

 公共通信以外だと各商店が独自の連絡手段を使っていたりするが、こちらはより情報漏洩の危険が高くなってしまう。

 やっとご家族の安否が分かって連絡が取れる、と待っている弟さんには申し訳ないが、もう少し待っててもらわなければならない。

 フレドさんとアンナの会話を聞きながら、私もフレドさんの事情について色々思い浮かべていたら、つい聞いてしまっていた。


「フレドさん、本当に故郷に一度も帰らなくていいんですか?」

「うん。こうしてこっそり連絡は取れるようになったし。一応俺もそのうち帰郷しようとは思ってたんだよ。けど……それは弟に跡継ぎが出来て王位についてから……くらい後の話だと思ってたんだよね。それに俺が今姿見せたら絶対また問題起きるから」

「それは確かに……」

「でしょ?」


 なるほど。フレドさんはそれだけ、弟さんの元にトラブルを持ち帰りたくないのだな。確かに、フレドさんが国を出る原因を作った人達……弟さんが対処したとエディさんは言っていたが、全員いなくなった訳ではないだろうし、中には同じ事を企む人も出るだろう。本人同士はこんなに仲が良くてお互いの事を案じてるのに、なんとも迷惑な話だ。

 当人同士で解決してるものを第三者がわざわざ大問題にしてしまってる。

 本当は仲が良いのに、連絡も表立って取れないって不自由だな。もどかしく思っていると、ボソリと「俺の母親って人をどうにかしたら問題全部解決するんだけどね」と呟くフレドさんに、私とアンナは思わずギョッとしてしまった。


「フ、フレドさん?!」

「ああ、いや、そんな物騒な話じゃなくて……幽閉とかしちゃえばいいのに、って思ってね。実際王妃として仕事してるのはクロヴィスの母親のエリザベス様だし……いや、ごめん、二人に聞かせる話じゃなかった」


 言い直したけど十分物騒な話だった……。

 フレドさんが敵意をむき出しにして、はっきりと人の事を悪く言う人なんて。あの逮捕されたデュークとか、その父親に対しては怒ってる所は見た事あるけど、でもここまでの嫌悪感は滲ませてなかった。「その人達よりも嫌いなのか」と思うと、ちょっと安易に踏み込んで聞けないと感じてしまって。

 ……聞いて欲しい話なら。私が話を聞く事で少しでもフレドさんの気が楽になるなら聞きたいんだけど。アンナ以外まともな友達がいなかった私にはちょっとそこの判断がつかなくて。……エディさんなら知ってるだろうが、フレドさんに隠して聞くのは不誠実なのでそれはしたくない。いつか私が勇気を出してフレドさん本人に聞けると良いんけど。


「リアナ!!」

「あ、琥珀、お帰り」


 アンナとフレドさんもそれぞれ「お帰り」と声をかける。しかし余程気が急いている事があったのか、琥珀が次に口にしたのは「ただいま」ではなかった。


「リアナ、明日孤児院の奴らを森に連れて行って欲しいのじゃ!」


 挨拶や「ありがとう」「ごめんなさい」はきちんと言おうねと教えて、それがちゃんと守れるようになってたと思っていたのだが。

 どうやらまだまだ琥珀が一人前になるのは遠いらしい。一応猶予を与えようと私からもう一度「琥珀、お帰りなさい」と挨拶を促す。


「あのな、今日孤児院に冒険者だって卒業生が来ておってな」

「琥珀ちゃん、挨拶が先でしょう?」

「あ、え、……ただいまなのじゃ……」


 だがそれに気付かず自分の話したい事を話し始めてしまった琥珀に、アンナのストップがかかった。

 しまった、という顔をしたのが見えたが今更挨拶をやり直してももう遅い。アンナのお説教は回避できないようだった。

 でもアンナに任せきりには出来ない。私の弟子の礼儀の話なので、私も自分の言葉で琥珀にちゃんと注意しないとだな。

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