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その後始まった食事も和やかな空気で進んでいった。でも会話はどうしても手探りになってしまう。正直な事を言うと、私だってフレドさんの事を根掘り葉掘り聞きたい。でももしフレドさんが聞かれたくない話題だったら、とか思うと迂闊な事が聞けなくて。
まぁ、今までもそう思ってフレドさんの過去に触れてなかった訳なのだが。
「ええと……フレドさんの弟さんが、フレドさんの事が大好きで……フレドさんの行方を知ったら問題が起きかねなかったという事情があった事は分かりました」
「ご理解いただけて幸いです」
どう反応すれば良いのか分からず、なんだか不自然な言い回しになってしまったな。でもこの場合の正解のやり取りなんて私には思いつかないし。
「いや、親世代のせいで複雑な家庭環境のわりには仲良くしてたとは思うけど、そんな……異常ってほどじゃなかったでしょ」
「まぁ、フレデリック様がそう思うならそうなのでしょうね。フレデリック様の中では」
エドワルトさんはフレドさんの反応を軽く流して話を進める。二人の認識の違いは確かに気になる所だが、私はどうしても聞きたい事が出来てしまったので口を挟んでしまった。
「それで、今フレドさんに弟さんがこうして接触して、フレドさんや……フレドさんが守ろうとした人達は大丈夫なんですか……?」
「ええ、そこはご安心ください。そのフレド様を大層慕われていたクロヴィス様が、フレド様が自分から離れてしまう原因を作ったと……徹底的に掃除をしましたので」
私はそれを聞いてほっと安心した。良かった、フレドさんが命を狙われるような事態にはならないらしくて。
「しかし、そこをまず気にしていただけるとは……フレデリック様の事を一番に案じていただいて、とても嬉しく思います」
「あ、ありがとうございます……?」
エドワルトさんの様子になんだか既視感を覚える。どこかで見たような……。
ああそうだ、本で読んだ話に似てるんだ。状況は違うけど、主人公が遊びに行った友人の家で、友人の母親から「いつも世話になってるみたいで、ありがとう」とお礼を言われるシーンが……。
私は二人の男性の顔をちらりと窺う。今頭に浮かんだ例え話は封印して、私は話の続きに意識を集中させた。
「安全は確保できたのですけど、フレデリック様が望まないよからぬ考えを抱く者がまだ出かねないので……」
「そうだな、俺の居場所が分かってるってなったら無駄に周囲がざわついてたと思う。ほんとに、俺が望んでないんだからほっといて欲しいよね。まぁそれが嫌で飛び出したんだから、戻れって言われても絶対戻らなかったし、隠してくれて助かったよ。ありがとう」
まるで笑い話みたいにしながら言外に「それが正解だった」と強調するフレドさんに、エドワルトさんは少し寂しそうな顔をする。
「フレデリック様の捜索については私が一任されておりまして。クロヴィス様の周囲とも相談して『探しているがまだ見つからない』という事にしていたのですが……」
「偶然弟さんが見つけたんですね」
「ええ。それで……フレデリック様にお手紙を預かって参りました。ご安心ください、すぐ戻れという話ではありませんので。こうして居場所が知れてしまいましたし、とりあえずフレデリック様……返事をお願いします」
エドワルトさんが鞄から封筒を取り出す。しかし手紙、と呼ぶには厚すぎる。その封筒の中に専門書か何かが入ってるんじゃないか? と思うくらいの厚みだったのでちょっとびっくりしかけて思い出した。
フレドさんに託したアンナへの手紙もちょっとした本くらいの厚さがあるようなものだったのを。
うん……五年も会ってなかったのだから、書きたい事も募るよね。私もアンナと五年会えてなかったらあのくらいの量の手紙を書いてたかもしれないな、と親近感を抱いてしまった。
「手紙……うーん、あんまり得意じゃないけど、とりあえず書くよ」
「あまり遅くなるとしびれを切らせてクロヴィス様が来てしまいますから、出来るだけ急ぎでお願いします。出来たら明日か明後日には」
「ええ?!」
弟さん、本当にフレドさんの事を慕ってるんだな。話がひと段落した二人を見ながら私はそんな事を考えていた。
「そういえばエドワルトさん。もう結構遅い時間ですけど、宿はとってますか? リンデメンは最近どこも宿がいっぱいですが……」
「そのようですね。今晩は雑魚寝の部屋しか空いてる所がありませんでした」
琥珀は食事が終わって満腹になったのと話が長くなったのとでテーブルでうとうと寝てしまっている。明日私が大まかに説明しておこう。
アンナはそんな琥珀の前から食べ終わったデザートのお皿をさっとどかしながらエドワルトさんに尋ねていた。
「あら、大丈夫ですか? 雑魚寝の部屋はよそから来た冒険者も多くて、その……治安が悪いと聞いてますが」
「はい。なので、フレデリック様のお住まいにお邪魔しようと思っております」
「え、俺の家来るの?!」
「フレデリック様。見ず知らずの荒くれものの跋扈するリンデメンの安宿に、私を追いやるのですか? なんて酷い……それとも何か私を部屋に入れたらまずい事情でも?」
「いや、それは無いけど……無い、よな? うん、無いはず……」
「なら問題は無いですね。今夜からしばらくよろしくお願いします」
「うん……?」
エドワルトさんはフレドさんの住んでる部屋も把握していた。自分が数日泊まる程度の余裕のある広さの部屋だという事も分かっていたそうで、したたかなのにフレドさんにとぼけたやり取りをしてたのが面白くて聞いてて笑ってしまった。
「……リアナちゃん。俺の家、無駄に歴史だけあって面倒なとこだって、前に話したじゃない?」
「はい」
その言葉に、私はフレドさんの方を向いて椅子を座り直した。
ここまでのエドワルトさんの説明で、不自然な程にその「フレドさんの実家」について触れられてこなかった。多分その話なんだろうなって。
エドワルトさんは最初私達全員に教えようと思ってたんだろうけど、琥珀に伝えるのを見送るのは私も賛成かな。誰かに漏らさないかちょっと不安だ。それに、フレドさんの家の名前を知らなくても、フレドさんにどんな事があったかを正しく理解する事は出来るし。
「ほんとに、俺……親ともずっと折り合い悪くて。特に……弟とは母親が違うんだけど、その人がまたすごい強烈な個性を持ってて。その代わりエディもそうだけど周りの人にはすごく恵まれてたな。弟とも仲は良かったけど……前にも話した通りクロヴィスは優秀だったから。すごくね。だから俺は喜んで後継者の立場を譲りたかったんのにねぇ、周りが俺達の無視して騒いで……大変な事になっちゃってさ」
「……悩んでおられたのは知ってました」
「ああ、ごめんな。最終的に相談せずにあんな事しちゃって。あはは……なんかもっと、穏やかに丸く収める方法思いついてたら良かったのにな~」
フレドさんのその言葉を聞いて、エドワルトさんが、テーブルの上に出していた手をぐっと握ったのが見えた。
それを見ただけで、「多分その過去のフレドさんには、それ以外選択肢なんて無かったんじゃないか」って想像が出来てしまう。こんな軽い感じに言ってるけど、そのくらい危ない状況だったんだ。
「ミドガラントって知ってる?」
「……はい」
「うん……俺の生まれたのは、その国の……王家だったんだ」
決定的な言葉を聞いて「ああやっぱり」と思った。弟さんの名前とフレドさんの本名を聞いて、恐らく、とは推測が着いていたけど。第一王子は病を患って王位継承権を放棄して、四年前に第二王子が立太子したと学んだ事があったから。
その二人の王子の名前と、同じだった。
アンナはここで初めて知ったみたいで、寝てる琥珀を起こさないように静かに、しかしとても驚いているようだった。
自分の出自を語ったフレドさんは、そのまま、困ったように笑った顔で言葉に詰まっているように見えた。
「あの……! 元々、フレドさんって平民じゃないだろうなとは思ってましたし……フレドさんがフレドさんだって事は、私の中では変わらないので……! だから、その……」
「あはは、ありがとう。……俺が頼む前に、そう言ってくれて嬉しいよ」
新事実はあったけど、それはそれとして。
フレドさんは望んで家を出てきて、エドワルトさんも弟さんもフレドさんの意思に反してまで連れ戻すような様子はない。
だから私は……これからも、今までと同じように過ごせるんだと思っていた。いや、それ以外の可能性を考えたくなかったせいかもしれない。
かなり長時間話し込んで、レストランが晩餐を提供する時間が迫っていた。今日はもう遅いから、明日また集まり直そうと約束してフレドさん達と別れる。
部屋に戻るために琥珀も起こしたけど、今日はもうお風呂に入れて歯を磨かせたらすぐまた寝てしまいそうだな。




