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置いてきた過去は

 

「エディ、あの時逃げてしまって、本当に申し訳ない!」


 飲み物が揃った所でフレドさんが勢い良く頭を下げた。

 道理で、ドリンクを持った給仕の人が入って来た時からそわそわしていると思った。とは言っても「何か様子が変だな」と感じていただけで、突然の謝罪にちょっとびっくりしてしまったが。


「突然行方をくらませて、エディを含めて大勢に迷惑をかけて、本当にごめん。捜索もしただろうし……騒ぎにもなったよな」

「いいえ。フレデリック様が身を置かれていたあの状況では、選択の余地はございませんでした。むしろ、当時は私も家族も監視されていたとは言えお力になれず……申し訳ありません」

「エディ、そんな謝罪なんて……」

「でも、数年経ったら無事を知らせる知らせの一つくらいは欲しかったなとは思っています」

「うっ……そう、だな。心配かけでごめん」


 うぅっ……。横で聞いていた私の胸にも罪悪感が走る。実際私も置手紙ひとつで家出をして、アンナにとても心配をかけてしまったから。あと一応、家族にも迷惑をかけた事は私も反省している。

 でもエドワルトさんはやっぱり、「迷惑をかけた」じゃなくて「心配した」って事だけを強調するあたり、それが本心なんだろうな。


「無事だとは知っていましたが、お元気そうで良かった。信頼できるご友人もいるようで、安心しました」

「エディも、無事で良かった。ペトラとエルカ達は……」

「母も妹も、元気にしていますよ。二人とも私より心配しておりました」


 ……二人の会話に不穏な背景を感じる。フレドさんの安否を心配するような状況とは……?

 フレドさんは周りの期待に応えられず優秀な弟に立場を押し付けて出奔した、とだけ言っていたけど、身の危険もあるような状態だったという事はそれ関係だろうか。

 高貴な生まれ育ちだったんだろうなぁ、というのはなんとなく察していたけど。お家騒動が起こって命からがら逃げだす必要が生まれるような身分だなんて。そこまでは想像してなかった。


「れ、連絡はしようと思ってたけど、そっちが安全かどうか分からなくて……そ、それより。あの新聞記事だけでよく俺だって分かったな」

「……雑にはぐらかされたので、この点については後ほど追及させていただきましょう。先ほどから皆様全員怪訝な顔をされていますから、確認と説明を先にしたいと思います。まず、フレデリック様からどの程度伺ってますか?」


 そこで初めてまったく話について行けてなかった私達に気付いたフレドさんが「あ」と小さく声を上げて反応した。

 

「ええと……優秀な弟さんに立場を譲るために家から出てきた話はふんわり聞いてるんですけど……今初めてフレドさんの本名? を聞いたくらいなので、何も知らないと思います。最初から聞かせていただけますか?」


 ここまで聞いてます、と言えるほどの情報もない私は正直に伝えた。アンナも頷いてるので、私と同じ程度の事しか聞いてなかったのだろう。「フレドは家出してきてたのか? 仲間じゃなぁ」と感想を述べている琥珀も、何も聞いてないみたいだし。

 しかしそこで、ちょっと重い雰囲気で目配せをし合ったエドワルトさんとフレドさんを見て、「やっぱり聞いちゃダメだったかな」と焦って言い加える。


「も、もちろん話せる範囲で構いません! ご実家の名前とか、伏せていただいて……」

「え? フレデリック様はそんな事も話してなかったんですか? ……まったく……」

「い、いや違うんだよ! 内緒にしようとしてたとかじゃなくて。教えたらむしろ危険に巻き込んでしまうかもと考えたりしてたら、伝えるタイミングを逃しちゃって……」


 弁明をするフレドさんの言葉には嘘は無いように感じる。わざと隠していたのではなく、教えるのを控えるような事情があるのなら仕方ないと思う。私だって、まだフレドさんに話してない事だってありますから。とフォローしたい気持ちが湧いたけど、話が進んでしまい口を挟めなかった。


「とりあえず、一度大まかに説明させていただきます。複雑で話が長くなるところは、後から詳細をお話しますので」


 そう前置きをした上で、エドワルトさんが話を始める。そうして聞かされた話は、私達だけではなくフレドさんにとっても驚く内容だったようだ。


「まず……フレデリック様、皆様がフレドと呼ばれているこちらの方ですが、実家に少々複雑な事情がありまして。後ほど説明させていただきますが、その身と周囲の人間に迫った危険から逃れるために、やむなく身分と名を捨てて生きていかれる事を選びました」

「……はい」


 ここまでの話を理解したと示すために頷いて見せる。きっと、フレドさんが好きで偽ってたんじゃないというフォローの意味もあるんだろう。

 なので、「そんな大げさに言われると恥ずかしいから……」と言っているフレドさんにはあえて触れないで話を進めていく。


「今回フレデリック様に連絡を取りましたのは、弟君のクロヴィス、様が新聞記事をご覧になって気付かれたのがきっかけですが」


 今一瞬だけど敬称を付ける前に不自然な間があったな。母国語じゃないから、と考える事も出来るけど「違う敬称で呼びそうになったからかもしれない」と考えてしまう。

 もしかして私が考えていたよりもフレドさんって……。そう考えて一旦飲み込む。いや、それをこれから話してもらうのだから今は置いておこう。


「きっかけは事実そうですし、そう手紙にも書きましたが、実はフレデリック様の居場所はかなり早い段階で掴んでおりました」

「ええ?!」

「もちろん、本当に……フレデリック様が行方不明となられてすぐは我々も身動きが取れませんでしたので、フレデリック様と思われる人物を見つけ出すまでに半年はかかりましたが」

「半年しかかからなかったのか……」


 フレドさんは「そんなにすぐ見つかっていたなんて」と恥ずかしそうに頭を抱えた。


「ただそれで、……多少のトラブルはありながらも冒険者としてきちんと生活出来ているようでしたので、あえて接触はしませんでした。敵陣営に知られるリスクを極力減らしたくて」


 なるほど、その時はフレドさんが身分を捨てて逃げる程の環境が改善されておらず、居場所を知られたらまた危険が及ぶ可能性があったのだろう。


「あと……フレデリック様が、次は巧妙に身を隠してしまう恐れがありましたので。フレデリック様にも敵陣営にも気付かれていないまま、こちらは把握しているという状況は一番理想的でした」


 ああ……確かに。

 エドワルトさんのさっきの言葉から察するに、弟さんに後を継がせたい人達から、フレドさんだけじゃなく周囲の人にも圧力があったんだろう。きっと当時のフレドさんだったら、居場所が知られたと分かった時点でその人達も守るために……今度は冒険者すら辞めて身を隠してしまっていたと思う。

 私がぼんやり想像していたものよりも、フレドさんの抱えていた過去は相当複雑で、どんな反応をしたらいいのか全然分からない。

 困ったような笑みを浮かべるフレドさんが視界に入った。


「今回連絡を取りましたのは、クロヴィス様がフレデリック様の事を見つけてしまったからです」

「見つけてしまった、とは……?」


 その口ぶりだと、弟さんはフレドさんの居場所を把握していた人の中には入っていなかったのだろう。ただ、フレドさんから前に聞いた話からしても、後継者争いを仕掛けてくるような人には思えないので単純に「どうして仲間外れにされてたのだろう」と疑問は感じた。

 それに、その言い方では……まるで「見つけない方が良かった」と言っているようにしか思えない。

 何か理由があるのか。私とアンナはエドワルトさんの言葉を緊張した面持ちで待った。

 琥珀は……話が難しかったのか、全然理解してなさそうな顔をしている。うん、後で琥珀にも分かるように説明するから、ちょっと待っててね。


「クロヴィス様はあらゆる分野の才能を持った天才であり、それに奢る事のない人格者でもある、とても優秀な方なのですが……」


 私は相づちを打って続く言葉を待った。


「あの方はちょっと……いや、かなり強めのブラコンでして」

「……つよめのブラコン」


 私は噛み締めるようにゆっくり復唱する。エドワルトさんがうやうやしく頷いて肯定して見せた。


「はい……それでですね。クロヴィス様にフレデリック様の居場所が知られてしまうと、すぐに連れ戻してまた問題が再発しかねないので……黙っていたのです」


 中々衝撃的な単語が飛び出してきて面を食らっていた私は、続いた言葉を何とか咀嚼して理解した。……なるほど、新聞記事のそこまで鮮明でない写真の、背景に映っていたフレドさんをよく見付けたなと不思議だったのだが、何だかそういった特別な事情? があったらしい。なるほど。

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