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「いらっしゃいませ、ご予約の席にご案内しますね」
顔見知りになっているレストランの従業員がにこやかに私達を個室に案内してくれる。フレドさんはいつもと比べると大分ぎこちない笑顔を浮かべながらお礼を伝えていた。
……あ。待ち合わせの時間の前に、最初に一対一で少し話をするか私達が最初から同席するかを聞こうと思っていたのに。
私がフレドさんに何かを問いかける前に、個室の扉は開かれてしまった。
「……フレデリック様、お久しぶりです」
「あ、ああ……久しぶり、エディ」
中には、少し茶色身がかった金髪の男の人が一人。瞳の色は青。大陸の貴族によく見る色合いだ。有名な商店の支店長、と思えるくらいの……よく見ると生地も仕立ても良い上等なものだと分かるが、しかし街の中で動きやすそうな服を着ている。
マナーの教本のように美しい姿勢で、着席せず待っていたその人はフレドさんに深々と頭を下げた。
「皆様方も、本日はお越しいただきありがとうございます」
母国語は違うのだろうなと分かるが、しかし美しい発音だった。どの言語でも敬語を習得するのは難しいはずなのに、と場違いな感想を抱いてしまう。
ファーストドリンクを聞き取った接客係が退室してから私が「自己紹介をして良いのかな? いや、フレドさんからの紹介を待つべきかな……」と少し悩んでいると、フレドさんがエディ、と呼んだ男の人がまとう雰囲気が変わった。
「ほら、フレデリック様。家出が見つかって決まりが悪いのは分かりますが、私を皆様に紹介してくださいませんか」
「ちが……ああ、いや、その通りだな。ごめん、昔から迷惑ばっかかけて。心配も……たくさんさせたよな。ありがとう」
仕方がない、と言うように少し笑った相手に釣られて、ガチガチに緊張しているように見えたフレドさんが肩の力を抜いた。
思ったよりも気安い仲を感じさせる二人のやり取りに、不安に思っていたような事にはならなそうで一安心する。
どうやら、話も聞かずに無理矢理連れ戻しに来たような感じでは無いみたい。
琥珀も警戒を解いたようだ。ピンと力が入っていた尻尾が、重力に従ってふわりと落ち着く。
来る途中、「フレドの事を無理やり連れて帰ろうとするようだったら琥珀が追い返してやるからな」と言っていた通り、しっかり警戒していたのが頼もしくて可愛いかった。
先日の私の話し合いの時も、アンナに「ステイ、ステイですよ琥珀ちゃん」と後ろで止められつつも自分の事のように怒ってくれたしな、と思い出して温かい気持ちになる。
「……おや、しばらくお会いしないうちに、とても素直になりましたね」
「そうだな……良くも悪くも、大分時間が経ったから」
そう答えたフレドさんの言葉に、彼は少し目を見張ると寂しそうに笑ったように見えた。
「改めて……じゃあ、えっと……紹介させてもらうけど、この人はエドワルト・モルガン。俺の乳兄弟で……血は繋がってないけど、本当の兄弟みたいに育った、家族みたいな人……かな」
フレドさんがエドワルトさんに向けていた手の平を、私達の方に向ける。それに合わせてよろしくお願いします、と軽くお辞儀をされた。
「それでこちらの……じゃあ手前から、パーティーメンバーのリアナちゃん。パーティー組んでると言ってもリアナちゃんは金級で、俺よりずっと強い。他にも魔術師や錬金術師やあらゆる分野で一流の才能があって……なんか俺がパーティー組んでもらってるのが不思議になっちゃうくらいすごい人、だな」
当然だが、私も家出してるとかのややこしい話はない。たぶん内緒にするとかではなく、単純に全部話すととても長い話になるから一旦置いているのだろう。
しかし、褒め過ぎだと言うくらいの紹介をされて、顔が熱くなってしまう。私の事をどう思ってるのかこうしてはっきり言うのを聞く事になるなんて。なんだか変に耳にフレドさんの言葉が残ってしまって心臓に悪い。
「そのリアナちゃんのご実家から一緒に来てる、リアナちゃんのほんとのお姉さんみたいなアンナさん。あらゆる家事全般のプロフェッショナルでもある、こちらもすごい人で」
フレドさんの紹介が隣のアンナに移る。アンナは「リアナ様の姉だなんて、畏れ多い……けど。嬉しいですね……」と小声で喜んでいる。私の姉のようだと言われて喜ぶアンナを見て、私も嬉しくなってしまう。さらに顔が熱くなった。
「その向こうが、琥珀。パーティーメンバーで、この子も金級冒険者。一応、リアナちゃんの弟子で色々勉強中だけど……当然、俺よりずっと強い。三人についてはそんな感じで……」
「……おい、フレド。他にはないのか?!」
では席に着いてドリンクを待とうか、という流れを口にしそうだったフレドさんを琥珀が止めた。
「え?! ほ……他に?」
「リアナやアンナみたいに、もっとあるじゃろう。琥珀の褒めるところが」
私より小さい背中がぴんと伸びて、胸を張っている。頭の上の狐耳は「さぁ褒めろ」と言わんばかりにピコピコ動いていた。
思わず、可愛すぎて吹き出しそうになるのをぐっとこらえる。
アンナも同じような表情をしていた。ダメよ……ダメ。琥珀はとても真剣に言ってるんだから、師匠という事になってる私が笑って吹き出すなんて、そんな信頼を失うような真似は出来ない。
私は頬の内側をそっと噛んでなんとか堪えた。
「う、うーん…………あー、エディ。この金級冒険者の琥珀はだな、とても戦闘能力に長けていて……とにかく強いんだ。俺がとても適わないような魔物をものともしないし、戦闘面以外は……とても成長の余地がある、良い冒険者なんだよ」
「むふー」
フレドさんの称賛を聞いた琥珀が満足げな顔をした。「冒険者として強い、でも他の事はちょっと勉強中です」と同じ事だがさっきと言い回しを変えつつ、琥珀の良い所を褒めてるフレドさんの努力を感じてまた笑ってしまいそうになる。
「そうなのですね。えー……リアナさんもアンナさんも、琥珀さんも。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「ふむ。フレドの家族じゃからな。仲良くしてやってもよいぞ」
「こら、琥珀ちゃん。よろしくお願いします、でしょう」
改めて挨拶を口にするアンナに促されて軽くお辞儀をした琥珀だったが、マナーで怒られたにしては機嫌がいい。顔がニヤけている。
……エドワルトさん、ちょっと口の端が不自然に歪んでいた。多分笑うのを我慢してるんだろうな、と思うと一気に親しみを感じた。
多分この後フレドさんのご実家に関わる重い話をすると思うんだけど、琥珀のお陰で空気が少し柔らかくなっている。本人は自覚してないだろうけど、ちょっと感謝してしまった。




