待ち人……
乳兄弟だという方から手紙が届いて、フレドさんは様子がおかしかったな。
とても焦って、破るように封を開けて中を見ていたけど、何が書いてあったかもまだ聞いていない。
そのフレドさんは、「考えを整理する時間が欲しい」と言って、一人で部屋を出て行ってしまっている。すぐ戻るよ、といつものように明るく言ってたから無理について行くのはやめたけど、やっぱり強引にでも一緒に行っておけばよかった。
フレドさんは「六の鐘が鳴る頃にこのホテルの一階のレストランで」と言っていたのだけど。現在六の鐘がそろそろ迫っている時刻になったが、フレドさんがまだ戻ってこないのだ。
少し前からアンナと「どうしようか」と話し合っているのだが。もう少しで戻って来るかもしれないから、今レストランに行くとフレドさんと行き違いになってしまうかもしれない……そう話していたらもうこんな時間になってしまっている。
「うーん……やはり行き違いが怖いので、私は六の鐘まで部屋で待っていたいと思います。リアナ様はもうレストランに向かっていただいて……時間を指定しているという事は、お相手は多分レストランを予約してると思うんですよね。お顔が分からなくても、会って事情を伝えて話をする事は出来ると思うんです」
「そっか……五人で予約をしてる男性客について尋ねればいいのね」
いや、相手の人が一人で来てるとは限らない訳だから、五人以上の予約……かな?
こうした格式のあるホテルやレストランの従業員の口は普通、とても堅いが、私達がその「席に呼ばれている客人」なので多分尋ねれば教えてくれるだろう。
初対面の男の人に話しかけて、ちゃんと事情を説明できるかな……とそれだけ心配だが。
「五人? フレドさんを呼び出したんですから、予約は二人、でしているのではないのですか?」
「フレドさんがよくここに来てるのを分かってて、ここにわざと手紙を送った人なら当然私達の事は把握してると思うの」
把握してて私達をカヤの外には、さすがにしない……と思うし。
「なるほど。さすがリアナ様、名推理です。たしかに、フレドさんの住んでるアパルトメントと違ってここなら絶対人の手で直接渡す事になりますし、フレドさんが見なかった事には出来ませんからね」
ふむふむ、と納得して頷くアンナ。アンナに「実家からの手紙を見なかった事にしそう」と思われてるフレドさんにちょっぴり同情してしまう。
「アンナ、琥珀は?! 琥珀はどっちにいればいいのじゃ」
「琥珀は……私と一緒にレストランに来て欲しいな。フレドさんは、逃げるとか……それは絶対にしない人だと思うの。でも考え込んで時間に気付いてない……とかはあり得そうで」
「そうじゃな、あいつボンヤリしてる所があるからのぉ」
琥珀の評価も辛辣で、私はつい笑ってしまいそうになる。いけないいけない、真面目な話をしているのに。琥珀があんまりに真剣な顔でそんな事を言うものだから、変に反応してしまう所だった。
「もし六の鐘になっても姿が見えなかったら、周りを探して欲しくて。その時は琥珀に手伝ってもらっていい?」
「しょうがないな、その時は頼まれてやるのじゃ」
匂いと魔力を辿る琥珀の追跡はとても頼もしいが、「人や匂いの多いとこは難しいの~それに飯前はあまり鼻が働かないのじゃ」と言っていたので、これはもしもの手段だけど。
一応目星はついている。居そうな場所を知っているのではなくて……フレドさんがちゃんと手紙の送り主であるエドワルドさんとは会う気だったと考えると、一人で考え事をするにしてもこのホテルかその近辺にいるはず、という推理だけど。
顔見知りになった従業員に尋ねて目撃情報を探せばすぐフレドさんの居場所に辿り着くだろう、と考えていた。
「ご、ごめんリアナちゃん……! アンナさんと琥珀も……! ほんと、逃げるつもりとかはな全くかったんだけど、考え事してたら気付いたらこんな時間になってて……!」
では行き違いを避けるために二手に別れようか、と話をして部屋を出る所だった私達の目の前に、物凄く焦ったフレドさんがいつもリビングとして使っている部屋の中に飛び込んできた。
びっくりして、思わず方が跳ねてしまった。
「よ、良かったです……間に合ったみたいで」
「ごめんね、心配かけて。あああ、それに今入る時ノックも忘れてたし……ほんと色々残念なとこを見せちゃって……」
「フレドが色々残念な奴なのは今に始まった事ではないんじゃから、今の今になって改めてクヨクヨするんでない!」
「痛ぇ!」
バシン、と背中……いや琥珀との身長差のせいで、腰をはたかれたフレドさんが涙目で振り返る。
でも琥珀なりの激励だったのは分かる。気に病んでいるのを少し軽くしてあげたいとか、そんな気持ちだったのだろう。音はしたけど本当に怪我するようなものではなかったし。琥珀が本気で攻撃してたら向こうの壁まで吹き飛んでるもの。
「残念な奴って、本当の事なだけに酷いなぁ……でも、琥珀の言う通り、下手にクヨクヨするのはやめるよ」
「ふん。分かったのならいいのじゃ」
「うん、ありがとう」
「じゃあ、あの……フレドさん、下に行きましょうか。多分まだ待ち合わせ時間の前にレストランに入れると思います」
「……そうだね。リアナちゃんも、俺が戻って来るって信じて待っててくれて……ありがとう」
考え込んでるだけと言っても、悪い方に何か思い詰めてたらどうしよう……と思っていたけど、部屋を出ていく時よりもフレドさんはすがすがしい顔をしていたので良かった。
フレドさんなりに自分の中で何か決着がついたんだろう。何も事前情報なしでいきなりご家族の話を聞く事になってしまったのはちょっと不安だけど。それでもきっと、何か力になれることがあるはずだ、と思えた。……私、少しだけど……前向きに考えられるようになってる、よね。




