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拒絶


 私がただ拗ねてると思っている。こうして面倒な事になったけど、「これからはたくさん褒めてあげるから」って手のひら返しにすれば無かった事に出来ると考えているんだな。

 悲しいとか悔しいという感情は思ったより湧いてこなくて、ただ事実としてそれはストンと胸の中に落ちた。


「それは……他のご家族も同じ意見ですか」

「そうですね。中でも父は、自分からの評価を求めて狩猟会で事故が起きたのかと一時とても憔悴してましたから。ニナの嘘で真実が分かった今も、これからはリリアーヌをちゃんと認めてあげようと話していましたよ」


 何だか美談として話しているように聞こえるけど、私は嫌な気持ちになる。

 フレドさんやアンナ、琥珀だけじゃなくて、何があって家族と仲違いして家出するに至ったのかを話してある子爵も眉を寄せている。

 良かった、私の考えすぎじゃない。完全に私の味方って人だけじゃなくて、他人から見ても今の発言ってちょっとどうかと思う所があったんだな。


「突然家を出奔して、大勢の方に迷惑をかけた事と。その後もずっと連絡をしなかった事は謝罪します。申し訳ありませんでした。ただ、家には戻りません」

「リリアーヌ、良い加減拗ねるのはやめ……」

「お兄様達、私はもう成人しています。自分の意思で家を出て、一人暮らしをしているだけ。今は所在も明らかになっている。それがどんなに気に食わなくても……強引に連れ戻すなど、私の行動を強制は出来ません。ですよね? ジェルマンお兄様」


 女性や子供が家長の持ち物のように扱われていて、働くどころか女性一人で外出する事も自由に出来なかった百年前ならともかく。現在の法律ではそうなっている。


「兄上、本当なのか?」

「……」

「成人してると言ってもリリはまだ子供だぞ? 間違った選択をしようとしてるのを、家族が正してやれないだなんて……」


 家族がいくら許さないと言った所で、例えば拘束して連れ帰るなどは出来ない。それをしてしまえば法に触れる。


「説得に応じる気はありません。これからは定期的に連絡はしますから、他の家族にもそうお伝えください」

「そんな……! 少し愛情の伝え方が間違っていただけだろう! 突然、可愛がっていた妹から……このような、実質的な絶縁を宣言されるなんて……私達家族の事は傷付けてもいいのか?!」


 私が物心ついた頃には公爵家の嫡男として教育を受けていて、私がどんなに至らないと叱る場面でも一度も声を荒げた事の無かったジェルマンお兄様の大声に、少し驚いた。こんな感情的な面もあったんだ。


「……では、内心私のためを思っていたと言ったら、何をしても構わないのですか?」

「そうは言って……」

「言ってますよね。私を思ってやった事で、悪気があってやった事じゃないから問題無いと思ってるんでしょう? でも、何が理由でも、私にとってはされた事が事実なんです」

「……でも、俺達は本当に……」

「子供の頃から一度も褒めてもらえず、他の家族同士が讃え合う中で一人だけとても惨めだった。他の人からどんなに評価されても、賞をいただいても、家族は『頑張った』と労いの言葉もかけてくれなくて。部下やお弟子さんに対しては、細やかな所もちゃんと言葉にして評価しているのを見せられて。私はその人より上手く出来るのにどうして褒めてくれないのって、たくさん嫌な感情を持ってしまった。私にとってはそれが事実です。どんな理由があったとしても、それを知っても、もう私は嫌……あの家で家族として過ごせない」

「でも……! 今は、そうじゃなかったと知っただろう? 不運なすれ違いで……」

「私が……私一人が我慢して家に戻れば元通りになれると思ってるのですか? 良いですよ、では全部無かった事にしてください。十六年前から全部やり直してくれたら家に帰ります」


 無理難題だ。叶えられない願いを口にしたのは、もちろん絶対に家族の元には帰らないという意思表示としてだが。

 実際時が戻って、まだ一回も家族から否定された事のない幼い私になったとしても、絶対私は将来家を出るだろうけど。


「そもそも、リリアーヌが……ちゃんと相談してくれれば」

「言いました。一回でいいから認めて欲しいと言った! でも誰も聞いてくれなかったじゃない! お兄様二人ともよ!」

「それは、他の家族もお前を褒めてなかったなんて知らなかったから……」

「そう。結局私が悪いと思われてるんですね」


 話し合って歩み寄れるかもしれないと思ってたけど、無理そうだ。

 お兄様達はどちらも、私を説得して改心させて連れて帰ると、その未来以外全く考えていなかったみたいだから。

 私は何を言われても帰る気はない。平行線だ。


「お二人とも、リアナさんじゃなくてご自分が一番大切なんですね。お二人だけでなく、同じ意見だっていう他の家族も全員」


 兄達と私、三人とも感情的になって声のボリュームが大きくなっていたのに、フレドさんの独り言のような呟きはしっかり耳に届いた。


「お前……フレドと言ったな。家族皆、愛しているが故に将来を思っての言葉だったと聞いていなかったのか」

「聞いたからこそですよ。それがリアナさんへの愛情だと本気で思ってるのが何よりの証拠と言うか……とりあえず、俺の話を聞いてもらえますか? 途中で遮るのは、なしですよ」


 フレドさんはいつも人当たりの良い笑顔を浮かべているが、今は明らかに怒っているのが私にも分かる。笑顔で圧をかけられて、お兄様は二人とも渋々ながら頷いた。


「そもそも、ずっと不思議だったんですよね。どうして頑なにリアナさんの事を褒めなかったんだろうって……そこに違和感があったというか。実際、彼女は天才でしょう? 家族だとか関係なく褒め称えられて当然の活躍をしている。一つの分野だけでなく、あらゆる事ですよ。何カ国語も読み書き出来て、音楽家、冒険者、魔術師、錬金術師、何をやらせても一流で、この街でどんなに評価されてるか」


 そうしてフレドさんによって突然始まった誉め殺しに、心臓の様子がおかしくなる。……何の理由があってこんな事を言い出したんだろう。「だからいくら何でもおかしい、理由を付けてたけど実際は悪意があったのだろう」って事かな……?


「例えば、褒め言葉に実際増長しているなら家族として諌める事も必要でしょう。でもリアナさんは褒められて謙虚さを忘れるような子でした? 実際、そうではないですよね。アジェット家の方達の行動には、もうこの時点で正当性が無いんですよ」


 褒めたら調子に乗るから、厳しくしてへこませておこう、と思われていてショックだった。

 狩猟会の事も、信じてもらえなかったと同時に「そんな事をしかねない」と思われてたんだ、って悲しかったのを思い出す。

 フレドさんがそこを言語化してくれて、「だから悲しかったんだな」と改めて自分の内面が見えた。


「そもそも。褒められすぎて増長しないように厳しくすると言うのも、リアナさんのためではない。皆さん全員、ご自分の事しか考えてないからこそ出てきた発想ですよ」

「ふざけるな、何を根拠に……」

「最後まで遮らず聞いてくださると、約束しましたよね?」

「……」


 笑顔を保っているフレドさんだが、圧がすごい。私も何か口を挟むのが憚られて、そのまま第三者の目から見た家族の話を聞いていた。


「家族が甘やかして褒めてばかりだから、リアナさんのためにならないと思った。……だったらそれをご家族に一言注意すればリアナさんを傷付けずに解決した事ですよね? 今まで、一回でもその事について話をしていれば他のご家族も、リアナさんを面と向かってちゃんと褒めていないことなんてすぐ分かったのに」


 ああ……人から聞いて初めて気付く事ってあるんだな、学びを得た気持ちだ。

 確かに、言われてみたらそうだ。大事だと言いつつ家族の中でたったそれだけの事も共有してなかったなんて。


「実際は皆さん、リアナさんがいくら褒められたとしても、それで増長するような性格ではないのは分かってましたよね? 分かってたからこそ、自分だけと思ったまま、わざと厳しい言葉をかけ続けた」

「な、何を根拠に……」

 

 反論しようとして弱々しく声が上がったけど、フレドさんは何も聞こえなかったかのようにそのまま話を続ける。


「……もしも、皆さんが思っていたように他のご家族がひたすら甘やかしていたなら……多分リアナさんは、唯一厳しく接していた家族にとても感謝するようになってたんじゃないでしょうか」


 今度は二人とも、何の反論もしなかった。


「そうなって欲しかったんですよね」


 この街に来てから何度も思った「どうして」を思い出す。ああ、そうだったんだ。


「リアナさんのためを思って厳しくしてた割に、他の家族に『甘やかすだけでは本人のためにならない』と誰も……たった一度も注意せずにいたのは、リアナさんに一番慕われる存在でありたかったから……全部ご自分のためですよ」


 ……なるほど、とすごく納得した。

 私、家族にすごく可愛がられてたんだな。お気に入りのおもちゃみたいに大切にされていたんだ。

 私は叱られる度に「早く期待に応えなければ家族に見捨てられてしまう」って怯えてたけど、彼らには私を否定してるつもりなんてなかったんだろう。

 ただ、みんな、私が「自分が思い描く自慢の末妹」になるように、教育してただけで。


 本当に、今まで心の底から私のためって思っていたのだろうと言う事が分かる。フレドさんの指摘で今自覚したのか、お兄様達は口だけでも「違う」と反論する事も忘れて呆然としている。


「良かった。私のためじゃなくて、自分のためだったんですね」

「リリアーヌ……何を……」


 晴れ晴れとしてしまった。こんなにスッキリした気分はいつぶりだろう。お兄様は二人とも、突然満面の笑みになった私の方を訝しげに見ている。


「私はずっと、どんなに頑張っても家族から一度も認めてもらえなかったのがすごく悲しかった。でも『リリアーヌのためだった』って……理由があったから仕方がないと言われると、悲しいと思う事自体、とても悪い事をしているように思えて苦しかったんですけど……」


 後ろにいるアンナを見る。フレドさんも琥珀も、私が我儘で家出をしたなんて思っていない。味方になってくれると信じられる。


「自分達のためだったのなら、罪悪感を抱く必要なんて無い……。私のためじゃなくて良かったです」


 心の底からホッとしたのだが、お兄様二人は何故か私の言葉に酷くショックを受けているように見えた。

 

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