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納得


 家族から連絡が来て、「迎えに行く」と伝えられた日が近付くにつれ、悪い想像をしすぎてお腹が痛くなる日もあった。

 やっぱりやめたいと思った事も、正直一度や二度ではない。

 でも、それでは嫌なことから逃げてるだけで、何の解決にもならない。だから、ちゃんと話をすると決めた。


 よし、と自分に気合を入れる。子爵様の屋敷には予定通りの時間に着いた。魔石事業でも関わってるから最近頻繁に来るせいで、警備の人とすっかり顔馴染みになってしまった。

 アポイントメントは取ってあるけど、こちらが何か言う前に中に通してくれるのでちょっと心配になってしまう。

 サロンでお待ちです、と案内されながら手のひらに爪が食い込むくらい強く握りしめていた私の手を、アンナがそっと解いてくれた。

 元気付けるように、前を歩く琥珀もわざと尻尾で私の脚を叩いてくれた。モフモフとしたその感触にちょっと癒されたのか、緊張しすぎていたのに今自分で気付いて大きく息を吸った。

 手を繋いだまま家族と会う部屋に入る訳にはいかないので、名残惜しく思いつつもアンナの手を離す。


「ベタメタール子爵、場所を貸していただき感謝いたします。ジェルマンお兄様、ウィルフレッドお兄様、お久しぶりです」

「リリアーヌ……?!」

「髪をそんなに短くしてしまったのか?! 母上が見たらどんなに嘆かれるか……」


 私を見るなり、椅子から立ち上がってこちらに抱きつきかねない勢いでやってきた二人にギョッとして、思わず一歩下がってしまった。

 警戒した態度の私に、二人ともすごくショックを受けたような顔をしている。それを見て、強気で会おうと思ってたのにもう罪悪感が湧きそうになってしまった。


「……お前、やはりリリアーヌの事を黙っていたんだな」

「ウィルフレッドお兄様、やめてください。アンナは私が無理矢理連れて来たんです。むしろ、彼女がいなかったら私はもっと早くに家を出たくなってたと思います。ずっと私の味方でいてくれた大切な親友に八つ当たりしないでください!」


 アンナを睨み付けられて、思わず割って入って言い返してしまった。今まで逆らった事なんてなかったので、言い返されたウィルフレッドお兄様だけじゃなくて私も内心びっくりしている。


 話題にされていたアンナ本人は、軍人であるウィルフレッドお兄様に睨まれていたのに一切怯む様子はない。私を心配するように見つめる瞳に、リンデメンで再会した日を思い出した。

 通信魔道具で互いの声は聞いていたけど、彼女は私に会って真っ先に無事を喜んでくれた。「無事会えて嬉しい」「風邪は引いてなかったか、ご飯はきちんと食べていたのか」と質問責めにされて、くすぐったいけどとても嬉しかったのを覚えている。

 私の中の素敵な記憶が思い出されて、息苦しさは一気に消えた。


「えーっと、リアナさんもこちらに座ってゆっくりご家族と話をされてはいかがですか、アジェット卿……お兄さんお二人も」


 険悪な雰囲気で会話が始まって、それを何とかしたいと思ったらしい子爵様を見たら平静も取り戻せていた。みっともなく言い争いをして他人を困らせている場合ではない、ちゃんと話し合わないと。

 アンナの目を見ながら、大丈夫と示すように無言で頷いて改めて兄二人に向かい合う。


「リリアーヌ、あの男は何だ?」

「どうして連絡しなかったんだ」

「どれだけ私達が心配したと思っているのか」


 決意したはずなのに、洪水のように押し寄せる質問に耳を塞ぎたくなってしまう。実際突然家出をして騒ぎを起こしたのは私なのは分かってるけど、嫌だなって気持ちが溢れてきて。

 

「私の話を聞くつもりがないのでしたら、また落ち着いてお話が出来る日に改めてお会いしたいのですが」

「リリ、……くそ……」


 会話をしてくれないなら今日は帰ると伝えると、やっと私の話を聞こうとする姿勢になってくれた。

 今も何か言いたげだが、それについては後で聞くつもりである。私の意志を伝えないと何も始まらない。


「……まず、誤解されないように最初に言いますが、あの方はフレドさん。私がすごくお世話になっている方なので、そんな失礼な態度はやめてください。あと家に帰るつもりはありません。これはもう決めてて、何を言われても変えるつもりは無いので」

「リリアーヌ!」


 大きな声を出したウィルフレッドお兄様を、ジェルマンお兄様が片手で制止するように止める。そうして小さい子供に言い聞かせるような口調で話し出したジェルマンお兄様に、何とも言えない違和感を覚えた。


「こんなに長い間家をあけて……もう気が済んだだろう? 父上と母上にはあまり怒らないように口添えてあげるから、一緒に帰ろう」

「……え?」


 言っている意味が本気で分からない。それではまるで私が単なる子供のワガママで周りを困らせただけのようではないか。いや、ジェルマンお兄様にはそう見えているのだろう。


「もしかして、拗ねてるのか? 母上も父上……もちろん家族全員でこちらに来たがっていたんだが、他の皆はどうしても都合が付かなかったんだよ。外国を歩きなれている私と護衛も兼ねてウィルフレッドの二人で来たが、みんな家でお前が帰ってくるのを待ってるよ」

「いいえ、それは別に。むしろどなたかの部下や使用人が遣わされると思っていたので、家族が直接来ると窺って当初とても驚きました」


 私の言葉を聞いて何だかショックを受けている二人の反応については措いて置いて。お兄様達との間に言い知れない齟齬があるのを感じるけど、でもそれを上手く言葉に出来なくてとても気持ちが悪かった。

 どう説明したらいいのか、でもこのまま放置して会話を進めるには認識が食い違いすぎててそれすらままならない。


「ごめんリアナちゃん、まず自分で頑張るって言ってたけど口挟んでいい?」


 私が黙り込んでいると後ろから声がかけられた。フレドさんにしては珍しく、私の返事を聞かずもう行動を起こしていた。後ろで見守る体勢だったが私の隣の椅子に移動して来たフレドさんに、お兄様達がすぐ「リリアーヌとどういう関係なんだ」とまた敵意を向けていて申し訳なくなってしまう。

 カッとなって忘れていたけど、お世話になったフレドさんをちゃんと紹介すらしてなかった。


「えーっと改めて自己紹介しますと、俺はリアナ……と名乗って冒険者をしていたリリアーヌ嬢の仲間のフレドと言います。銀級の中堅冒険者です」


 ニコニコ笑いながらするっと会話の中に入ってきたフレドさんに、毒気を抜かれたようにお兄様達も自分の名前を名乗る。


「なんか聞いてたら、思い違いしてるように感じるんですよね。一回お互いに分かってる事話してみませんか? 途中で遮るのはなしで」

「いや、これは家族間の問題で」

「俺という第三者を挟んでこの確認をするのは絶対必要ですよ。解決したいと思ってるなら余計に。話し合いに来たんですよね?」

「あ、ああ……」

「じゃあ、アジェット家のお二人から、リアナさんはどうして、何も言わずに家を出たのか……そちらがどう認識しているのかを教えてください」


 いつものように柔らかく問いかける口調だったが、有無を言わせず提案に同意させてしまった。

 フレドさんのペースに飲まれてる……? 経済に強い政治家として活躍するジェルマンお兄様の背中しか知らなかったので、何だか不思議な感じだ。


「リリが家出をしたのは……あの養子が嘘を吐いて冤罪を着せたからだろう?」

「リリアーヌ、酷い目にあったな。可哀想に。我々も公爵家として部屋や家具や服に学用品に、覚えが悪いからと家庭教師まで揃えて一流の環境を与えてやったのに、恩を仇で返された。あの娘のせいで俺達も大変だったんだ」

「そうそう。あと……そこの侍女から話を聞いたよ。私達に褒めてもらいたくて、拗ねてたんだろう?」

「ああ、あれな。俺はリリのためを思って厳しい言葉をかけてたんだけど、まさか……他の家族も全員そうだとは思わなくて」

「これからはたくさん褒めてあげるよ」


 途中で何度も遮って「違う!」と叫び出しそうになった。

 そして突然頭に向かって伸びてきた手も、思わず払い退けてしまう。……え、もしかして頭を撫でようとしたのかな? 子供の頃だって一度もそんな事された覚えはないのに、突然何のつもりだったんだろう。

 もしかして褒めてあげるよ、の有言実行のつもりだったのか。私に拒絶されたジェルマンお兄様は払い退けられた手を見つめながら何だか呆然としているように見える。


「……他の家族の意見も同じでしたか?」

「ああ、そうだな。あの性悪のニナという娘には重い罰を与える予定だ。未成年とはいっても、公爵令嬢に冤罪を着せたのだから」


 やれやれ、といった様子でそんな事を話すウィルフレッドお兄様。それが本当に当然と思ってるのが分かって、喉が締まりそうになった。


「そうですか。分かりました」

「そうか、分かってくれたか」

「家族全員、全く私の事なんて理解しようとしてなかったんだなという事が分かりました」


 めでたしめでたし、では国に帰ろうか、なんて言いそうだった二人の顔が固まる。


「フレドさんの仲裁だったので言葉を挟まず一応最後まで聞いたけど、無理です。絶対家に戻りたくないという気持ちがより強くなっただけで」

「何故だ?! リリアーヌ、誤解は解けただろう?」

「そもそも、どうしてニナ一人が全部悪い事になってるんですか」


 確かにあの子のせいで私は怪我をしたし酷い目にあったけど。家族と私の間の諍いの原因にまでされて罪を追求されてるなんて。

 私よりも年下の女の子が一人、この調子だと家族は全員あの子の敵になってるだろう。

 実際ニナがやったのは、「功を焦って実力に見合わない事をして、私を巻き込んで怪我をさせた。事件の後、叱られるのを怖がって嘘を吐いた」だけで、悪い事だとは思うけどお兄様達が言うような重罪人ではない。

 それよりも、私の家出の全ての原因にまでされてるなんて。あの事件はただのきっかけでしかないのに。


「実際あの娘のせいで……」

「ジェルマンさん、今はリアナ……リリアーヌさんが話をする番なので、一旦最後まで聞きましょう。ね?」

「……」

「フレドさん、ありがとうございます。……お兄様達も、私の話を一回聞いてください」


 良かった、フレドさんやアンナ、琥珀についてきてもらって。背中に味方がいると思うと少し自信を持って話が出来ている。

 何よりフレドさんに、こうして仲裁に入ってもらってなかったらこんなに冷静に話が出来なかったと思う。


 子爵様をちょっとさっきからずっと置いてけぼりにしてしまっているが、今は私に余裕がないから許して欲しい。


「私がアジェット家を出てきたのは、幸せになるためです」

「リリ……!」


 また遮りかけたウィルフレッドお兄様を視線で止める。幸いそれ以上邪魔は続かなかったので、私はまた話を続けた。


「あの家で、私を褒めるつもりのない家族とこのまま一緒にいるのはもう無理だって思ったんです。ニナも、狩猟会の事件も、ただのきっかけです。私の言う事を信じてもらえなかったのは確かにショックだったけど、それまでずっと悲しい、辛い、苦しい、って思う事が多過ぎて、あの時たまたまコップの水が溢れただけ。私個人は……こうして家を出る転機になったので、むしろニナには少し感謝してるかもしれません」


 怪我人は出たけど、故意ではない。

 それまでも、気のせいにしては私をわざと悪者にするような発言が多くて。仲良くなりたいとあまり思えない子だったけど、必要以上に重い罪を与えたくない。

 善意からではなく……私は小心者で後ろ向きなので、こうしてそれを知ってしまったらどうしても罪悪感を抱いてしまうから。

 思い出すたびに嫌な気持ちになりたくない、自分のためだ。


 本来のニナの罪状に相応しい罪だと、学園側の処分は「事実の公表と二ヶ月の社会奉仕」くらいじゃないかな。あとは未成年だし刑事罰には問えないので、保護観察がつく。そのくらいだろう。

 なので私の家族の対応は、明らかにやりすぎだ。……家がそんな事になってるなんて、全然思ってなかったな。

 むしろ、「何かしらの素晴らしい才能を持った天才」しかいない家族から、これで異物がなくなったのかなとすら思ってた時もあったのだが。


「褒めなかったのも、全てお前の事を思っての事で……! リリアーヌ、こんなに才能に恵まれて、目に入れても痛くないくらい可愛い妹で。私くらいは、厳しい言葉をかける存在がいないといけないだろうと思って……そんな愛ゆえの行いがリリアーヌを傷付けていただなんて」

「俺だって、リリアーヌを思ってあえて褒めなかっただけで、お前を傷付けようなんて思ってなかった!」

「……」


 多分、それは本心なのだろうな。嘘ではない。

 でも一人でグズグズ悲しんでる時、いつも「家族はきっと私のためを思って厳しい意見を言うんだ」なんて自分に言い聞かせていたけど。

 実際そうだと聞いても一切嬉しくなかった。

 私、ずっと心の奥では「家族達のような突き抜けた天才にはなれない自分を皆、出来損ないだと思ってるんだろう」って考えてて。「違う、私のために厳しくしてるだけ」って思い込みたかっただけだったんだな。


 でも、今は……最初から絶対褒めるつもりがなかったこの家族からの評価を、どうしてあんなに求めてたんだろうって不思議に思う。


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