決意
夕飯もこのまま人に聞かれたくない話をしたいので、ルームサービスを取る事にした。
琥珀はアンナと一緒に熱心にメニューを覗き込んでいる。最近は文章も読めるようになったので、自分で読んで頼みたいと張り切っているのだ。
「悩んで開けられそうにないので、フレドさんに代わりにこの中身を読んで欲しいんですけど、お願いしても良いですか?」
「え、俺? アンナさんじゃなくていいの?」
子爵様経由で受け取った封筒をフレドさんに渡してそう頼むが、ちょっと意外そうにしている。
勿論最終的には自分でも読むし、アンナにも内容を把握してもらいたいけど。一回冷静な第三者をクッションで挟んで、やんわり内容を教えてもらって心構えをしてから読まないとどうしても無理そうで。
「はい、私もアンナも……多分冷静に読めないと思うんです」
「でも、リアナちゃん相手の手紙を俺が先に読むのは流石に……」
「家族からの肉筆の手紙ではなくて、国の通信魔道具経由で来た連絡を文字に起こしたものなんです。だからそこまでプライベートな内容は書いてないと思うんですけど……」
フレドさんの戸惑いは当然のものだ。
やっぱり気まずいよね。アンナに頼んで……いや、ここは自分で頑張って読むべきだ、一つ気合を入れて……。
「う〜〜〜ん……じゃあほんとに俺が開けて読んじゃうけど、良い?」
「は、はい。お願いします」
一旦決意したというのに、フレドさんが頼みを聞いてくれたので私はいそいそとお任せしてしまった。意志が弱い。
えっと、今後私がフレドさんの力になれる事があったら積極的に協力する所存なので今回は頼らせてください。
心の中で神様に言い訳するようにして、私はフレドさんに封筒を託した。長くなりそうなので、一旦夕飯にしてから手紙を改めるのはその後で、という事になった。
「それじゃあ失礼して……」
すっとアンナが差し出したペーパーナイフを受け取って中身を取り出す。中に入っていた便箋を一枚一枚読んでいくうちに、フレドさんの顔はどんどん険しくなっていった。
緊張感がうつってるのか、琥珀も座ったまま大人しく私達と一緒にフレドさんが読み終わるのを見守っている。
中を読む勇気は出なかったくせに、見てるとハラハラしてしまった。
「ど、どうでした?」
最後の便箋を読み終わって、封筒に入ってた通りに畳み直したフレドさんは目を瞑って長いため息を吐いた。
私の問いかけに、何だかすごく言いづらそうにしたフレドさんが口に出す言葉を選んでいるのが分かる。
「えっとねぇ。……要約すると、言い訳しか書いてなかったんだよね」
「へ……」
「まず、リアナちゃんの事を心配する言葉や謝罪が一個も無いのが非常〜〜に腹立つ。いや、俺が勝手に思っただけね。俺の感想」
私を安心させようとしたのか、でも上手く笑顔が作れなかったみたいで顔を手の平で覆う。「ダメだな」と小さく呟いた後、私を心配する表情で静かに尋ねてきた。
「……何が書いてあったか話しても、大丈夫そう?」
「お願いします」
内容に怒りを感じたらしいフレドさんだったが、その後は極力自分の感情や意見を混ぜずに書いてあった事を事実として教えてくれた。
と言ってもそのまま読み上げる訳ではなく、濁したり、柔らかく言い換えたり私がきちんと受け止められる余裕を生み出して話してくれている。
手紙を自分で読んでいたら、きっとこんな風にきちんと向き合えずに感情的になってまた泣いてグチャグチャになっていたと思う。私の味方だと信じられる人の言葉を通しているから、頭で考える事が出来ているのだろう。
その後手紙を実際読んでも、取り乱したりはしなかった。
やっぱりショックだったけど、でも封筒を眺めながらしていた悪い想像よりかは全然平気みたいだ。心配してたように琥珀の前で泣いたりもしなかったし、ちゃんと理性的に受け止められてる。
「私……家族が来たら話をしたいと思う」
「リアナ様が無理をなさる必要は……」
要約を一緒に聞いていたアンナはむしろ内心私よりも怒ってるんじゃないかと感じた。
家にいた時、家族に褒めてもらいたいって私の弱音をいつも励ましながら聞いてくれた。アンナがいたからずっと頑張れていた。側で見てくれてたから、怒ってくれてるのだ。
でも今自分で思い出すと、うじうじ悩んでずっと嘆いていた私を、よく見捨てずにいてくれたなぁとも思う。本当に感謝してもし足りない。
「ううん、違うのアンナ。嫌だけど会わなくちゃって思ってるんじゃなくてこれは……必要だから会うの」
「必要……?」
「当然、帰るつもりは無いんだけど。会って、家出をして迷惑をかけた事は謝って、帰りませんって話す。そのために会うの」
黙って家を出て来た事については謝罪する。私が関わっていた仕事はたくさんあったのに、全部丸投げして「個人資産から弁償してください」で押し付けてしまったし。
アネット・Jの名前で出す予定だった本も、原稿は渡したけど私が消えたから出版できなかっただろうし、開発中の魔道具も製品化の途中だった。今年の音楽祭も出る予定だったし、依頼を受けてた絵も描きかけのまま。
身分を隠して演技の勉強をさせてもらっていた劇場からも、私は突然消えた事になる。公演と公演の合間の期間で、次のはまだ配役も決まってなかったからせめてそれだけは良かったと思う。
それらの仕事で迷惑をかけた各所には絶対いつかお詫びに行きたい。
でもちょっと意地悪な気持ちなんだけど。
家族からの連絡には「心配してる」って言葉は無かったから、「心配かけてごめんなさい」は言わなくていいと……いや、絶対言いたくないなって思っている。
「子爵様がいるから、いないよりは冷静に話が出来るし。今までを見る限り頼りないと思うけど、実際しっかり守ってくれたら儲け物だと考えて……ダメだったら、その時街を出ればいいと思うの」
先にこちらから貴族の後援を切って離れるのは難しいというのもある。「契約書にあるのに、実際私を守れてませんよね」と示して解消したい。
人工魔石事業は子爵に買い取ってもらうので、こちらが有利な状態にしたくて。
「それに私……家族に言いたい事もあるので」
私がそう話すと、琥珀を含めて三人とも控えめながら笑顔を浮かべてくれた。私が必要に感じて嫌々会うのではないと分かって賛成してくれたようだ。
「そっか。リアナちゃんがそう思って決めたんなら、俺は賛成だな。前向きな理由だし」
「リアナ様……! その時は私も当然同席しますからね! リアナ様がどんな思いで頑張ってたのか、一端でも聞かせないと気が済みません」
こうして、頼り甲斐のある味方がいるから悲観的にならずに、家族と話をしようって思えたんだろうな。
「何かあったら琥珀がしっかり文句言ってやるからな。リアナ、黙って我慢するんじゃないぞ」
「うん、ありがとう。でも自分で言い返せるように頑張るね」
琥珀にまで心配されてしまって、私は苦笑いしつつ宣言した。




