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幸せを祈りたい

 

 帰国までに、リリアーヌと会話をする機会は二度あった。今後の事を互いに相談するという名目でだったが、私はその短い対話の時間が今までで一番得難いものだったと感じた。始めて彼女ときちんと向かい合って会話をした気がする。

 本当に今更で、遅すぎるが。


 聡明で、優秀なのにそれをひけらかす事をしない。何でも知っていて、何でも出来て、勉強も鍛錬も怠らない。いつも控えめに微笑んでいる幼馴染の女の子が、私はずっと好きだった。

 王太子妃の生家である、同じ家から王子妃を二人は、という声をなんとか抑えて婚約者にと望むくらいには。


 アジェット家の者達の言葉で、リリアーヌも私を憎からず思っているのでは、なんて考えていたが、それは大きな間違いだったんだろう。

 彼女が幼い頃から、たった一つ求めてきた「家族から認めてもらう事」、それすら彼らは理解出来ていなかったのだし。彼らはリリアーヌの真意など全く分かっていない。

 実際に彼女と話して、今までの自分の思い込みに恥ずかしくなった。


 ……いや、これもただの言い訳に過ぎない。私がきちんとリリアーヌと対話をしていれば、すぐに齟齬に気付いた……その程度の思い違いだ。


 今までずっと、全てにおいてリリアーヌに負けている自分が情けなかった。勉学面でも、剣術も、芸術でも何一つ。

 何か一つだけでも勝ってから婚約を申し込みたいとアジェット公爵に自ら条件を提示したが、意地になっていたんだと思う。

 勝手に、「全てにおいて、彼女より下の男のままでは婚約を申し込む権利はない」と自分を追い詰めていだけ。私は臆病だった。


 ニュアル国の一の姫が口にした、私を無視した言葉を信じて「ライノルド殿下はあちらの政情が安定し次第、一の姫を娶られるものだと思っていました」とびっくりしたように言われた時は呆然としてしまったが。

 どうして私があのような失礼な人を思い慕っているなんて、酷い勘違いを。

 でも……それ悲しく思う資格も、私には無い。


 条件を作っただけで、「これを満たせばリリアーヌが応えてくれるはず」と思い込みで安心して。過去の自分を引っ叩いてやりたい。

 彼女はそんな事全く望んでいなかったのに。

 むしろ私は友人と認識してもらっていたのかすら怪しい。無駄に周りに根回しだけしていたせいで、「婚約者候補」という不自由なのに不確かである、ひたすら負担を強いる立場に追いやってしまって。


 さらに肝心の私本人は二人きりだと恥ずかしくて私がまともに喋れず、他の人がいる場所では側近や官僚と話すような政治や学問の話しかしていない。

 最初からこんな関係ではなかったはず、少なくとも子供の頃は幼馴染として、ジェラルドやバーノンと同じ時期に出会っていたのに。

 思い返す。しかし小さい頃からとても兄姉に可愛がられてリリアーヌは、少し歳の離れた彼らの付き合いに自慢するように連れていかれる事が多くて……私が出席していた、子供だけの茶会にはあまり来ていなかったな。

 少し成長してからは……家族それぞれから専門的な教育を受けているという彼女とは、やはり個人的には会っていなかったような。リリアーヌが出場する各種大会で顔を合わせてはいたが。

 ……これでは友人としての信頼関係どころの話ではなかったな。



 私が……好きだと。最初から伝えていたら。

 どうか私の手を取ってくれないかと願っていたなら、この未来も変わったのだろうか。ああ、後悔ばかりだな。本当に私は愚かだ。


 家族は他人の前ではリリアーヌの事を自慢していたが。彼女本人には、わざわざほんの些細な粗を探して、それを大袈裟な欠点のように扱い、厳しすぎる言葉しかかけていなかった。

 今なら分かる。リリアーヌは「どんな成果を上げても認めてくれない家族」しか知らなかったのだろう。

 子供の頃から彼女と家族のやり取りを知っていた私なら、その不自然さに気付いて、悩みから救えたかもしれない。


 王子として人心掌握についても教育は受けた。

 あんなに優秀な女性が、あれ程自己評価が低いと言うのはやはり理由があったんだな。「リリアーヌほどの才能があっても謙虚なのだから、私も見習ってもっと励まなければ」なんて卑屈に思ってる場合ではなかったのに。

 彼女が出奔する前に気付いて家族との確執を解決出来ていたら、私を特別に思ってもらえたのではないか……頭に浮かんだの我ながら卑怯な考えだった。


「……本当にバカだな、私は」

「そうですね、二人きりになるといつもまともに喋れず、何度我々がヤキモキしたか」


 リリアーヌとの会話から、婚約者候補として意識されるどころかただの幼馴染……いや「身分と年齢の関係でパートナー役を務める事の多い王子」くらいにしか思われてなかったのを肌で感じてしまって自業自得とは言え流石にショックだった。

 一人でいたら膝から崩れ落ちて嘆いていたと思う。

 それに、時間は戻せない。「知っていたら間違わなかったのに」なんて、子供の言い訳だ。


 リリアーヌ、彼女程あらゆる分野で活躍できるほどの素晴らしい才能を持っている人なら、数ヶ月病気療養して領地にいた程度何の問題にもならないだろう。

 もしこのまま彼女を伴って帰国できたら。陛下も、人工魔石という素晴らしい発明をした天才を喜んで迎え入れるだろうなとは思う。

 まだ彼女の隣に立つ可能性は潰えていない。

 しかし、そんな事彼女は望んでいないだろうから、提案するつもりはなかった。


 それに、こんなに才能溢れる素晴らしい人を認めない家族の元になど、帰らなくてもいいと思ってしまった。

 大きな怪我をしたリリアーヌの言葉を信じず、あのような偽りを信用するような者、肉親とは言えど許したくない。

 リリアーヌは無事だったし、前より柔らかい表情で暮らしている。それが分かっただけで私にとっては十分だ。

 ……確かに、私と婚約するのが嫌で逃げ出したのではないと知って安堵してしまったけど。

 自分の中で整理が付いたら、無事を知らせる手紙だけは出すとリリアーヌも言っていた。心配しているのは真実だろうが、不信感の出てきたアジェット家にはリリアーヌの事を教える気はない。私は……しばらく「遠い地にいる良き友人」でいよう。

 力になれる存在でいれば、出来る事もある。我ながら往生際が悪いとは思うが、十年続いている初恋をすぐには諦められそうになかった。

 陛下に命じられるまでは、未練がましく僅かな可能性にすがっても良いだろうか。困っている時に力になっても今更遅い、それは分かっているのだけど。

 

 

 見識を深めるため、という名目で同行したゴッツェ大臣の外遊から帰った私達が帰国すると、ギョッとするような報告が入ってきた。

 ジェラルドとバーノンも、一時帰宅のはずだったのに旅の疲れの残ったまま、対応のため今夜は私の執務室に詰めてもらう事になってしまいそうだ。

 明日は城から直接学園に向かえるようにと、自宅に連絡をする側近二人に申し訳なさを感じつつ、自分も先に出来る事を動いておく。

 

「ドーベルニュ公爵家が直接動いたのですか……」

「向こうの一番望んだ筋書きでは、ライノルド殿下がアジェット家を追及する事だったのでしょうがね」

「天才と名高いリリアーヌを不当に扱い、評価をせず、耐えかねた彼女が出奔して行方不明……事実だけで十分醜聞になってしまうな」


 ドーベルニュはリリアーヌの侍女らしき若い女性の遺体が持っていたという、懺悔の手紙まで所有しているらしい。

 しかしリリアーヌの侍女は昔から一人しかいないのだが。あの茶髪の女性は、リンデメンの街で変わらずリリアーヌ……リアナ嬢に仕えていた。

 普通公爵令嬢ともなれば専属侍女は三人いても多くはないのだが。他に侍女を持つと、男爵家出身のその侍女が一歩下がる事になってしまうからとあえて他の者を側に置かなかったのを知っている。


 しかしリリアーヌは様々な分野で活躍していた。その全てにおいて秘書的な業務もこなせていたのだから、リリアーヌの侍女であるアンナ・ロイヤーもとても優秀だった。


 彼女が死んだ事になっているのと、「お側にいたのにお心を救って差し上げられなかった」とアジェット家の所業をしっかり糾弾しつつ懺悔する手紙が政敵の手に渡ってるのは、おそらくそういった画策があったのだろう。

 実際彼女は今もリリアーヌの側にいるが、しかし聞いた限りでは手紙の内容に嘘はなく自死を仄めかしている訳でも無いので何の罪にも問えない。


 外では末娘の活躍を周りがうんざりするほど自慢していたのに、リリアーヌ本人には厳しい言葉しかかけていなかった。

 社交界では「まさかあの末娘を溺愛していたアジェット家が」と言われつつ、「そう言えばコンクールの時に、優勝なさったリリアーヌ嬢にお叱りの言葉しかかけておらず、厳しすぎると感じた」とちらほら証言が出ているらしい。


 私も、謙遜する必要は分かる。官僚や大臣に思わぬ嬉しい言葉をもらった時、その場では陛下に「いやまだまだ若輩で」などと言われた。しかし王族の居住区で「家族」として、しっかりと褒めていただいている。

 王妃である母上や、王太子である兄上もそう、他人の前では自分の事も家族の事も、賞賛の言葉に感謝しつつも謙遜して見せるのは貴族としては普通なのだが。


 でも剣術大会で、リリアーヌはなんと言われていた? 私よりも体力の少ない彼女が速攻を仕掛けるのも戦略としては正しい。その選択をして剣筋が少し荒々しくなったのは、ミスとは言えないだろう。結局、彼女は優勝しているのだし。


 確かに……常にお手本のような美しい剣筋である方が良いのだろう、「型」とは先人達が研鑽して生み出した、一番無駄のない最適化された動きなのだから。

 しかし体力が尽きる前に勝負を決めると選択した、その剣筋が少し乱れた……それだけで、あそこまで悪様に言うなんて。家族への謙遜にしては度が過ぎているなと少々不愉快に感じたな。


 ……そう言えば、女性で初めてあの大会で優勝という快挙を成し遂げた彼女に「よくやった」の一言も無かった。

 そう思った上で考えると、他にも似たような引っかかる事が複数思い返される。

 ……ああ、私はこんな大きな違和感に気付けてなかったんだな。


 謙遜が美徳とも言われる中で周りが辟易するほど末娘の自慢をしておいて、本人には厳しい言葉しかかけておらず精神的に追い詰めたと、アジェット家へ向けられる目は厳しいものとなっている。


「アジェット家は事実無根だと反論していますが、実際大会優勝などの賞賛が相応しい場面でリリアーヌ嬢への叱責の言葉をかけているご家族は大勢が目撃されてますので……難しいようですね」

「そうだろうな」


 この先、どうなるかを考える。


 人工魔石事業について、私達が帰国する頃には詳細な情報もここまで伝わっていた。リンデメンでは近隣の領から勤め先にあぶれた労働者が押し寄せ、人工魔石を作る工場を賑わせている。二棟目の工場も検討されているという。

 労働者の使う宿は賑わい、食事や消耗品など彼らを目当てにしたありとあらゆる商売人が街に集まり、街全体が好景気に湧いているという。

 しかし話題になるのは結構だが、発明者の「錬金術師リオ」について、盗撮らしき写真を載せている記事まであった。思わず共振魔道具を使って忠告をしたが、防ぎきれないだろうな。注目を浴び過ぎている。


 なのでリリアーヌが家族に見つかるのは、時間の問題だと思われた。それを考えて、後ろ盾になってくれる貴族を見つけているのだろうが……心配だな。

 後援のベタメタール侯爵家が彼女をしっかり守ってくれるといいのだが。あの街を直接治めているのは分家の子爵家だったか、これからも動向は調べておこう。

 

 狩猟会で起こった事については……リリアーヌの口から直説聞いているが、正式に調査も行う。

 周囲に対して巧妙な言動でリリアーヌへの悪意を潜ませた言葉を振りまいているニナ嬢は正直に言うと腹は立つ。しかし……近々真相が明らかになればかなり厳しい立場になる事は確実だ。

 嘘を吐いたのだから自業自得だと私は思うが、彼女は……優しいからきっと心を痛めてしまうんだろうな。


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