転機だろうか
「ふう」
子爵様への挨拶を終えたので、一旦自由時間だ。
招待状に着いていたタイムテーブルを思い出す。開場してから開会までは歓談の場としてドリンクのみが提供されて、表彰式が終わった後立食パーティーだと書いてあった。
「アンナとフレドも来て欲しかったのじゃ」
「そうだね、ご馳走だもんね」
私もここに二人がいたら良かったなって思うよ。
正直、久しぶりに社交の場に出たので緊張感で食欲があまり湧かない。二人がいたら、このパーティーももうちょっと楽しめたかもしれないけど。
「二人にも琥珀が、悪党をとっちめたのを褒め称えられるのを見せてやりたかったのじゃ」
とても残念そうにそう言う琥珀に、思わず笑ってしまった。
琥珀が甘いものを食べ過ぎないよう「パーティーの前にお腹いっぱいになっちゃうよ」とたしなめるのも忘れてはいけない。あくまでも、空腹を紛らわせる程度にしておかないと。
良い感じに肩の力が抜けて、そこからは表彰式が始まるまではドリンクと軽食を少しは楽しめたと思う。
表彰式の直前に子爵家の使用人に呼ばれて表彰式の簡単な動きをあらためて伝えられる。名前を呼ばれたら子爵様の前に出て、勲章を胸につけてもらって、一礼して元の場所に下がる……それだけ。
琥珀は初めて聞いたような顔をしてるけど、さてはホテルで私が話したのを聞いてなかったな? しかしこうして一度説明してもらえたので、琥珀も大丈夫そうだな。
他の表彰者と並んで動きを簡単に確認すると、間も無く壇上に上がるよう促された。
後は想像していたように偉い人のお話が少しあったが、私の想像よりも短く切り上げられて、表彰に移る事となった。
「錬金術師リオ」
「はい」
「人工魔石を開発し、リンデメンに大きな利益をもたらした。その発明に伸びた魔の手を打ち払った手腕も、見事である。よって、その活躍を讃えると共に、今後のさらなる発展を期待して君に名誉市民の称号を授ける」
「ありがたく賜ります」
私の番が来て名前がよばれる。
名誉市民の勲章を子爵夫人に胸につけてもらっている背中に、他の参加者の「女性だったのか」「しかもあんなに若いぞ」と驚きを含んだ声が聞こえた。
どうしてそんなに……と思いかけたが、なるほど。「錬金術師リオ」が男性だと思われるようにとしていたのは私だもんね。
目眩しになればと思っていたけど、想定していたよりも役に立ってたみたいだ。それだけ、私と実際に付き合いのある人達の口が堅い事を示している。
記者が身の回りに出没するようになってからは、認識阻害の効果のあるフードもまた活躍してたけど。
それより……しまったな。これほどまでに、まだ私の情報について知られてなかったなら変装をしてくれば良かった。それこそ、船に乗った時みたいな男の子にしか見えない格好とかで。
「冒険者琥珀」
「はい!」
一人だけとても元気よく返事をした琥珀の勢いに、モヤモヤ考えていた事が吹き飛ぶ。まぁいいか、今更「ああすれば良かった」考えても仕方のない事だし。
今日ホテルに戻ってからと、明日昼食の時にフレドさんと会ったら相談しようっと。
「はわー」
胸につけた勲章を何度も見ては琥珀はとても嬉しそうにしている。キラキラ輝いてて、宝物を見つめる目だ。
今もらった勲章以外が目に入らないみたい。もうとっくに飲食スペースが開放されているのに、食いしん坊の琥珀がまだ移動しようとしていないなんて。勲章ごと引っ張られた貸衣装の生地が傷んでしまわないかはちょっと心配だが、注意してやめさせる程ではないので微笑ましく見守っていた。
さっきまではあんなにご馳走を楽しみにしていたのに、それが気にならなくなるくらい嬉しいんだな。
琥珀は、家族からは唯一の女の子という事で無条件に甘やかされて全てを肯定されるという歪な育ち方をしていた。間違った事をしても正してもらえないなんて、不幸な環境だったと思う。
おそらく琥珀の家族は叱る事で琥珀に嫌われたくないとか……そんな事を思ってたんじゃないかな。あくまでも私の想像でしかないけど。
だから、「自分がやった行いが、きちんと認められて評価される」という経験に、こんなに喜んでいるのだ。
出会った頃の、善悪もよく理解していない琥珀を考えると「成長したなぁ」とまた思ってしまう。
「リアナ、金ピカの勲章じゃぞ!」
「良かったねぇ。琥珀が良い事をしたから認めてもらえたんだよ」
「むふー」
得意満面の顔をする琥珀は可愛いが……まだ今後も目は離せないな。実力に対して知識が追い付いてないので、「みんなのためになる仕事だよ」なんて騙されて悪い事の片棒を担がされたりとかしかねないし。
しばらく……いや数年は監督者が必要だと思う。
ちなみに、琥珀が大活躍した冒険者として表彰された事で、「あんな子供が?!」と他の参加者の皆さんは大変びっくりされていて。
その衝撃で、私が「思ったより若いな」と意外だった程度の驚きは吹き飛んでしまったようだ。予想外すぎたのか、まだ誰も話しかけてこない。
これは私も思ってもみなかった効果で、こっそり琥珀に感謝してしまった。
「う〜ん……もう食べられないのじゃ……」
「もう、だから言ったのに。どうする? お腹のとこ緩める?」
「うん……」
「立つ時にスカートが落ちちゃわないように抑えてね」
ホテルまで送ってくれるという魔道車までやっとの事で歩いた琥珀だが、走り出してすぐに座席にこてんと転がってしまった。
ぐったりした琥珀のウエストの、一番上のボタンを外してあげると少し楽になったようで大きめの息を吐いている。うーん、やっぱり止めれば良かったかな。
でも食事をお皿に山盛りにして、ニコニコ食べてる琥珀、可愛かったんだよなぁ。パーティーの雰囲気で気分が高潮したのか、明らかにいつもより食べていたし。
でもこの様子だと夕飯にも影響が出そうだ。
表彰式前の軽食の甘いものも、提供されてたデザートも食べさせすぎた気がする。アンナに怒られそうだな……。いや、ちゃんと監督責任を果たせなかった私が悪いので、きちんと一緒に叱られよう。
「リアナは、引き止められてたけど良かったのか?」
「私もそろそろ帰りたかったから、丁度良かったんだよ」
私の都合を気遣うなんて……! また成長を実感して感動してしまう。
でも実際、子爵様や周辺の貴族という参加者と深く交流するつもりはなかったので、本当に丁度良かったのだ。
「人工魔石事業に関わりたい」という思惑の透けた紹介が多すぎて、さすがにちょっと疲れ始めてたから。
でも「錬金術師リオ」が男性だと結構勘違いされてたおかげで、令嬢を連れた参加者が多くて。あてが外れてこちらにどう接したらいいか戸惑う父娘の組み合わせが会場に散見された。
あれを見るに子爵様は私の情報を積極的には漏らしていないが、こうして押し切られて場を設けてしまうあたり、やはり期待してるような保護は受けられなさそうだ。
でも琥珀がいたおかげで、食事に付き合うていで人混みを避けられたし、マナーを失しない最低限の挨拶だけで早めに帰れた。
子爵様から声をかけられてた他の人たちは晩餐にも呼ばれてたけど、私はあらかじめ「未成年がいるので昼の表彰式だけで」と断れたし。
理由に使わせてもらってごめん琥珀、とは思いつつ。礼儀は守ったまま上手く辞退できて良かった。
また違う土地に移動しても良いんだけどね。人工魔石事業は手放しても全く惜しくない。
特許使用料が細々と入ってくる形にしても、丸ごと子爵様に売り払っても良いと思ってる。まだ作れていない十五等級以上に相当する人工魔石について、違うアプローチで実現しそうな手応えを感じてるから。
だから今の人工魔石を作り方ごと子爵様に売って、こちらの全く違う製法で新しく事業を始めても良いなって、アンナに相談した事考えが具体的になっていた。
今日、私がこの街の有力者という方達に「是非今度仕事の話を」「いやこちらが先に」「うちの息子を紹介したい」とかぐいぐい迫られてるのを子爵様助けてくれなかったしなぁ。
いや、私が困ってるのを見てあたふたしてたので、気付いていたしどうにかしたいとは思ってたのは分かるんだけど。
でも、見かねた子爵夫人が間に入る前に自分で断れたので、自分もちょっと成長したのではと思う。アンナに自慢しなければ。
やっぱり後援の貴族を探す所からやり直したい。でもこの街からは離れたくないんだよなぁ。
この件について、アンナだけでなくフレドさんにも相談しないと、と魔導車の外の景色を眺めながら考えていた。
……ああ、そう言えば気を張っててあまり食べられなかったから、今頃お腹が減ってきた。ホテルに着いたら何か軽く食べようっと。




